生き延びた先で
俺はあれから、かなり勉強をしていた。
少しずつだが、この世界の言葉も話せるようになってきている。
元々、俺は勉強が苦手じゃなかった。
ただ前の世界には、もっと楽しいことがあっただけだ。
だが、この世界には魔法がある。
それだけで話は別だった。
俺は早く言葉を覚えたかった。
そして、あの拷問官に魔法の使い方を教えてもらいたかった。
もしかしたら魔法はこの世界の言葉でしか使えないのかもしれない。
そのうち無詠唱魔法とかも試してみよう。
そんなことを考えながら、俺は毎日勉強した。
寝る前に復習。
朝になれば新しいことを学ぶ。
気づけば時間が過ぎるのも早かった。
勉強を続けた結果、いくつか分かったことがある。
ここはヴェルガ大陸。
そして、この国の名前はルードブルー王国。
ルード・ヴァルディス・ロウを王とする国らしい。
どうやら三代目国王らしい。
俺はそれを聞いて、この国はまだそれほど歴史の長い国ではないのだと感じた。
俺を助けてくれたあの子供は、 ルード・ウェル・ライト。
この国の王候補の一人だった。
正直驚いた。
あんなに小さいのに王候補らしい。
俺より年下にしか見えなかったんだが。
まあ、騎士たちがあれだけ従っていたんだから本当なんだろう。
それ以外にも色々なことを教わった。
俺が目を覚ました場所はフェルガの森と言い。
ルードブルー王国の近くにある大きな森だ。
先生が絵を描きながら教えてくれた。
鹿のような魔物はグラル。
空を飛ぶ鳥型の魔物はスカイア。
地面を掘って生活するモグラ型の魔物はドルガリ。
どれもフェルガの森ではよく見かける魔物らしい。
そして、俺の前で馬車を破壊したあの蜘蛛とサソリを混ぜたような化け物。
あれはスコルガというらしい。
本来はあそこまで巨大な魔物ではないらしい。
危険な魔物ではあるが、騎士なら十分対処できる程度らしい。
俺が見たやつはどう考えてもそんな感じではなかったが。
さらに先生は最後に大きな熊のような絵を描いた。
俺を吹き飛ばし、足を折ったあの化け物だ。
だが、どこか違う。
俺が見たやつより少し小さい気がする。
牙も短い。
体の傷もない。
「グランベア」
フェルガの森の主と呼ばれる魔物らしい。
実際に見た者は少なく、生きて帰った者はさらに少ない。
半ば都市伝説のような存在で、この絵も何十年も前の記録を元に描いたものらしい。
最近では目撃例すらないそうだ。
忘れるはずがない。
俺を吹き飛ばし、足を折った化け物だ。
気づけば俺は無意識に足へ触れていた。
今は治っている。
だが、あの時の衝撃だけは忘れられそうになかった。
それからも勉強を続けて一週間ほどが経った。
もう先生にも慣れた。
あの虫みたいなペンにも慣れた。
正確にはペンじゃないみたいだ。
インクラーという体の中で黒い液体を作って吐き出す生き物らしい。
あまり動かないので筆記用具として使われているそうだ。
この生き物については、実はよく分かっていないらしい。
よく分かっていない生き物を毎日触っているのか、この世界の人間は。
毒とかあったらどうすんだよ。
そう思ったが、みんな普通に使っているのでたぶん大丈夫なんだろう。
最初は気持ち悪かったが、人間は慣れる生き物だ。
俺を救ってくれたウェル・ライト様も時々やって来る。
本当は、助けてくれたことへのお礼をもっとちゃんと伝えたかった。
少し話もしてみたかった。
だが、ウェル・ライト様はいつも長居しない。
何かを確認するように俺を見て、その度に安心したような顔で帰っていく。
それでも様子を見に来てくれていたようだった。
今では食事も普通に出されている。
最初の頃より扱いがかなり良くなっている気がした。
その日も授業が終わったあと、俺は復習をしていた。
疲れると少し休憩する。
そして、拷問官の魔法を思い出す。
手を前に出す。
集中する。
火をイメージする。
当然――
何も出ない。
「……いや、今ちょっと出そうだったな」
全然そんなことはなかった。
そんなことをしていると、牢の扉が開いた。
看守が二人。
いつもとは違う。
一人が俺の頭に袋を被せた。
俺は抵抗しなかった。
どうせ逃げられない。
それに最近は殺されそうな雰囲気もない。
大人しく連れて行かれる。
しばらく歩き、ようやく袋が外された。
目の前にいたのは、最初に会ったあの男だった。
王。
ルードブルー王国の三代目国王。
ルード・ヴァルディス・ロウ。
周囲には騎士たちが並んでいる。
空気が重い。
自然と背筋が伸びた。
王は俺を見下ろしながら口を開く。
以前は何を言っているのか全く分からなかった。
だが今は違う。
言葉の意味が理解できた。
王は静かに言った。
「お前は何者だ」
部屋が静まり返る。
全員が俺を見ている。
名前。
そうだ。
名前を聞かれている。
俺は少し考えた。
前の世界の名前を言うべきか。
いや――
せっかく異世界なんだ。
こんな機会、二度とない。
俺は胸を張った。
そして言う。
「俺の名は――」
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