第三十五章 患者たち自身の選択
施設の占拠から七日目、警察との緊迫したやり取りが続く中、陽子は、患者全員を中央病棟の食堂に集め、初めて、正式な話し合いの場を設けた。
哲太も、波多野とともに、その場に同席することを許された。
「みなさんに、伝えなければならないことがあります」陽子は、集まった患者たちを見渡しながら言った。「私たちの計画は、当初の想定より早く、動き出しました。理由はまだ完全には分かっていませんが、誰かが、私たちの約束を知り、山本哲太さんをここに呼びました」
患者たちの間から、ざわめきが起こった。
「これは、私たちにとって、想定外の出来事です。でも」陽子は続けた。「これは、悪いことではないと、私は思っています。むしろ、私たちが、いつまでも先延ばしにしていた決断を、誰かが後押ししてくれた、ということかもしれません」
「決断、というのは」老いた男性患者の一人が、静かに尋ねた。
「証拠を、正式に公開し、この病院を出る決断です」陽子は言った。「今まで、私たちは、いつか完璧なタイミングが来ることを、待ち続けてきました。でも、完璧なタイミングなど、永遠に来ないのかもしれません」
食堂に、重い沈黙が流れた。
「もちろん、これは、私一人で決めることではありません」陽子は、患者たち一人ひとりに視線を向けた。「みなさん、それぞれに、事情があります。この病院を出ることに、不安を感じる人もいるでしょう。だからこそ、これは、私たち全員で、決めるべきことです」
しばらくの沈黙のあと、一人の若い女性患者が、静かに手を挙げた。
「私は、賛成です。ずっと、外の世界を、正しい形で見てみたかった」
続いて、もう一人、また一人と、賛同の声が上がっていった。反対の声は、ほとんど上がらなかった。誰もが、心のどこかで、この日を待っていたかのようだった。




