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患者たちは逃げなかった  作者: キロヒカ.オツマ―


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第二十二章 計画の空白

「もう一度、あの夜の電話について、詳しく聞かせてください」


 波多野が、真剣な表情で哲太に尋ねた。


「若い男の声でした。抑揚がなく、まるで台本を読んでいるようで」


「非通知だった、と」


「はい。折り返しもできませんでした」


 陽子は、しばらく考え込んだあと、静かに言った。


「その声、施設内の患者の誰かではないと思います。少なくとも、私が把握している範囲では、そんな指示を出した人はいません」


「じゃあ、外部の人間、ということですか」


「その可能性が高いです。しかも、修司さんの計画の存在を知っている、内部に近い人間」


「誰が、そんなことを」


 波多野が、ふと口を開いた。


「一つ、気になることがあります。今回のクーデターが始まったタイミングです。これは、単なる偶然でしょうか」


「タイミング、というのは」


「ちょうど今、富山紘一氏が、次期総理候補として、大きく報道されている時期です。この病院と富山氏の過去のつながりが、もし何らかの形で表に出れば――政治的に、大きな意味を持つはずです」


 哲太は、はっとした。


「つまり、誰かが、富山を追い詰めるために、このタイミングを選んで、僕をここに呼んだ、ということですか」


「可能性としては」波多野は慎重に言った。「修司さんの計画とは別に、この件を政治的に利用しようとしている人間が、いるのかもしれません」


 陽子の表情が、初めてはっきりとした緊張を帯びた。


「もし、そうだとしたら――このクーデターは、私たちが思っていたよりも、複雑な思惑の上に成り立っていることになります」


 哲太は、拳を握りしめた。


「僕は、誰かの駒として、ここに呼ばれたということですか」


 陽子は、その問いに、すぐには答えなかった。

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