第二十九章 波多野の父の日記
波多野は、実家に残っていた父の遺品を整理し、一冊の古い日記を見つけ出した。
「父の日記です。今まで、読む勇気がありませんでした」
波多野が、震える声で、その一部を読み上げた。
「今日も、また一人、書類が回ってきた。理由をつけて、断ることもできたはずだ。だが、私はそれをしなかった。組織の中で生き残ることを、優先した」
別のページには、こう書かれていた。
「息子が生まれた。この子には、私のような、臆病な生き方をしてほしくない。だが、私は、今の立場を捨てる勇気もない」
「お父様は……罪の意識を、抱えていたんですね」
「はい」波多野は、涙を堪えながら言った。「でも、それを行動には移せなかった。ずっと、書類の上でだけ、抵抗していたんです」
日記の最後の方には、こんな一文があった。
「もし、いつか、この記録が誰かの目に触れることがあれば、伝えたい。私は、加害者だった。だが、加害者にも、良心はあった。それが、何の言い訳にもならないことは、分かっている」
「山本さん」波多野は、哲太に向き直った。「僕は、父の罪を、償うことはできません。でも、少なくとも、隠すことはしたくない。この日記も、証拠の一部として、地下保管庫に加えてください」
哲太は、波多野の手を、静かに握った。
「あなたのお父さんも、修司と同じように、揺れていたんですね。ただ、揺れ方が、少し違っただけで」
「はい」波多野は、静かに頷いた。「その揺れが、結局、誰かの人生を、狂わせ続けてきた」




