第二十七章 父親の最後の選択
哲太は、父のノートの最後のページに、まだ目を通していないことに気づいた。震える手で、そのページを開く。
そこには、こう記されていた。
「もし、私の身に何かがあった場合、この記録は、地下保管庫の最も奥、患者たちの手に委ねる。彼らこそが、このシステムの本当の証人であり、当事者だ。私のような外部の人間が、証拠を独占するべきではない」
続けて、こう書かれていた。
「哲太へ。もし、お前がこの記録を読んでいるとしたら、私はもう、この世にいないのだろう。すまない。お前を、この件から遠ざけることに、私は全力を尽くした。だが、それでもなお、お前がここにたどり着いたということは、お前自身が、この真実に向き合う覚悟を決めたということだ。ならば、私はもう、止めない」
哲太の目に、涙が滲んだ。
「最後に、一つだけ伝えたい。私は、後悔していない。お前の記憶を奪うことも、お前を遠ざけることも、すべて、お前を守るためだった。だが同時に、私は、この病院にいる人々を、見捨てることもできなかった。二つの想いの間で、私はずっと揺れていた。その答えを、今、お前に託す」
波多野が、隣で静かにその文章を読み、目を伏せた。
「修司さんは……最後まで、誰かを切り捨てることを、選ばなかったんですね」
「はい」陽子が、静かに言った。「だから、彼は、あなたを守ることと、患者たちを見捨てないことの、両方を選んだ。それが、彼の最後の選択でした」
哲太は、ノートを胸に抱いた。
父は、黒幕でも、単なる被害者でもなかった。ただ、誰よりも、両方の立場の重さを、正面から引き受けようとした人間だった。




