資料編・一 西村悠人の父、その転落
西村悠人の父・西村和也は、地元選出の県議会議員の秘書として、十五年近く仕えていた。忠実で、目立たず、しかし確実に仕事をこなす男として、周囲からの評価は高かった。
和也が、聖嶺会メンタルセンターとの接点を持つようになったのは、仕えていた議員が、富山紘一の派閥に近づき始めたことがきっかけだった。ある案件――地元の再開発計画を巡る、住民との対立――において、悠人が偶然、議員側の不正な資金のやり取りを目撃してしまったことから、事態は動き出す。
「息子が、余計なことを知ってしまった」
和也は、追い詰められていた。息子を守りたいという思いと、自分のキャリアを守りたいという思いが、彼の中で、醜くせめぎ合っていた。
そんな和也に、かつての「システム」の残滓に近い人間が、静かに近づいた。「息子さんを、少しの間、休ませてはどうか」という、遠回しな提案だった。
和也は、その提案に、飛びついてしまった。
事件後、和也は、家庭裁判所の審判により、悠人に対する親権を一時的に停止されることになった。彼は、記者会見で、深く頭を下げた。
「私は、息子を守るという名目で、実際には、自分の保身のために、息子を犠牲にしようとしていました。取り返しのつかないことをしたと、痛感しています」
悠人は、この会見を、複雑な思いで見ていたという。
「父を、完全には許せません。でも、憎み続けることに、意味があるとも思えないんです」
哲太との対話の中で、悠人は、そう静かに語った。修司が、自らの死をもってしても、システムそのものへの怒りと、個人への赦しの間で揺れ続けたように、悠人もまた、その狭間で、自分なりの答えを探し続けていた。




