資料編・二 富山紘一、辞任会見
証拠の公開から三ヶ月後、富山紘一は、次期総理候補としての立場を、正式に辞退することを表明した。
「私は、二十年以上前、聖嶺会メンタルセンターを巡る、不適切なシステムの存在を知りながら、それを利用しました。この事実は、決して消えるものではありません」
会見場は、静まり返っていた。
「私は、法的な責任を問われる立場にはないかもしれません。しかし、道義的な責任は、免れないと考えています。今回の一連の報道を受け、私は、政治家としての、これ以上の道を歩む資格はないと、判断しました」
記者団からの質問に対し、富山は、これまでとは違う、率直な言葉で答え続けた。
「私は、あのシステムを、自分で作ったわけではありません。しかし、それを知りながら、見過ごし、時には利用したという事実に、変わりはありません。この国には、私のような人間が、他にも数多くいるはずです。その一人ひとりが、自らの過去と向き合わない限り、同じ過ちは、形を変えて、繰り返されるでしょう」
哲太は、その会見を、テレビの画面越しに見ていた。
富山は、決して、清々しい顔をしていたわけではなかった。むしろ、深い疲労と、静かな諦観の入り混じった表情をしていた。だが、その言葉には、あのホテルの一室で語られた「知らない方が幸せだった」という忠告とは、明らかに異なる響きがあった。
哲太は、その変化の中に、この事件が、確かに何かを動かしたことの証を、見た気がした。




