現実
目が覚めた。
腹が減っていた。
昨日よりもずっと。
水だけで二日過ごしたのだから当然だ。
体も重い。
だが、動けないほどではない。
川で顔を洗い、水を飲む。
少しだけ空腹が紛れた気がした。
もちろん気のせいだ。
数分もすればまた腹が鳴り始める。
「……さすがに食うか」
視線の先には昨日見つけた木の実があった。
毒かもしれない。
だが、食わなければそれはそれで危険だ。
俺はしばらく悩んだ末、一つだけ口に入れた。
恐る恐る噛む。
「……うまっ」
思わず声が漏れた。
甘い。
前の世界の果物に似ている気もする。
気付けば二つ目、三つ目と食べていた。
空腹だったこともあるだろう。
久しぶりの食事は驚くほど美味かった。
「ほらな」
少し笑う。
「食えるじゃないか」
やはり考えすぎだった。
異世界だからといって全部が危険なわけじゃない。
そう思えた。
腹が満たされたことで少し元気が出る。
俺は森の探索を再開した。
歩く。
ひたすら歩く。
木。
草。
川。
また木。
たまに見たことのない生き物もいた。
体が小さいのに羽だけ妙に大きい鳥のような生き物。
俺を見るなり信じられない速さで逃げていった。
体は小さいのに前足だけやたら大きいモグラみたいな生き物もいた。
そいつも俺に気付いた瞬間、地面へ飛び込むように潜って消えていった。
景色はほとんど変わらない。
人どころか建物も見当たらない。
気付けば数時間が過ぎていた。
「……広すぎないか?」
さすがに不安になる。
町があると思っていた。
村くらいあると思っていた。
だが何もない。
一瞬だけ嫌な考えが頭をよぎる。
もしかして、この世界に人間はいないんじゃないか。
だがすぐに首を振った。
「いや、そんなわけないだろ」
異世界だぞ。
魔法もあるかもしれない世界だ。
人間くらいいるに決まっている。
まだ見つけていないだけだ。
そう自分に言い聞かせた。
その時だった。
腹の奥が痛んだ。
「……あ?」
最初は気のせいかと思った。
だが痛みは徐々に強くなる。
腹の中を掴まれるような感覚。
冷や汗が流れる。
足が止まる。
「う、ぐっ……」
膝をつく。
最近口にしたものを思い出す。
川の水。
そして木の実。
原因はどちらかだ。
だが俺の予想は決まっていた。
「木の実、か……」
毒だったのかもしれない。
いや、まだ分からない。
ただ、体は確実に悲鳴を上げていた。
視界が揺れる。
立ち上がろうとしても力が入らない。
頭も上手く回らない。
まずい。
そう思った時にはもう遅かった。
世界がゆっくり傾く。
地面が近付く。
そして――
俺の意識は途切れた。
---
次に目を覚ました時には、辺りは真っ暗だった。
「……夜?」
声を出したつもりだったが、上手く出なかった。
どれくらい眠っていたのか分からない。
半日か。
それとも一日か。
頭がぼんやりしている。
体も熱い気がした。
「風邪……か?」
そんなはずはないと思う。
だが、それ以外に思いつかなかった。
薬もない。
病院もない。
看病してくれる人もいない。
俺はふらつきながら木の下へ向かった。
葉っぱを集める。
昨日と同じだ。
全く暖かくない。
それでも何もしないよりはマシだった。
腹も痛い。
頭も痛い。
寒い。
最悪だった。
それでも眠るしかない。
俺は葉っぱに包まるようにして横になる。
異世界三日目か。
四日目か。
もう分からない。
何も上手くいかなかった。
魔法も使えない。
人も見つからない。
体調まで崩した。
それでも――
「明日には……何とかなるだろ」
根拠はなかった。
だが、そう思わないとやっていられなかった。
そうして俺は、寒さに震えながら再び眠りについた。
---
目が覚める。
頭が重い。
体もだるい。
木の実を食べた後からずっと調子が悪い。
あれからどれくらい寝ていたのだろう。
半日か。
一日か。
それとももっとか。
分からない。
時計なんてないし、誰かが教えてくれるわけでもない。
ただ一つ分かるのは――
体調が全然良くなっていないことだけだった。
「……腹減ったな」
自分でも情けない声が出る。
だが生きるためには動かなければならない。
俺はふらつく足で川へ向かった。
川に着く。
しゃがみ込み、水を飲む。
冷たい。
少しだけ頭がはっきりした気がした。
「これが毒だったら終わりだな……」
苦笑する。
木の実が原因だ。
きっとそうだ。
そう思いたかった。
その時だった。
後ろで何かが鳴った。
ガサッ。
草が揺れる音。
俺は振り返らない。
またあの変な生き物だろうと思ったからだ。
鳥みたいなやつか。
モグラみたいなやつか。
鹿みたいなやつか。
そんなものだと思っていた。
だが違った。
嫌な予感がした。
ゆっくり振り返る。
そして固まった。
そこにいたのは化け物だった。
大きい。
明らかに今まで見た生き物とは格が違う。
牙が口の外まで飛び出している。
体中には古い傷跡があった。
まるで何度も戦って生き残ってきたみたいに。
俺の熱くなっていた頭が一瞬で冷える。
(やばい)
本能がそう告げていた。
幸い、まだ気付かれていない。
化け物は川の水を飲んでいる。
今なら逃げられる。
そう思った。
だが足が動かない。
恐怖で体が固まっていた。
そして――
小枝を踏んだ。
パキッ。
化け物が顔を上げる。
目が合った。
その瞬間。
腹の痛みも。
熱っぽさも。
頭の重さも。
全部どうでもよくなった。
逃げないと死ぬ。
それだけが分かった。
俺は走った。
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