第三部 誰が哲太を呼んだのか 第二十一章 父親の計画
「修司さんには、計画がありました」
地下保管庫の一角、今まで開けられていなかった木箱の前で、陽子はそう切り出した。箱の中には、色褪せた大学ノートが数冊、丁寧に紐で束ねられていた。
「これは」
「修司さんが、亡くなる直前まで書き続けていたノートです。彼が集めた証言、記録の所在、そして――計画そのもの」
哲太は、震える手で一冊目を開いた。父の几帳面な字が、びっしりと並んでいた。日付は、十五年前の春から夏にかけてのもの。
その字を見た瞬間、哲太の中で、何かがかちりと音を立てて繋がった。
地下保管庫で最初に見せられた「P-0-1993」のファイル。あの余白に書き添えられていた、短いメモの筆跡――「この人物、患者としての基準を満たさず」から始まる、あの几帳面な文字は、この父のノートの字と、寸分違わず同じだった。
「陽子さん」哲太は、震える声で言った。「あの、一番最初に見せてもらったファイルの余白のメモ……あれを書いたのは」
「はい」陽子は、静かに頷いた。「修司さんです。彼は、過去の記録を調べる中で、目についた事例に、自分なりの所見を書き加えていくことがありました。あなたが、あの筆跡に見覚えを感じたのは、正しい直感だったんです」
「なぜ、教えてくれなかったんですか」
「まだ、確信していただいてほしくなかったからです」陽子は言った。「あなたに、まず、お父さんのノートそのものを見つけてほしかった。そうすれば、あなた自身の力で、あの筆跡の正体に、たどり着けるはずだと思っていました」
ノートの中盤に、こう書かれていた。
「私がすべての証拠を今、表に出すことはできない。私一人では、システムの全貌を崩すことはできず、逆に握りつぶされて終わるだろう。だから、時間を味方につける」
その下に、続けてこう記されていた。
「哲太が、自分の意志で、この件に向き合う日が来るまで待つ。その日が来たとき、初めて、証拠は意味を持つ。急いては、すべてが無駄になる」
「これは……僕が、いつか自分から気づくことを、前提にしていた、ということですか」
「はい」陽子は頷いた。「修司さんは、あなたに直接、真実を告げることを選びませんでした。代わりに、あなたが記者になり、自分の力で、この件にたどり着くことに賭けた」
「なぜ、直接言わなかったんですか」
「与えられた真実は、いつか疑われる。でも、自分で掘り当てた真実は、簡単には揺らがない。修司さんは、そう考えていました」
哲太は、ノートを閉じた。父の思惑の重さに、めまいがするようだった。
「じゃあ、僕がこの病院に来るきっかけになった、あの電話は」
陽子の表情が、初めて、わずかに曇った。
「それについては……正直に言うと、私たちの計画には、なかったものです」
「どういうことですか」
「修司さんの計画では、あなたが自らこの病院にたどり着くはずでした。でも今回、あなたを呼んだのは、電話でした。しかも、私たちの誰も、その電話をかけていません」
哲太の背筋に、冷たいものが走った。
「じゃあ、誰が」




