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患者たちは逃げなかった  作者: キロヒカ.オツマ―


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第十二章 消された一日

その夜、哲太は再び、実家に残っていた父の古い手帳を引っ張り出した。修司は几帳面な男で、仕事のスケジュールから、些細な家庭の予定まで、すべて手帳に書き留める習慣があった。


 二十年前の六月のページを開く。


 その月のほとんどの日には、几帳面な字で、取材先の名前や、待ち合わせの時間が書き込まれていた。だが、六月の中旬、三日間だけ、ページが完全に白紙だった。


 破られた形跡はない。ただ、何も書かれていない。


 その前後の日には、「聖嶺会・面会」「S・面談」といった短いメモが残っていた。だが、その空白の三日間だけ、何の記録もない。


 哲太は、母に電話をかけた。母は数年前に再婚し、今は地方で穏やかに暮らしている。父の話題は、できるだけ避けてきた間柄だった。


「お母さん、二十年前の六月、僕たち、何かあった?」


 電話の向こうで、しばらく沈黙が続いた。


「……急に、どうしたの」


「思い出せないことがあって。あの頃、少しの間、僕、どこかに行ってなかった?」


 母の声が、わずかに強張るのが分かった。


「お父さんの、仕事の関係で……哲太、あなた、しばらく親戚の家に預けられていたのよ。覚えてない?」


「親戚の、家?」


「うん。お父さんが、急に忙しくなって。あなたを、遠くの親戚の家に、一時的に」


「その親戚って、誰?」


 母は、また少し黙った。


「……ごめんなさい、はっきり覚えていないの。お父さんが、全部手配してくれたから」


 電話を切ったあと、哲太は暗い部屋の中で、一人、考え込んだ。


 親戚に預けられた、という説明。だが、母自身がその「親戚」の詳細を覚えていない。それは、あまりに不自然だった。


 まるで、母もまた、何かを信じ込まされていたかのように。

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