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古都×カブ物語  作者: 日多喜 瑠璃
12/12

最終話 嵐山から戻橋へ

「古都×カブ物語」最終話です。

佐竹にツーリングデートを誘われた美沙の取った行動とは? また、そこに語り継がれるものは何か?

いよいよ完結。是非ご覧ください。

 その日、JR嵯峨嵐山駅前に真新しいハンターカブを停め、佐竹は美沙を待っていた。夏の終わりに清滝での事故で愛車を失った彼は、次なる愛車としてカブシリーズのフラッグシップと言える、125ccのこのバイクを選んだ。そして、肌寒くなってきたこの時期だが、慣らし運転を口実に美沙を誘った。ようやくデートにこぎつけた訳だ。

 「あれ? 待ちました?」

 「いや、何か道が空いてて、早よ着きすぎてん。あはは。」

 祇園の置屋・箕やのおかあさんからもらった、有難い説教。そのお陰で、美沙は約束の時間に遅れる様な事はない。

 「美沙ちゃんは時間には正確やね。」

 佐竹がそう言うと、美沙は箕やの一件を思い出して笑った。


 2人は走り出す。平日の朝、まだ観光客も動き出さない時間帯。2台のカブは竹林の道へと入り、野宮神社(ののみやじんじゃ)の前で停まった。

 「ここは、良縁の神様。お参りしたら、良いご縁に恵まれる言うてね。」

 太陽神と巫女の性格を併せ持つ女神とされる、天照皇大神あまてらすすめおおかみを祭神として祀る野宮神社。学問、恋愛成就などの神として知られている。

 「あ、ははは…行っときます?」

 少し複雑な気持ちでそう言う美沙に対し、当然だが佐竹はノリノリだ。

 「もちろん!」


 野宮神社を参拝した2人は、こまめにカブを停め、名所巡りをした。こんな使い方も、カブならお手のものだ。

 「佐竹さんにしたら珍しい、有名なとこですね。」

 「え? あはは…秘境はこれから行くで!」

 2人が向かうその先には、清滝のトンネル。思い出したくもない過去。しかし、そんな清滝方面へは向かわず、愛宕神社の一の鳥居を目の前にすると、2台のカブは鳥居元から左に外れて府道50号線を走る。狭く、急カーブと急勾配が続く。

 「目ぇ回りそう。」

 そう言って美沙は、佐竹をどこか頼もしく感じながら、カルガモの子供の如く後を追うように走る。そして…

 「うわぁ!! 凄ーい!!」

 美沙の歓喜の声が響く。そこから見えたのは、燃えるような赤や黄色に色付く渓谷、保津峡だ。

 「あ、ほら!」

 佐竹が指差すのは、嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車。渓谷に沿ってゆっくりと、嵯峨〜亀岡を約25分で結ぶ観光列車だ。

 「綺麗…」

 「今が一番ええかもね!」

 「ねぇ。京都って…いいなぁ。」

 「実はね、この先に『落合橋』っていう赤い欄干の橋があって…」

 「あ、あ、あ、それ言わんでいいです……」

 「あははは、道外れんかったら大丈夫。」

 「それって、めっちゃ言うてますやん。あははは…」

 「大丈夫やし、まあ付いといで。」

 佐竹はその先へ美沙を連れて走り出した。バイクとて車との離合が困難な極狭路だが、見る見る渓谷が近くなる。2人はJR保津峡駅までやって来た。

 「ここのホームから、さっきのトロッコ列車見えるで。」

 ちょうどその時、汽笛が聞こえた。トロッコ列車がやって来た。

 「可愛い〜!」


 2人はここで折り返し、再び嵐山方面へカブを走らせる。初めての、佐竹とのツーリング。秘境ルートをいくつも知る彼だが、食事に関しても抜かりはない。2人は渡月橋を渡り、ランチを楽しんだ。

 しかし…

 美沙の心の中で、どうしても言わなくてはいけない一言、言い出せない言葉が頭の中に渦巻いていた。楽しいと悪戯に早く時間が過ぎ去る。今しか言えない。美沙は意を決した。

 「あの、佐竹さん…」

 中之島から折り返し、天龍寺方向へ向かう渡月橋。赤信号で停まると、美沙の声に佐竹が振り向く。

 「あの…ボート、一緒に乗ってくれません?」

 「あ、うん! 乗ろう!」

 2人は、渡月橋の上流側にある貸しボートで手漕ぎボートを借りた。

 「僕が漕ぐから…」

 「私も漕ぐんやっ!!」

 「ほらぁ、全然進んでへんし。」

 あははは…

 2人は笑った。目一杯笑い合った。そして、気が付けば日は山の向こうへと傾きかけていた。


 「今日はありがとう。」

 「今度はいつ会えるかな?」

 「そ、そう……」

 美沙は言葉に詰まった。佐竹が自分に好意を抱いてくれているのは明確だ。自分自身もまた、佐竹という人物に深く興味を持っている。それは恋とは言えないかもしれないが、ただの友達とは言えない深い感情が生まれている事には、美沙自身気付いていた。

 過ぎ去りし日、老ノ坂峠。必死の思いで追いかけた、あの大きな背中。あの日から…

 しかし、もう時間がないのだ。

 「ごめんなさいっ! 私、どうしても一緒にボート乗らなあかんかったんです!」

 「え………?」

 呆気に取られる佐竹の手を取り、美沙は強く握り締めた。そして、その手を解くと、「ありがとう!!」と叫んでスーパーカブに乗り、走り出した。

 涙が止めどなく溢れた。


 …ボートに乗らなあかんかった。

 佐竹は、美沙がそう言った瞬間に“ある事”を思い出した。

 「そういう事……?」

 佐竹は愕然とした。

 ただ、一本でも、か細くても、糸が繋がっているのなら…そんな浅はかな期待は、脆くも崩れてしまったのだ。

 美沙は佐竹の前から、そして、みんなの前から姿を消した。



 「あの女優さん(莉緒)の夢ねぇ、海が見たいって…側から見ると『そんなもん?』みたいに小さいけど、本人の人生考えたら、とんでもなく大きいんですよね。美沙ちゃんは、早うからそれに気付いてたんですよ。」

 「そういうとこ敏感やもんなぁ。あ、それと、舞妓はんの話もしてたでしょ?」

 「ええ。自分を見つめ直して辞めてまわはったって。憧れて、必死の思いで掴んだ夢でしょ? それでも『合う合わんは別や』言うて、そこに執着せんとスパッと身ぃ引かはったらしいですね。」

 「どっちも衝撃的やったんやなぁ。いろんな人のいろんな人生見てきて。ほんで今度はやっと“自分の夢”やな。お父さん、会えたんかなぁ。」

 アートクリエイション事務所でしばらく預かっていたスーパーカブ。中澤はおよそ100mの距離を押して歩き、ガレージ・KSMに運んで来た。

 「ほな、すんません。廃車だけ済ましたぁるんで。」

 「ああ、わかりました。おおきに。」

 美沙が大切にしていたスーパーカブは、ガレージ・KSMに引き渡された。

 「ホンマに居らんくなったんやなぁ。」

 「アークリさんも淋しなったでしょ。」

 「何かねぇ、ポッカリ穴が開いたみたいで。仕事してても…」

 穴が開いた…いや、むしろ光が消えたと言った方が適切かもしれない。いつも物静かにただニッコリ笑っていた美沙だったが、それだけで場が明るく華やかだった。声が小さいからと言えばそうだったかもしれないが、美沙が話す言葉には、皆黙って耳を傾けた。

 みんな…美沙が好きだった。


 「山科のオッサンに返すか?」

 「いえ…」

 黙々とショールームを整理する伊庭。樫村はただ、その行動をじっと見ていた。

 燃料タンクからガソリンを抜き、エンジンオイルも抜く。バッテリーも取り外した。そして、整理されたショールームの一角に、ピカピカに磨き上げられたスーパーカブを置いた。大型バイクが並ぶショールームの特等席に。



 次の日、店の前に、赤いハンターカブがやって来た。

 伊庭は黙々と仕事を続ける。いつもヘラヘラしているはずの堀田までもが、無口になっていた。

 「今日は。」

 「ああ、佐竹君。」

 佐竹は来客用の椅子に座り、頬杖をつくと、ショールームに置かれたスーパーカブを黙って見つめる。その横で時計が淡々と時を刻む。

 「あの子は…もう、来やへんで。」

 「ええ。」

 返事だけすると、また何も言わず、ただスーパーカブを眺める。

 「こっち…奥においで。」

 伊庭はその様子を見て、佐竹を奥の倉庫へと呼んだ。

 「なあ。」

 「はい。」

 「好きやったんやろ? 美沙ちゃん。」

 伊庭の言葉に、佐竹の目が潤んだ。そして、彼は号泣した。

 「はい…でも…振られました。嵐山で、ボートに乗ったんです。僕、あとで気付いたんです。」

 「そうかぁ。ある意味、美沙ちゃんらしいな。」


 嵐山のジンクス。つまらないジンクス。ジンクスと言われるだけで、実は単なる噂話だ。

 繊細すぎて別れの言葉をなかなか切り出せなかった美沙。何につけても相手の気持ちを先に考えてしまう彼女。本当は佐竹の事が好きなのに、それでも別れなければならない事を伝えるため、渡月橋で佐竹に声をかけてボートに乗った。

 美沙は別れのきっかけに、嵐山に纏わるジンクスを利用したのだ。

 『嵐山市街へ向けて渡月橋を渡る時、振り返るとそのカップルは別れる。』

 『嵐山でボートに乗ったカップルは別れる。』

 そんなジンクスを。


 「美沙ちゃん、今、ロンドンでお父さんお母さんと3人で暮らしてるらしいわ。あの子、胸がいっぱいになってもうて、何も言えんかったんやろ。」

 「そうなんですか。お父さんに…会えたんですね。よ、良かった……良かったです……ううっ…」

 伊庭は、佐竹の肩にそっと手をやった。

 「泣け。な、ここやったら誰にも見られへんし、思いっきり泣け。男かて泣きたい時は泣いたらええねん。」

 「は、はい………」



 月日は流れた。

 あれから、佐竹もガレージ・KSMに訪れる事はなくなった。樫村達も、思い出を心の片隅に仕舞い込み、日々バイクと向き合う仕事に精を出していた。ショールームに置かれたスーパーカブは、毎日のように手入れされ、埃ひとつない美しい状態を保っていた。

 「たまには顔出さんと。なんやかんや言うて私もお世話になってるし。あはは…」

 そこへ珍しく、涼子がやって来た。

 「連絡は取り合ってるんですか?」

 「ええ、たまには…『たまに』ばっかりやけど。」

 「ロンドンかぁ〜。遠いですよね。向こうの生活、馴染めてるんかなぁ?」

 「言葉は大丈夫やけど、性格がなぁ。」

 「おとなしかったしなぁ。でも、どっか華のある子やったな。」

 樫村は、スーパーカブを見ながらそう言った。

 赤い髪、白い肌、少しグレーがかった薄茶色の瞳…か細く高い声もそうだ。スーパーカブは、美沙の全てを思い出させる。しかし、オーナーを失い、ナンバーを取り外されたその姿は、とても淋しげだった。

 「そろそろコイツも…誰かに乗ってもらわんとあかんのかなぁ。」

 そこにあるのも淋しげだが、ここを離れてしまうのも、もっと淋しい気がした。


 ギィィーッ!

 そんな時、店の前に自転車のブレーキの音が響いた。4人が目をやると、1人の女性がニッコリ笑っていた。

 「あの、すみません。」

 「いらっしゃいませ。」

 「このスーパーカブ、売らはるんですか?」

 「え? あ…」

 樫村は、即答を躊躇う。

 「乗りたいんですか?」

 「はい。うちの、京都でたった1人の友達が乗ってたバイクなんです。」

 「えっ?」

 涼子の目が輝いた。何かに気付いたのだろう。

 「友達って?」

 「はい、うちの友達。遠くに行ってしもたけど、これに乗ったらいつもその子と一緒にいるような気持ちになれそうで。」

 「もしやあなた、お名前は?」

 「小嶋美羽って言います。ちょっと前まで名乗ってた名前は…」

 その名は……

 「小羽です。」

 「やよね! そうそう、小羽ちゃん!」

 「先生、お久しぶりです。」


 小羽は花街を後にすると、すぐに教習所へ通い、二輪免許を取った。初めて乗るバイクとして、このスーパーカブが欲しいと言った。

 小羽は樫村に、伊庭に、堀田に、そして涼子に言った。このスーパーカブじゃなければ出来ない事があると。

 「うち、このスーパーカブで、戻橋渡りたいんです。美沙ちゃんがひとり立ちしたら、また京都に帰って来れるように。」

 4人の目が輝いた。

 「よっしゃ! 小羽ちゃん、ほな練習しよか。」

 「ちょう待って、カッさん。慌てすぎ!! まだ整備もしてませんて。」

 「僕、先、登録行ってきましょか?」

 「堀田さんも慌てんと!!」

 あはははははは…

 わはははははは…



 白いスーパーカブ。

 オーナーだった美沙は、今は京都には居ない。新しいオーナーは、美沙の親友の小羽。これからは小羽を乗せて、京の街を自在に駆け巡る事だろう。

 そしてその周りにはきっと、いつも明るい笑顔が溢れているに違いない。

 このスーパーカブは、乗り手にそんな力をもたらしてくれるはずだからだ。


【古都×カブ物語】 完

主人公・美沙が持っていた和菓子と、バイクショップ店員伊庭との出会い。ここから始まった、スーパーカブと共にする様々な経験。

古の京都に語り継がれる伝説を、現代に起こり得る出来事にいかにして絡めるか。全編通して読んでくださった方には、その辺りに興味をお持ち頂けたのではないかと思います。また、執筆にあたり、苦労した点でもあります。

読んでいただき、心から感謝致します。

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