魔法はある!!
俺はいま、牢屋にいる。
でも不思議と、そこまで絶望していなかった。
むしろ、少しだけテンションが上がっている。
魔法を見た。
あれは本物だった。
それだけで頭の中がいっぱいだった。
でも、それだけじゃない。
あの時、俺は助けてもらった。
あのままなら死んでいた。
何も分からないまま、あの森で終わっていた。
それなのに今、生きている。
その事実が、遅れて胸に来ていた。
(助けられたんだ……俺)
魔法への興奮と、よく分からない感謝が、同時に残っていた。
少し前のことを思い出す。
俺はすごい広い王宮みたいな場所で、すごい数の騎士に囲まれていた。
その中心には、偉そうな男がいた。
多分あれが王だ。
騎士の数的にも、空気的にも、それで間違いないと思う。
俺はとりあえず何か言おうとした。
助けてくれたことへのお礼くらいは言うべきだと思ったからだ。
でもその時には、体はとっくに限界を迎えていた。
足の痛みと熱っぽさが一気に戻ってきて、視界が揺れた。
「……っ」
そのまま王の前で倒れた。
次に目を開けた時、誰かに体を触られていた気がする。
何か苦いものを飲まされたような記憶もある。
正直、その辺は曖昧だ。
そしてもう一度目を開けた時には、ここにいた。
牢屋。
でも体の調子は明らかに良くなっていた。
あれほど痛かった足も、今は普通に動く。
(治ってる……?)
少し怖くなって、無理に動くのはやめた。
しばらくして看守らしき人がやってきて、俺を見たあと、何かを別の人に伝えた。
その時点で、少し違和感はあった。
(ん……?)
嫌な予感というほどではない。
でも、何か噛み合っていない感じ。
気づけばいつの間にか、食事が置かれていた。
パンだ。
食べてみると、普通にうまい。
それから俺はもう一度、王の前に連れて行かれた。
今度こそちゃんとお礼を言おうと思った。
「た、助けていただいて……ありがとうございます!」
言えているかどうかも分からない。
でも精一杯だった。
あの小さい子供ではなかったが、雰囲気的にその親だろう。
この人たちに助けられたのは間違いない。
体調も足も、ちゃんと戻っている。
でも、返事がない。
周りの騎士たちは少し戸惑ったような顔をしている。
王は表情を変えないまま、何かを言った。
言葉はまったく分からなかった。
(そうか……異世界の言葉が分かる特典とかはないのか)
そんなことをぼんやり思う。
すると王は小さくため息をつき、もう一度何かを言った。
そして――
俺は連れて行かれた。
牢屋に戻されるのかと思った。
だが違った。
連れて行かれたのは、拷問部屋のような場所だった。
壁には古い血の跡。
工具のようなもの。
空気が重い。
(……え?)
俺は固まった。
助けてもらったはずだよな?
ここで死ぬのか?
そんな考えが頭をよぎる。
そこへ、拷問官らしき男が入ってきた。
何かを言っている。当然分からない。
俺は必死に伝えようとした。
「た、助けてくれてありがとうございます!」
「俺、何もしてないです!」
「本当に何もやってなくて……!」
言い訳なのか感謝なのか分からないことを口にしていた。
そして――
拷問が始まった。
最初は痛みだった。
だがそれより先に、別のものが頭に入ってきた。
(……魔法?)
拷問官の手の先で、火が生まれた。
俺の指が焼かれる。
「っ……あああっ!」
痛い。
めちゃくちゃ痛い。
それなのに――気づいたら、俺は笑っていた。
指は痛い。
体も痛い。
でもそれ以上に、興奮が勝っていた。
(魔法はある)
(この世界、本当にある)
その様子に気づいた拷問官は、少しだけ目を細めた。
何かを考えるような顔をしたあと、俺は何も言われないまま牢へ戻された。
それからしばらく、俺は牢の中でぼんやり過ごしていた。
痛みはある。
空腹もある。
状況は最悪のままだ。
それでも頭の中は別のことでいっぱいだった。
(もう一回見たい)
あの火。
あの現象。
魔法。
気づけば、意味も分からない言葉を小さく口にしていた。
当然、何も起きない。
それでもやめなかった。
そんな時だった。
足音がした。
顔を上げる。
あの時の子供が立っていた。
息を切らしている。
肩が上下している。
俺は反射的に立ち上がろうとして――
「っ……!」
痛みで膝をついた。
それでも、伝えたかった。
「……あ、ありがとございます!」
言葉は通じない。
それでも、それだけは言いたかった。
何度も頭を下げる。
「助けてもらって……ほんとに……」
相手は少し困った顔をしていた。
やっぱり伝わっていない。
それでも、何かを言い残してそのまま去っていく。
俺は一人、牢の中に残された。
(まあ……そうか)
でも、不思議と嫌な気持ちはなかった。
その日も、俺は意味のない呪文みたいなものを口にしていた。
今日も魔法、見れるかな。
そう思った。
あの痛みのことは、不思議とあまり気になっていなかった。
それから数日。
時間の感覚はもう曖昧だった。
朝も夜もはっきりしない。
ある日、またあの子供が来た。
今度は一人じゃない。
誰かを連れている。
騎士とは違う。
(魔法使い……?)
そんな期待が一瞬だけ浮かぶ。
その人物は、懐から何かを取り出した。
小さな虫のようなもの。
俺は少し身構える。
(また拷問か?)
だが違った。
その人物は、壁に毛皮のようなものを貼りつける。
そして虫のようなものを押し当てた。
すると黒い線が描かれていく。
(ボールペンみたいなものか?)
だが違う。
インクでも、筆でもない。
それなのに、はっきりと形が生まれていく。
見たことのない模様。
でもただの模様じゃない。
(これ……意味がある)
やがてそれが「並び」だと気づく。
文字だ。
そこでようやく理解した。
(ああ、そういうことか)
拷問じゃない。
殺すためでもない。
試しているわけでもない。
これは――
俺にこの世界の言葉を教えようとしている。
今までの違和感が、少しだけつながった気がした。
(言葉が通じないからか……)
この世界の中で、俺という存在をどう扱うか決めかねている。
そんな気配もあった。
俺は壁に浮かぶ線を見つめる。
分からない。
でも、目を離せなかった。
ここから何かが始まる気がした。
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