なぜ助けた
森で助けられた時は単純だった。
なんて良い奴なんだ。
そう思った。
王の前でもそうだ。
俺を庇ってくれた。
助けてくれた。
言葉の分からない俺のために先生まで呼んでくれた。
食事だって用意してくれた。
牢屋暮らしとは言え、普通ならもっと酷い扱いを受けていてもおかしくなかった。
だから俺は感謝していた。
本気で良い奴だと思っていた。
だが――
冷静になって考えると、おかしい。
王との話が終わった後、俺は条件付きで解放されることになった。
条件は三つ。
勝手に許可なく城の外へ出ないこと。
王の呼び出しには必ず応じること。
そして疑いが晴れるまでは牢屋で生活すること。
解放というより監視付きだった。
まあ処刑されなかっただけマシだろう。
そう思うことにした。
再び頭から袋を被せられる。
真っ暗だ。
しばらく歩かされた後、ようやく足が止まる。
騎士達に囲まれたまま袋が外された。
そこは牢屋の前だった。
王のところへ向かう時は気付かなかったが、牢屋の周囲にはかなりの人数の騎士がいる。
思ったより厳重らしい。
俺は牢へ戻される。
扉が閉まる。
鉄の音が響いた。
ようやく一人になれた。
どう考えてもおかしい。
助かったから良かった。
そんな一言で片付けていい話じゃない。
俺は状況を整理する。
森でグランベアに襲われた。
逃げた。
木の裏に隠れた。
するとウェルと騎士達が現れた。
そしてスコルガまで現れた。
襲われていた現場にいたのは俺だ。
俺のせいではないとは言え、スコルガも普通じゃなかったらしい。
それだけじゃない。
俺は王の前で自分を勇者だと言った。
今思えば最悪だったかもしれない。
勇者という言葉を誰も知らなかった。
説明しようとしたが上手く伝わらない。
結果だけ見れば、正体不明の男が意味不明なことを言い出しただけだ。
むしろ自分で自分の首を絞めた気さえする。
客観的に見れば怪しいどころの話じゃない。
王の言う通りだった。
俺自身が王でも疑う。
それなのにウェルは俺を助けた。
なぜだ。
もしかして。
ウェルは俺を利用しようとしているんじゃないか。
王候補だ。
何か企みがあってもおかしくない。
俺を利用して王になろうとしているとか。
今まで優しく見えていた笑顔も。
子供っぽい雰囲気も。
全部演技なのかもしれない。
そんな考えまで浮かび始める。
その時だった。
牢の前に人影が現れる。
ウェルだった。
「やあ」
相変わらずの笑顔だ。
俺は警戒を解かない。
それでも言った。
「ルードウェルライト様」
「俺を助けてくれてありがとう」
「たとえ利用するつもりだったとしても、森で助けてもらったことだけは本当だから」
「……それとも、それすら計算だったのか?」
俺は自分でも何を信じればいいのか分からなくなっていた。
ウェルは目を丸くした。
「え?」
そして困ったように笑う。
「別に気にしないでよ」
「それと、お父様のことはごめんね」
「名前もウェルでいいよ」
「様はいらない」
俺は少し考えて答えた。
「……そうか」
「じゃあウェル」
そう呼ぶと、ウェルは少し嬉しそうだった。
周囲の騎士達の空気が一瞬だけ変わる。
王族を呼び捨てにしたからだろう。
だが俺は気にしない。
向こうだって俺を怪しんでいる。
お互い様だ。
俺は直球で聞く。
「なんで助けたんだ」
ウェルが首を傾げる。
「何が?」
「俺だよ」
「どう見ても怪しかっただろ」
「王の言うことは正しい」
「なんで信じた?」
ウェルは少し考える。
だが答えずに周囲を見回した。
そして小さく言った。
「ついてきて」
「外に行こう」
俺は眉をひそめる。
外?
条件を破ることになるんじゃないかと思ったが、勝手に出るなと言われただけだ。
ウェルからの提案なら問題ないのだろう。
それに。
もし何か企みがあるなら見極めてやる。
ウェルは看守から鍵を受け取る。
「ありがとう」
そう言って俺の牢を開けた。
扉が開く。
久しぶりの牢の外だった。
俺はウェルの後を歩く。
牢屋の通路を進む。
今まで見えなかった景色が見える。
牢は一つではなかった。
何十と並んでいる。
悪そうな顔の男。
普通に見える男。
老人。
若い奴。
色々いた。
「よう新入り!」
近くの牢から声が飛んできた。
俺は即座に視線を逸らした。
関わりたくない。
「なあウェル」
「なんだい?」
「こいつらは悪いことをしたのか?」
ウェルは少し考えた。
「この国のルールではね」
妙な言い方だった。
「犯罪者と悪人は同じじゃないよ」
「もちろん悪人もいる」
「でもそうじゃない人もいる」
「だから難しいんだ」
俺にはよく分からなかった。
やがて長い階段に出る。
ひたすら登る。
登る。
登る。
今さら気付いた。
王との面会のたびに俺はこんな階段を登っていたのか。
意外と体力がついてきたのかもしれない。
そんなことを考えていると、前方が明るくなった。
そして――
俺は思わず立ち止まった。
目の前に広い空間が広がっていた。
高い天井。
赤い絨毯。
鎧を着た騎士達。
ここは王宮だった。
「牢屋って王宮の地下にあったのか」
思わず呟く。
「うん」
ウェルが頷く。
「危なくないのか?」
「もし暴れたら」
「大丈夫だよ」
ウェルはあっさり言った。
「騎士もたくさんいるし」
「それに、あの人達は暴れないから」
俺は思わず聞き返す。
「暴れない?」
牢屋に入るような連中だぞ。
そう思った瞬間、気付く。
……いや。
俺も牢屋に入ってる側だった。
今の発言、自分も含まれていた。
俺はそっと視線を逸らす。
ウェルはそんな俺を見て少し笑った。
「君もその中に入ってるんだけどね」
「言うな」
思わず即答した。
ウェルは楽しそうだった。
その笑顔に俺は度々心を許しそうになる。
これは危険だ。
そのまま王宮を歩いていく。
途中ですれ違う騎士達が頭を下げる。
「ウェルライト様」
「お疲れ様です」
ウェルは困ったように笑った。
「やめてよ」
「何度も言うけどウェルでいいって」
騎士は苦笑する。
「そんな無礼な真似はできません」
俺は改めて思う。
こいつは王候補なんだ。
ただの子供じゃない。
やがて大きな扉の前へ辿り着く。
扉が開く。
眩しい光が差し込んだ。
そして――
俺は言葉を失った。
街だ。
王宮は高台に建てられていた。
その下に巨大な街が広がっている。
石造りの建物。
木造の建物。
赤茶色の屋根。
白い壁。
遠くまで人が行き交っている。
豆粒みたいな大きさだが、それでも人の多さが分かる。
さらにその向こうには巨大な外壁。
そして外壁のさらに外側には、水が街全体を囲むように流れていた。
「すげぇ……」
思わず声が漏れる。
異世界だ。
今さらだが、本当に異世界だった。
ウェルは少しだけ嬉しそうに笑った。
「行こうか」
俺達は王都へ向かって歩き始めた。
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