エピローグ それから その一 証拠が動き出すまで
地下保管庫から運び出された記録は、すぐには世に出なかった。
陽子たちが選んだ弁護士グループは、慎重に、証拠の一つひとつを精査していった。個人が特定される部分、まだ存命の関係者のプライバシーに関わる部分は、黒く塗りつぶすか、要約の形に置き換える。その作業だけで、二ヶ月近くを要した。
「急いては、また同じ過ちを繰り返す」
弁護士の一人が、そう言ったのを、哲太はよく覚えている。修司のノートに残されていた「急いては、すべてが無駄になる」という言葉と、驚くほど似た響きだった。
哲太自身も、記者として、この二ヶ月をただ待っていたわけではなかった。彼は、自分が知り得たすべての事実を、一つの長い記事にまとめる作業を始めていた。だが、書けば書くほど、自分がこの物語の「外側」にいる記者ではなく、「内側」の当事者であることを、思い知らされた。
客観性を装うことは、もうできなかった。
哲太は、ある夜、波多野に相談した。
「僕は、この記事を、客観的な報道として書くべきなのか、それとも――」
「それとも?」
「当事者としての記録として、書くべきなのか。迷っています」
波多野は、少し考えてから答えた。
「山本さんは、もう、ただの記者じゃない。証人でもある。だったら、両方であることを、隠す必要はないんじゃないでしょうか」
その言葉に背中を押され、哲太は、記事の冒頭に、こう書くことを決めた。
「これは、客観的な調査報道であると同時に、私自身の過去を巡る、極めて個人的な記録でもある」




