外伝 もう一つの物語 外伝・一 山本修司、二十年前のあの夏
修司は、その夏、自分が何を始めようとしているのか、正確には理解していなかった。
きっかけは、些細な違和感だった。地方紙の記者として、精神科病院の取材を続けていた修司は、聖嶺会メンタルセンターの入院患者数の推移に、不自然な傾向があることに気づいた。特定の時期、特定の地域から、極端に多くの「入院措置」が集中していたのだ。
最初は、単なる統計上の偏りだと考えた。だが、患者の一人ひとりの背景を調べていくうちに、修司は、ある共通点に気づいた。
入院した患者の多くが、直前まで、労働運動、住民運動、あるいは何らかの形で、地域や企業、行政と対立していた人々だったのだ。
「これは、偶然ではない」
修司は、その夜、妻にそう漏らしたことを、ノートに書き残していた。だが、妻には、詳しい内容を話さなかった。まだ、確証がなかったからだ。
修司が病院への出入りを始めたのは、その半年後のことだった。表向きは、精神医療の現状を取材する、地方紙の連載企画。だが、実際には、患者たち一人ひとりから、直接、証言を集める作業だった。
最初に会った患者の一人が、当時すでに「陽子」と呼ばれていた、あの先代の女性だった。
「あなたは、私たちの話を、本当に信じてくれるんですか」
彼女の最初の言葉を、修司は鮮明に覚えていたという。ノートには、こう記されている。
「彼女の目には、諦めと、わずかな期待が、同居していた。私は、その目を、忘れることができないだろう」
修司が、高校進学を控えた哲太を病院の取材に同行させるようになったのは、その年の六月のことだった。忙しさにかまけて、家族との時間をろくに取れずにいた修司が、せめて夏休みの間だけでもと、息子を仕事場に連れ出したのが始まりだった。単純な、親子の埋め合わせのつもりだった。だが、その何気ない選択が、思いがけない形で、哲太を、この物語の中に引き込んでいくことになる。
「哲太は、患者さんたちと、驚くほど自然に話していた」
修司のノートには、そんな一文も残されている。
「まだ十代の哲太の目には、大人が見落としているものが、映るのかもしれない。哲太は、患者さんたちを、『怖い人たち』ではなく、『事情のある大人たち』として、自然に受け入れていた」
その年の夏の終わり、修司は、病院内部の会議に、自分の調査が知られていることを察知した。そして、幼い息子に危険が及ぶ可能性を悟り、深田源一郎に助けを求めることになる。
その決断の重さを、修司は、ノートの最後に、こう記していた。
「私は、正しいことをしていると信じている。だが、その代償を、息子に払わせるわけにはいかない。だから、私は、哲太の記憶を、一時的に曖昧にすることを選んだ。いつか、この選択を、哲太が許してくれることを、願う」




