46・人の在り方
前回のあらすじ
エルヴィラさんはラトリアの恩人で、彼女が騎士を目指す切っ掛けとなった人物であるようだ。
ハルメリー襲撃から幾日か経ち、被害の全容も次第にその姿をに明らかにしていった。
町の総人口の2割────
今回それだけの住民が敵の顎の餌食となった。
防衛の要である兵士も冒険者もそれに含まれ、特に前々日からの無茶な犯人探しを強行した冒険者達に多くの被害を齎した。
町の避難所も脆いところは無慈悲に食い破られ、一般市民の中にも犠牲者を出した所が何ヵ所かある。
しかし意外だったのが崩壊と風化が進む旧市街の被害が殊の外軽微だった事。
独特な迷路のような構造がモンスターさえも惑わせ、道に迷って集団から逸れたモンスターを順次叩き各個撃破していったそうな。
それとは真逆に新市街は交通の便と効率を重視して道幅も広く、また隠れられる場所も少ない為か激戦区となり犠牲者を多く出した。
貴族街にもモンスターは現れたそうだが住民達はあまりその話をしない。普段から反感を持っていたのか、お上の事など興味が無いのだろう。
親類縁者。友人知人が不幸に見舞われ町全体がお通夜ムードと思いきや、しかしそこは冒険者の町。
皆自分のやるべき事を心得ているようで、翌日には本格的な復興に向けて町全体が動いている風を感じた。
1つの目標に向かって突き進む。以前にも増して活気に溢れる僕の住む町ハルメリーは、このくらいで沈んだりしないようだ。
そして僕は今コドリン洞穴から少し歩いたモーリスさんが親方を務める薪割り場に来ていた。
カルメンの両親モーリス夫妻が避難の途中モンスターを足止めしてくれたお陰で僕達は事なきを得たが、2人は一命こそ取り留めたものの実は相当危険な状態だったらしい。
今回ばかりは職人ギルド冒険者ギルド商人達が一丸となって怪我人の手当に当たり、僕を含めモーリス夫妻にも薬草やポーションを惜しみ無く提供してくれたお陰でカルメンが1人にならずに済んだ。
怪我をした2人には安静が必要で、その間親方の代わりに僕が仕事の手伝いをする。彼等が気張ってくれなければ僕もマルティナも皆も無事では済まなかった筈。
そう思えば手伝いなんてどうと言う事はない。彼等にはこの際じっくりと療養してもらおう。
カルメンもカルメンで気丈に振る舞い「お母さんの分まで狩人の仕事を頑張る」と張り切ってはいる。
しかしそんな中“魔物さん”を操る件の子供は、結局騎士団の手から免れモンスター達と共に今も行方を晦ませたそうだ。
正直な気持ちを言えばカルメンには人気の無い森に立ち入って欲しくはないと言うのが本音なのだが・・・
本人は大丈夫大丈夫とカラカラ笑っているが、いざと言う時は狩人としての状況判断に期待する他無い。
パァン!・・・ ゴロゴロゴロ・・・
薪割り場で薪を割るのとはまた一線を画す音が鳴り響く。その正体はミストリアが水魔法を丸太に当てる音だ。
どうやらモンスターの襲撃は彼女の心にも影響を与えたらしく「ミストリアが魔法の練習をしたいんだって」とマルティナを介して僕に訴えてきた。
あの事件を目の当たりにして戦う決意を灯した彼女だが、いきなり本格的なモンスターとの戦闘に放り込む訳にもいかない。
かと言って冒険者ではないミストリアをコドリン洞穴に投げ込む事もできない。
考えた末、周囲に迷惑を掛けず且つ安全に練習ができる場所としても、この薪割り場はうってつけだった訳だ。
僕は幹の太い頑丈そうな丸太を提供すると、それに目掛けて水魔法を「これでもか」とぶつけ始めた。
かなり重量がある丸太だったが彼女の魔法が炸裂すると、まるで掌で弄ばれるカップのようになぎ倒されてコロコロ地面を転がった。
ミストリアに身分を明かされたマルティナがどう言うかは分からないが、本人が望むなら本格的な冒険者になっても十分通用するレベルだろう。
一方のマルティナはギルドの仕事に掛かりきりになっている。
と言うのも今回冒険者に多く被害が出た為、孤児になった子や片親になった子が一夜で増えて、てんやわんやのギルドにマルティナから手伝いを申し出た形だ。
今回の事件にそれぞれ想うところがあったのか、自分の出来る事を模索し前向きにかかわっていく良い切っ掛けになるかもしれない。
僕もモーリスさんの復帰とポリアンナさんから仕事の許可が下りるまで、極力町の復興に意識を傾けたいと思う。
その1つである薪を僕は無心で薪を割り続けた。薪は冬を越す生命線でもあるので多く拵えて困る事はない。
頑張って復帰したモーリスさんを驚かせてあげよう。
と・・・勢い付いたところで心配するミストリアに止められた。うん・・・僕も怪我人でした。
ひんやりとした体感温度から日もとっぷりと落ちたようだ。僕にとっては何ら代わり映えのしない真っ暗な景色だが、灯りがなければミストリアも練習どころではない。
「ごめんミストリア つい夢中になっちゃって・・・」
言葉こそ返ってこないが心境は「やれやれ 仕方がないわね」と言った案配だ。僕はいそいそと割った薪と道具を片付けて帰路につく。
あんな出来事があったにもかかわらず、大通りはいつもの活気を取り戻している。しかしその中に紛れ建物を修繕する職人のたてる音だけが唯一事件が起きた事を物語った。
マルティナを迎えにギルドに赴くと、その玄関先が何やら騒がしいのに気が付いた。
何事かと耳を傾けると勢いよく扉が蹴破られ、その中から1人の人間が慌てた様子で転がり出てくる。
音の感じから成人で軽装。鎧や金属に類する装備品は身に付けていなさそうだが、腰の当たりから抜き放ったであろう刃物を振り回す音。
「ど! どけぇ~~~~!!」
何を慌てているのか分からないが、男性は是が非でもこの場から立ち去りたいらしく、凶器を振り回しながら僕達の方へと走って来た。
僕は眼前に迫る刃を避けて走り抜けざまの足を引っ掻ける。
そのまま肩口を掴んで勢いを利用し回転させ羽交い締めに持ち込もうとした矢先、彼の後頭部に遠慮の無い水魔法の殴打が炸裂した。
「ミストリア・・・ 手加減は覚えた方がいいよ・・・」
咄嗟の出来事にミストリアもビックリしたのか何だかプリプリ怒ってる。
彼女の怒りに触れて意識を刈り取られた男性は、ギルドから駆け付けた職員達に取り押さえられ、ズルズルと引き摺られるように連行されていった。
僕達も彼等に続きギルドに入ると、屋内でも一悶着あったのか失神している男性に向けて周りから野次が飛ぶ。
「馬鹿な奴だぜ ギルドで諜報スキル使ってバレないわけねぇのにな」
「あれだろ? ギルドが立て込んでれば何とかなるとか思ったクチじゃないか?」
「何の情報が欲しかったのか知らないが あの様子じゃズブの素人だろ」
そう言えば以前ジョストンさんからギルドでは諜報系のスキルは使うなと注意された事があった。
ギルドには国家機密に類する情報も入る為、罰則は決して軽くはないのだとか。
僕でも知っている事なら彼だって知らない訳はないだろうに・・・まったく無茶をする。
職員達に廊下の奥へと連れていかれる男性に憐憫の情を向けつつ、僕はポリアンナさんの立つカウンターまで赴いた。
「こんばんわポリアンナさん マルティナは居ますか?」
「アネット君 今来たの? さっきちょっとごたついてたんだけど 奥に連れていかれた人と外で鉢合わせなかった?」
「その人ならミストリアが引導を渡しました」
「へ?」
ポリアンナさんの疑問符に水文字を彼是浮かべているミストリアの文言を、彼女はどこか呆れた感じで「そうだったのね」と短く打ち切った。
「それより何かあったんですか? どうにも穏やかな雰囲気ではない感じですが」
「あぁ さっきの人 ホールの隅っこでスキルを使ったのよ それを察知した職員が駆け寄ったんだけど 彼は冒険者達を押し退けて逃げ出したの
と言っても 多分彼は囮でしょうね・・・ 本命は何処かで捕まってる筈よ
ちょくちょく居るのよ ギルドから情報をかっさらおうとする人達って」
「捕り物になる程 情報って価値があるんですか?」
「そりゃ~ね 商人とか貴族とか冒険者でも 他者より先んじて利益を挙げたいって思う人は結構居るんだから」
「そうなんですか ポリアンナさんも用心してくださいね? 先程の人は町中で刃物を振り回しましたから
ギルド関係者のポリアンナさんが狙われてしまう可能性だって有るんですから・・・心配です」
「ありがとう でも大丈夫よ 私は只の受付嬢だもの 諜報部とは繋がり自体もまったく無いわ
私達にも彼等の事は一切秘匿されてるし 彼等がギルド内に居るのかさえも分からないわ 所謂表と裏ってやつ?
それにここは冒険者ギルドよ? 何かあったって屈強な冒険者達が守ってくれるわ」
モンスター襲撃などと言う大事件があったばかりだ。
彼女は僕の手を両手でしっかと掴み神妙この上ない声色で答えたが、何だか心がウキウキワクワクしているのはどうしてか。
ミストリアからはチリチリと刺すような感覚が首筋に伝わりどうにも居たたまれない。
この後暫く会話した後ポリアンナさんはマルティナと妹のソフィリアをホールまで連れてきてくれた。
「アネットごめん 今日は帰れないんだ」
「え どうしたの? 何かあった?」
「ほら・・この前の出来事で親を亡くした子供達が居るでしょ? まだその事を受け入れられなくて泣いちゃう子も居るの
私もその内の何人かとは打ち解けたんだけど 私が居なくなると不安になっちゃうみたいなのよ だから暫くはついていてあげようと思って・・・」
「そうなんだ 分かった マルティナにはマルティナにしか出来ない事があるんだね オフェリナ叔母さんには伝えておくよ それじゃ~ソフィリア 一緒に帰ろう?」
そう言って手を伸ばすが一向に掴む感触がない。
「ソフィリア?」
「ソフィリアどうしたの? もう遅いんだからアネットと一緒に帰りなさい」
マルティナに促されても返事がない。ソフィリアはただ黙ってじっとしている。
何かを考えていたのか、しばしの沈黙の後ようやく口を開いたソフィリアから意外な提案がなされた。
「私もここに残る・・・ 私も皆の側についていてあげたいの・・・ダメ?」
普段のソフィリアは人の後をついて回って、やや人見知りしがちな子だ。率先して何かをするような子ではなかったが、この子もこの子で心に傷を負った子供達に対して思うところがあるのだろう。
意を決して訴えかけてきたソフィリアに成長の一端を見た気がした。
ギルドには迷惑を掛けるだろうが、ここはソフィリアの意思を尊重させてもらおう。
折角誰かの為に行動を起こす気になったのだ。この子には是非とも他人を思いやれる人間に成長していってもらいたいものだ。
「分かったよソフィリア もし泣いてる子や辛そうな子がいたら ちゃんと側に寄り添って慰めてあげるんだよ?」
「うん!」
「ちょ! アネット!? そんな勝手に・・」
「マルティナ 迷惑を掛けるかもしれないけど ソフィリアの情操教育には良いと思うんだ」
「そう・・・かもしれないけど・・ ポリアンナさん?」
「まぁ いいんじゃないかしら? 今更一人増えたって変わりはしないし ギルドにしたって ただ子供を預かるところじゃないもの
子供達がここで何かを感じ 考えられるようになるのは 此方としても歓迎される事だわ」
自分の意見を強要する為の否定ではなく、相手の人格を尊重する為の肯定。先の事は分からないにしても、今この場所にソフィリアを預けられたのは正解だったと思う。
★
私がギルドの受付嬢になって数年。
カウンターの椅子に座って日々冒険者の対応にあたっていると、一見しただけでその冒険者の人となりと言うものが大まかにでも見えてくるようになる。
身に付けている装備、醸し出される雰囲気、目つき顔つき動き方。それらがどういう人生を送ってきたのかを如実に教えてくれるのだ。
その幾人かを例に上げればギルド内にいても誰とも関わらず他人と距離をおく者や、逆に率先して他者と関わる者と、同じ冒険者でもその在り方は実に様々である。
しかし中には蛇のように狡猾な人間もいる。
笑顔で近付いてあわよくば人を利用しようとする利己的な者や、或いは他者を蹴落とす事に貪欲な輩まで存在する。
節操と言うものが無いのか、その視線はホールの花とも言えるギルドの受付嬢に向けられる事も屡々あるのだ。
大抵は気さくに話し掛けてくる冒険者が多い中、変に色目を使ったり中には高価な物で釣ろうとする者まで居る。
私も受付嬢に成り立ての頃は言い寄る冒険者にほの字になる事もあったが、目が肥えてくるにつれ人の嘘か誠かを見る目は大いに養われた。
問題だったのが受付嬢に本気なふりをして何とか情報を聞き出そうとする輩だ。
そんな不心得者達に対応するマニュアルもあるにはあるが、そう言う女誑し男子には、はにかみながらも「OK」と返し奢らせるだけ奢らせて「ハイそれまでよ」・・・と言う遊びが女性職員達の間で流行っているのは内緒だ。
正直情報ひとつに何をやってるのだかと思わなくもないが、その情報に命を掛ける人もいれば実際命を落とす人もいる。
冒険者ギルドは冒険者の味方でもあるが同時に敵でもある・・・とは先輩からよく言い含められている言葉だ。
中には貴族や商人が後ろ楯になっている冒険者も居るのだから。
今日もギルドのゴタゴタに乗じて情報を抜き取りにかかる輩がいた。ギルド内で諜報スキルを使うなど素人か! と思われがちだが正直そっちはどうでもいい。
これは「被覆」と言われる技法で、自分のスキルに他人のスキル被せ隠蔽す事からそう名付けられた。職員が囮に気を取られている隙に情報を盗み取るやり口だ。
しかし先程の些事を見たときに私ですら「あ 来たな」と気付いたくらいだから専門の職員がそれを見逃す筈もない。
と言っても彼等も此方を研究し、そのやり方も日々巧妙化していると言う話も聞くのだが・・・
それにしても情報と言うのなら現地で直接肌に触れている冒険者に聞けば良いだろうに、何故態々捕まるような危険を犯すのか。
カウンターの椅子にちょこんと座っているだけでも色々な事柄が自然と耳に入ってくるのに・・・
やはり表には出にくい統計的な数字が欲しいのだろうか? 例えば今回亡くなった冒険者の詳細。どのランクの人間がどれだけ居なくなったのか。それは誰なのか。
また何処にどんな規模でどの様な被害が齎されたのか。今後の国やギルドの対応は?
確かにそう考えれば貴族やギルドも動くだろうし、商人からしてみれば危険を犯してでも盗み見る価値があるのかもしれない。
或いはハルメリーで冒険者が減った分、他所から流れてくる冒険者の動向を調べているのか。
実際ここ数日で名も無き者達もそこそこ有名な冒険者もこのギルドの扉を叩いた。
商人や貴族もあの事件で自分達の手駒が減った分、使える新規の冒険者を取り込もうと躍起になるだろうから、何処の誰がハルメリーに流れたかの正確な情報を抜き取るのも彼等にとっての貴重な先行投資なのかもしれない。
華やかなりし冒険者の世界も、その裏では実に様々な人間の思惑が交錯している。
まだ浅いとは言えアネット君もカストラ商会と繋がりがあるみたいだし、今後欲の皮の張った人達の道具にされないか心配だ。
明朝。
私が出勤すると見慣れぬ紳士然とした人物が、冒険者達の邪魔にならないよう絶妙な位置で直立不動にしているのが目についた。
物腰からも冒険者と言う風体ではない。見た目と物腰から何処か貴族の執事と言っても通用する。
しかし私には彼の着ている服に覚えがあった。
カストラ商会───────
私の記憶ではその店のしかも上役相手のコンシェルジュが直接ギルドに出向くと言うのは今まで一度も無かった事だ。
交代時夜勤の子に聞いてみたところ、私が来る数刻前にはカウンターに寄るでもなく、あぁして微動だにせず立ち続けてるのだとか。
冒険者の流入に伴い目ぼしい新規の冒険者に勧誘でもかけるつもりだろうか。ここに来てあからさまに動き出した商人の動向に一抹の不安を覚えた。




