洗礼
俺はウェルのことを考えていた。
なぜ助けたのか。
なぜ庇ったのか。
何を考えているのか。
考えれば考えるほど分からなくなる。
気付けば少しのぼせていた。
「……出るか」
俺は湯船から上がった。
さて、体を拭こう。
そう思って周囲を見る。
――ない。
拭くものがない。
俺が首を傾げていると、近くで一人の中年男が風呂から上がった。
男は濡れたまま服を着る。
そしてそのまま去っていった。
「えぇ……」
思わず声が漏れる。
服から水が垂れている。
びしゃびしゃだ。
体は洗わない。
濡れた体も拭かない。
そういう文化なのか?
異世界、思ったよりワイルドだった。
「まあ、俺もこれから住むんだしな……」
慣れなければならない。
そう思いながら自分の籠へ向かった。
そして固まる。
「……あれ?」
服がない。
もう一度確認する。
やっぱりない。
俺の制服が消えていた。
「え?」
思考が止まる。
なぜ?
別に高価な服じゃない。
だが街を歩いていた時を思い出す。
革の服。
布の服。
そんなものばかりだった。
俺の制服はかなり珍しかった気がする。
だから盗まれたのか?
俺は慌てた。
とりあえず何か着なければ。
近くにあった服を手に取る。
着てみる。
小さい。
めちゃくちゃ小さい。
無理やり着たせいで濡れた体の水が移った。
俺は何事もなかったように、そっと元へ戻した。
「よし」
よくない。
全然よくない。
俺は急いで入口近くにいた護衛を呼んだ。
監視役の騎士だ。
「おい!」
騎士が近付いてくる。
「どうした?」
俺は裸のまま言った。
「服が盗まれた」
数秒の沈黙。
そして騎士の肩が震えた。
笑いを堪えている。
絶対笑ってる。
「……着る物を買ってきてやる」
そう言い残して騎士は去っていった。
「いや、監視役なのに離れるのかよ」
思わずツッコむ。
だが考えてみれば当然だった。
裸の俺はどこにも逃げられない。
監視する必要すらない。
そういう判断なのだろう。
納得はしたくないが納得した。
しばらくして体が乾いてきた。
その頃になって気付く。
普通にタオルはあった。
後から出てきた客達がタオルで体を拭いている。
「……」
さっきのおっさんが変だっただけか。
俺は遠い目をした。
どの世界にも変な人間はいるらしい。
まあ今の俺も裸で椅子に座っている。
十分変な人間だった。
そんなことを考えていると、護衛が戻ってきた。
服を抱えている。
「ほら」
投げ渡された服を受け取る。
少し小さい。
だが着られないほどではない。
「ありがとう」
素直に礼を言う。
服を着終えたあと、俺は気になっていたことを聞いた。
「なあ、黒い制服見てないか?」
「制服?」
「俺が着てたやつ」
護衛は首を振った。
その時だった。
近くで話を聞いていた、服の胸元が少し濡れた男が口を挟んできた。
「それなら子供が持っていったの見たぞ」
「え?」
「貴重品でも入ってたんじゃねぇか?」
男は笑う。
「この辺じゃよくあるから気を付けなきゃ駄目だぞ」
俺は呆然とした。
そして思い出す。
ウェルから貰った金だ。
温泉代として渡された小さな袋。
あれも制服のポケットに入れたままだった。
「……マジか」
服だけじゃない。
金まで消えている。
異世界に来て初めて貰った金だ。
本当に盗まれているらしい。
隠されたとか、そういうレベルじゃない。
盗難だ。
前の世界で靴をゴミ箱に隠されたことはある。
だが盗まれたことはない。
地味にショックだった。
「探してくる」
俺は立ち上がる。
だが護衛が止めた。
「待て」
「ウェルライト様がもうすぐ戻る」
「それまでここにいろ」
「でも服と金が――」
「待て」
有無を言わせない声だった。
俺は渋々座り直す。
早く探したい。
だが探せない。
妙にもどかしい。
結局、諦めるしかなかった。
暇になった俺は護衛へ視線を向ける。
「そういえばさ」
「お前、名前なんて言うんだ?」
護衛は少し考えた。
「俺か?」
数秒迷ったあと答える。
「レオン・バルカン・フォン」
「長いな」
「バルカンでいい」
案外あっさり教えてくれた。
まだ怪しまれていると思っていたのだが。
もしかすると服を盗まれたせいで、少し警戒が下がったのかもしれない。
「ありがとう」
俺は頷いた。
「俺の名はデス・ジェネシスだ」
「知ってる」
即答だった。
「王の前で堂々と言ってただろ」
それもそうだった。
そんな馬鹿みたいな話をしていると。
温泉の入口からウェルが戻ってきた。
両手いっぱいに紙袋を抱えている。
中には食べ物が入っているらしい。
いい匂いが漂ってきた。
腹が鳴る。
ウェルはそんな俺を見て笑った。
そして袋の中から一本取り出す。
「一個食べる?」
いい匂いがする。
腹も減っている。
普通なら飛びついていた。
だが俺は少しだけ警戒した。
(いや待て)
(異世界だぞ)
(変な薬とか入ってないよな?)
さっきまで少しだけ信用しかけていた。
だが、それとこれとは別だ。
ウェルは不思議そうな顔をしている。
俺は数秒悩んだ末に口を開いた。
「……毒とか入ってないよな?」
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