その六 陽子、その名前を取り戻す日
証拠がすべて公開され、事件が一つの区切りを迎えたあと、哲太は、久しぶりに、退院した陽子と再会した。彼女は今、都内の小さなアパートで、静かに暮らしていた。
「もう、『陽子』と呼ばなくても、いいんですね」哲太は尋ねた。
彼女は、少し照れたように微笑んだ。
「はい。私の本当の名前は――加納涼子と言います」
哲太が思わず聞き返すと、彼女は笑って言い直した。
「加納涼子。ずっと昔、家族に見放される前の名前です」
「加納さん」哲太は、その名を、静かに口にした。「長い間、お疲れさまでした」
「いいえ」加納は、静かに首を振った。「私は、ただ、約束を守っていただけです。それに――」
彼女は、窓の外に目をやった。
「『陽子』という名前を引き継いだことで、私は、自分一人では持ちえなかった強さを、持つことができました。だから、後悔はしていません」
「これから、どうされるんですか」
「まだ、決めていません。でも」加納は、静かに微笑んだ。「今度は、誰かに名前を貸す番かもしれません。この先も、同じような苦しみを抱える人が現れたとき、支えられる人間でありたい」
哲太は、その言葉に、深く頷いた。
二十年前、少年だった彼を守った「陽子」という名前は、これからも、誰かの中で、生き続けていくのだろう。




