外伝・四 波多野の父、内部文書の断片
波多野五郎が、父の遺品の中から見つけた内部文書の断片には、こんな記述もあった。
「本日、入院措置に関する会議に出席。対象者の中に、明らかに医学的根拠を欠く事例が複数含まれていることを確認。上長に進言したが、『組織の判断だ』の一言で、退けられた」
別の日付のページには、こう記されている。
「山本という記者が、病院の内部に接触を試みているという情報が入った。上層部は、神経質になっている。私は、この件について、何も知らないふりを続けている。これが、正しいことだとは、思えない」
そして、事件から数年後と思われる日付のページには、最も苦しい心境が綴られていた。
「五郎が、医学部に合格した。私は、息子に、正しい医療とは何かを、教えられるだろうか。私自身が、その正しさから、目を背け続けてきたというのに」
波多野が、この日記を初めて読んだとき、彼は、父の弱さを、ただ責める気持ちにはなれなかった。むしろ、そこには、自分自身の中にもある、日常への埋没と、良心の間で揺れる、普遍的な人間の姿が映し出されていた。
「父は、勇気がなかった」波多野は、哲太にそう語ったことがある。「でも、少なくとも、自分の弱さから、目を逸らしてはいなかった。それが、彼なりの、最後の誠実さだったのかもしれません」
波多野は、この日記を、地下保管庫の記録の一部として提供したあと、自分自身の医師としての姿勢を、改めて見つめ直すことになった。
「僕は、父のように、良心を持ちながら行動できない人間には、なりたくない」
その決意が、事件後の彼を、病院改革へと突き動かす、大きな原動力になっていった。




