第二十四章 「知らない方が幸せだった」
「君は、これ以上深く踏み込むべきではない」
富山の声には、脅しの響きはなかった。むしろ、どこか諦めに似た響きがあった。
「なぜですか」
「知ることが、必ずしも救いになるとは限らないからだ」富山は言った。「君は、真実を知れば、すべてが明らかになり、正義が果たされると思っているかもしれない。だが、現実は、もっと複雑だ」
「複雑、というのは」
「私も、この件の全貌は知らない」富山は、初めて、疲れたような表情を見せた。「私が知っているのは、私が関わった、ほんの一部分だけだ。私より上にも、私より深く関わった人間がいる。だが、その全体像を、誰も把握していない」
「なぜですか。誰かが、システム全体を作ったはずです」
「作ったわけじゃない」富山は、首を振った。「育ったんだ、あのシステムは。誰かが意図的に設計したものじゃなく、それぞれの都合が積み重なって、いつの間にか、そういう仕組みになっていた」
「それが、あなたの言い訳ですか」
「言い訳じゃない」富山の声に、初めて苛立ちが混じった。「事実を言っているだけだ。君は、今回の件で、私を悪の親玉として描きたいのかもしれない。だが、そんな単純な話じゃない。この国のシステムそのものが、都合の悪い人間を『患者』にすることを、ずっと許してきた」
「だからといって、あなたの責任がなくなるわけじゃない」
「もちろんだ」富山は、静かに頷いた。「私は、いずれ、自分がしたことの責任を取るだろう。だが、今夜、この病院で起きていることに、私は関与していない」
「では、誰が」
「君は、まだ知らない方が幸せだったんだ」
富山は、その言葉を最後に、インタビューを打ち切った。




