俺は選ばれた存在!
(……水はある)
まずそれを確認する。
川の水は澄んでいて、飲めそうなくらい静かに流れていた。
喉の奥が妙に乾いている。
とりあえず、生きるための条件は揃っているらしい。
「……助かった、のか?」
口に出してみる。
そこでようやく、思考が少しずつ戻ってくる。
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(何があった?)
屋上。
フェンス。
掴んだ感触。
崩れる音。
空。
――落ちたはずだ。
普通なら、それで終わりだ。
「……いや、終わってるだろ普通」
自分でツッコんで、少しだけ呼吸が整う。
そのとき、ふと気づく。
(……顔)
ポケットに手をやりそうになって、やめる。
代わりに川の方へ歩く。
水面にしゃがみ込む。
揺れる水の中に、自分の顔が映る。
――見慣れた顔と体だった。
怪我も特にない。
変わった様子もない。
(……そのまま、か)
少しだけ安心して、少しだけがっかりする。
もし異世界転生なら、何か変わっていてもおかしくないと思っていた。
普通なら、あの高さから落ちて無事なはずがない。
死んでいるのが当然で、例外なんてあるはずがない。
それなのに、俺はここにいる。
(……やっぱり)
胸の奥で、あの感覚が顔を出す。
――俺は、選ばれた存在なんじゃないか。
そんな馬鹿みたいな考えが、自然と浮かんでくる。
異世界かどうかは、まだ確定していない。
だが、もしここがそういう場所なら――
魔法くらいは使えるはずだ。
俺は自信満々に右手を前へ突き出した。
こういう時は右手だ。
理由は知らない。
だが、なんとなく主人公っぽいからだ。
「ファイア……!!」
何も起きない。
(……あれ?)
少し間を置いて、もう一度。
「ブリザード……!」
風も吹かない。
「サンダーボルト……!」
当然、雷なんて落ちない。
それから俺は、思いつく限りの呪文を片っ端から試した。
一回きりじゃない。
何度も、何度もだ。
「ファイアボール……!」
「フレイムバースト……!」
「アイスランス……!」
「サンダーストーム……!」
「ライトニングボルト……!」
「エクスプロージョン……!」
「ヒール……!」
「キュア……!」
「プロテクト……!」
読んだことのあるライトノベル。
ゲーム。
漫画。
そこに出てきた技や魔法を片っ端から試していく。
だが結果は変わらない。
何も起きない。
火花一つ出ない。
煙すら出ない。
「……魔法さえ使えればいいんだ」
誰に向けたわけでもなく、そう呟く。
その後も俺は試し続けた。
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(いや、待て)
相性か?
まだレベルが低いとか、条件があるのか?
杖が必要なのかもしれない。
魔法陣とか、詠唱の形式とか。
あるいは魔法の本――そういう媒介がいるタイプか?
俺はまだ諦めていない。
むしろ興奮の方が勝っていた。
(マナ切れ、ってやつか)
そうに違いない。
まだチュートリアル段階なんだ。
本気を出す前の準備期間みたいなものだ。
そう自分に言い聞かせる。
気付けば辺りは暗くなり始めていた。
一日中、魔法を試していたらしい。
空を見上げる。
太陽は沈みかけている。
前の世界と同じなら、もう夜だ。
……いや、そもそもここが異世界なら同じとは限らないか。
ただ、今のところ大きな違いは感じない。
それよりも――眠い。
腹は減っている。
だが、それ以上に疲れていた。
屋上から落ちて。
知らない森で目を覚まして。
一日中、魔法を試し続けていた。
今さらになって体が限界を訴えてくる。
「……今日は、もういいか」
近くの大きな木にもたれかかる。
本当なら寝床を探した方がいいのだろう。
火を起こした方がいいのかもしれない。
見張りだって必要かもしれない。
だが、そんな知識は俺にはなかった。
そもそも、この森が危険なのかどうかすら分からない。
俺の頭の中は魔法のことでいっぱいだった。
「明日には使えるだろ……たぶん」
誰に言うでもなく呟く。
返事はない。
聞こえるのは風の音だけだった。
異世界かもしれない。
魔法があるかもしれない。
明日は何かが変わるかもしれない。
そんな期待を抱いたまま――
俺はあっさり眠りに落ちた。
最後までお読みいただきありがとうございました!本格的にお話が動き出しましたが、いかがでしたでしょうか?主人公のセリフや、シーンの雰囲気が伝わっていれば嬉しいです!




