俺は選ばれた存在?
目が覚めた。
体感では昼近くまで寝ていた気がする。
木にもたれかかったまま寝ていたせいで体は少し痛いが、それ以外は特に問題ない。
よく考えると、とんでもなく危険なことをした気がする。
知らない森の中で、見張りもせずにそのまま寝る。
今思えば自殺行為に近い。
だが周囲を見渡してもモンスターらしき姿はない。
「意外と安全なんじゃないか?」
そう考える。
ゲームでいうチュートリアルエリアみたいなものかもしれない。
初心者が最初に放り込まれる安全地帯。
そう勝手に納得すると、危機感はあっさり消えた。
空を見上げる。
今日も空は青かった。
異世界でも空は青いらしい。
少しだけ安心する。
川へ向かう。
顔を洗い、水を飲む。
冷たい。
うまい。
そこで思い出す。
昨日はそのまま寝てしまったが、食料の問題が残っていた。
「腹減ったな……」
辺りを見回す。
木。
草。
木。
草。
少し既視感のある木の実。
「……分からん」
食えるのかも分からない。
毒があるのかも分からない。
異世界の知識なんて当然ない。
しばらく悩んだ末、手を出すのはやめた。
食って死んだら笑えない。
いや、異世界まで来て毒死エンドとか嫌すぎる。
ただ、いざとなったら食べるしかない。
見た目は前の世界の果物に少し似ている。
もちろん同じとは限らない。
だが、食べられる可能性は高そうだった。
そんなことを考えながら歩いていると、ふと思いつく。
「鑑定」
何も起きない。
「ステータスオープン」
何も起きない。
「レベル確認」
何も起きない。
沈黙だけが返ってくる。
「……おかしいな」
昨日より少しだけ声に自信がなかった。
それでも俺はまだ諦めていない。
きっと条件がある。
まだ見つけていないだけだ。
そう思うことにした。
その時だった。
草むらの奥で何かが動いた。
視線を向ける。
そこにいたのは鹿のような生き物だった。
ような、というのは完全に同じではなかったからだ。
角の形も違う。
体つきも少し違う。
だが、俺には鹿に見えた。
「おっ」
思わず声が漏れる。
食料だ。
少なくともそう見えた。
その生き物は草を食べている。
食物連鎖があるなら明らかに下の方だろう。
草食動物。
つまり狩れる。
そう思った。
だが、よく見ると足の筋肉がおかしい。
異様に発達している。
少し気になったが、すぐに考えるのをやめた。
「まあいいか」
肉は多そうだ。
そう思った瞬間、別の問題に気付く。
狩る道具がない。
槍もない。
弓もない。
魔法も使えない。
「……道具作るか?」
挑戦してみた。
数分後。
無理だった。
俺にそんな器用な真似はできない。
枝を削ろうとしても上手くいかない。
そもそも削る道具もない。
少し焦り始める。
腹も減っていた。
だが、その焦りを打ち消すように考える。
俺は選ばれた存在だ。
きっと大丈夫。
そうに違いない。
俺は近くに落ちていた尖った石を拾った。
そして草むらから飛び出す。
「うおおおっ!」
その瞬間。
鹿のような生き物は俺を見る。
一秒後には逃げていた。
速い。
異常なほど速い。
俺は慌てて追いかける。
だが数十秒で限界だった。
息が切れる。
足が重い。
運動不足がここで牙を剥いた。
生き物の姿はとっくに消えていた。
「くそっ!」
手に持っていた石を思い切り投げる。
当然当たらない。
思ったより飛びもしない。
石は情けなく地面を転がった。
俺は少しだけ腹が立った。
この世界に。
自分に。
思い通りにならない現実に。
その後も魔法を試した。
何度も。
何度も。
だが結果は変わらない。
「ファイア……!」
何も起きない。
「ライトニングボルト……!」
何も起きない。
「エクスプロージョン……!」
何も起きない。
「まだ使えないのかよ……」
誰もいない森で呟く。
返事はない。
気付けば夕方になっていた。
そろそろ寝床を探した方がいい。
そう思って周囲を探してみたが、何も見つからない。
結局、昨日と同じだった。
大きな木の近くに座り込む。
そこで初めて気付く。
夜は思ったより寒い。
俺は葉っぱを集めて体にかけた。
全然暖かくない。
だが、ないよりはマシだと思う。
異世界二日目。
魔法は使えない。
狩りもできない。
食料もない。
思ったより現実は厳しい。
それでも――
俺は死んでいるはずだった。
普通なら、あの高さから落ちて助かるはずがない。
それなのに俺は生きている。
知らない森で目を覚ました。
なら、何か理由があるはずだ。
俺がここにいる理由が。
「明日には使えるだろ」
根拠はない。
だが、そんな気がした。
今日はたまたま条件が揃っていなかっただけだ。
明日になれば分かる。
明日になればきっと。
そう思いながら目を閉じる。
異世界三日目は、きっと俺の物語が始まる日だ。
そんな希望を抱いたまま――
俺は眠りについた。
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