43・襲撃の結末
前回のあらすじ
“魔物さん”を連れた子供と出会うも、周囲のモンスター達にガブガブされて僕は気を失った。
「ダメだ 黙り決め込んで何も喋らねぇ」
「バウゼンと繋がりがある以上 何も語らんだろうな」
朦朧とした意識の中ぼんやりとしたジョストンさん達の声が朧気ながら頭に響いた。モンスターに全身を噛まれ気を失った僕は不明瞭な感覚と身体中の痛みに意識を覚醒させる。
横たわる自分と背中の感触から今僕はベットに寝かされているらしい。屋内は多くの人集りでごった返している。状況はどうなっているのだろうか。
痛みをこらえ何とか上体を起こそうとするが、そこに更なる衝撃が降りかかってきた。
「アネットーー!! 良かったーー!!」
「ちょっとカルメン! アネットは怪我してるんだから抱きついちゃ駄目でしょ!!」
有り余る感情に従って抱き締めてくるカルメンの抱擁が骨身にしみる。
しかし憂いが晴れた彼女の感情から取り敢えずの危機的状況は過ぎ去った感覚は伝わった。
「カルメン モーリスさんとミスティラさんは!?」
「うん大丈夫 怪我して今は寝てるけど ちゃんとここに居るから・・・」
「そう・・・ 良かった」
「えへへ~ お母さんは抜け目が無いからね~ 戦闘の時はちゃんと狩人さんを空に上げて 目印にしてるんだからっ
それで狩人同士で簡単なやり取りをしてるんだよ? 私達と別れた後 他に避難してきた狩人達と合流してモンスターを撃退したんだってっ」
もしかしたら死別するかもしれないあの状況でも、しっかりとした足取りで立っていられたのは日頃の教育の賜物なのだろう。
「それよりもっ! アネット・・・ プルトンって誰?」
そこに唐突とマルティナの険のある言葉が突き刺さった。
「えっ・・・と・・ し・・知り合い?」
「何だかさぁ 話を聞いてると今回の件と関係があるみたいなんだよね
それに小さな子供は突き飛ばすし あのモンスターを連れた子供にも酷い事している感じだし 挙句の果てに平然と子供を殺せとか叫んでたし・・・
何処であんなのと知り合ったのよ! 付き合う人間はちゃんと選ばないと駄目じゃない!」
「別に付き合いがある訳じゃないよ ただ ちょっと・・・」
「アネット 何か隠してるよね」
「な・・ 何も隠してなんか無いよ・・?」
「そう ・・・・・・・・分かった」
真実を語るべきか否か。
真相を知ればきっとマルティナはプルトンさんを許さないだろう。直情的な彼女なら言葉より先に手が出てもおかしくないし、何となく彼に引き合わせるのは心理的にも不味い気がした。
後暗い彼と接触する事で、明るい彼女の心にも影が落ちてしまうのではないか。
彼女の人に対する見方が悪い方向へと変わっていってしまうのではないか。
明るく前向きなマルティナの心に救われてきた僕にとって、それは好ましいものでは無い。
しかし「分かった」と言い残し何処かへ歩いていったマルティナに、僕はそこはかとなく悪寒の様な寒気を感じた。
★
アネットは何か隠している。
本人は気が付いていないみたいだけど隠し事をしている時のアネットは態度に出る。
やましい事があると言うより、他人を巻き込まない為に1人で抱え込んでる場合が多い。
そう言う時だからこそ力になりたいのに・・・
私達がモンスターに囲まれた時、私は彼の盾足り得なかった。状況を見れば優先順位は避難民であって彼ではないが、そう言う事ではない。
私はアネットの盾になりたい。
彼に降りかかる全てから彼を守りたい。
だけど一番触れたい部分を覆い隠されてしまっては、彼の悩みを払拭する手助けをする事が出来ない。
でも人を守る方法は1つだけではない筈。私の盾を持つ手とは逆のもう片方の手には剣が握られているのだから。
攻める事で得られる解決方法もあるのだ。
私は意を決するとギルドホールの片隅にちょこんと佇む彼女の元へと足を進めた。
「ミストリア 協力して欲しい事があるの アネットの為に・・・」
本当は自分の為・・・
私の言葉に顔を真っ直ぐ見つめ返した彼女は「全てお見通しよ」と言う忌憚の無い眼差しを返してきた気がした。
もっとも今の彼女に嘘も隠し事も通用しないのだが・・・ その気になれば“失語さん”と“水魔法さん”の連携プレイで全てが白日の下に晒される。
しかし今はその力が必要なのだ。
〔分かったわ〕
そう短く答えるとミストリアは静かに席をたった。
★
私の力についてマルティナと彼女のお母さんと協議した結果、他言無用と言う事で落ち着いた。
人間誰しも秘め事の1つや2つはあるもので、それらを明るみにする事は不和と不幸しかもたらさないとの事。なのでちゃんとこの力が制御できる時まで外出を控える事にしたのだ。
とは言えまだ完璧とはいかず、のべつ幕無しに他人の思考を駄々漏らす事はなくなったものの、気を緩めると人の頭上に水が出現してしまう現象がおこる。
それらを踏まえた上で私に協力を求めるところに彼女の本気の程度が見てとれた。
何が彼女をそうさせるのか。
まぁ予想はつく。
ギルドへの避難の最中、空気も読まずがなり立てていたと言う男とアネットの関係性を把握したいのだろう。
これまでの経緯を掻い摘んで聞いてみたところ、この騒動に絡んでいる節があり、そんな輩とアネットに接点があるとなれば私だって気が気でない。
彼も彼なりに思うところがあるからこそ答えをはぐらかしているのだろうが、先送りにしたところでそれは目を逸らしているのと同義。
後悔が先にたつ事は無いのだから、目指す未来に向かって歩く事を躊躇う意味は無いのだ。
マルティナが確かここのギルド長だったか、お爺さんと何やらもめていたが、不意に彼が私に目を向けると暫し考慮した後、案外すんなりと例の男が居る部屋へと通された。
私の力についてこのお爺さんは何も知らない筈であるが、私が公爵家の娘である事は承知しているので、権力にものを言わせるやり方に持っていくに違いない。
極力知られたくは無かったが、潮時と言うものは何れやって来るものだ。
部屋の中には私とマルティナ、ギルド長のおじいさんと眉をしかめ固く目を瞑った例の男の4人。
「さて もう一度聞くぞ? 今回の件 お前はどう関わっとるんじゃ?」
「・・・・・・・・・・・」
「また黙りか・・ しかし権力に聡いなら 今素直に喋っておいた方が 後々良い事があるかも知れんぞ?」
お爺さんは揺さぶりをかけるが、しかしこの男、面の皮が厚いのか全てを諦めているのか将又開き直っているのか分からないが眉1つ動かさない。
だが言葉が理解できるなら耳から入る人の声を脳が無視する事は不可能だ。
「な・・・ 何じゃこれは・・・」
絶対的有利な立場にいる者の狼狽した声。本来聞こえる筈の無い声色にさしもの男も反応を示した。
〔何が権力だ! 自分を貴族と同列とでも勘違いしてるんじゃないか? そもそもギルド長に貴族と同等の権威を与えるから 私の事業は失敗したのだ!
忌々しい冒険者共め! 1度ばかりか2度までも私の邪魔をしおってからに! 貴様等は私の提供するものを黙って買っておれば良かったのだ! 依存性は有れど回復効果に何ら問題は無かったろうが!
それに・・・・・・ ん? 何だ?〕
ここに来てこの場の空気がおかしい事に気付いた男は薄目を開けて辺りを確認すると、周囲の視線が自分の顔の上に注がれている事に気付き、つられる様に自身の頭上を見上げた。
そこに浮かんでいたものは〔何が権力だ!〕で始まる水で再現されたこの男の心の文言。
狸寝入りを決め込んでいた男も流石にこれには目を見開き口をあんぐりと開けざるをえなかった様だ。
「・・・・な・・? ・・え?」
〔何だ・・・ これは? どうなっている?〕
浮かび上がる水の言葉は男の思考と平行して変化して行き、これが自分の心情と理解できると、先程まで頑なに黙秘していた男の心を掻き乱すのに十分だった。
「何だ! これは! このっ!」
〔くそ! 消えん!!〕
男は一所懸命に手で水を払うが、弾いたところで無くならないのが水だ。息を切らし汗だくになりながら暫く必死に運動していたが、一向に消えない水の塊に観念したのか顔を真っ赤にして椅子に倒れるように座り込んだ。
歪んだ顔で此方をキッっと睨み付けるが、弛んだだらしのない顔ではいまいち迫力に欠ける。
しかし淀んだ目から漂って来る下卑た視線がこの男の人間性を如実に表している様で、ねっとり絡み付く男の眼は息遣いを乗せ、私の全身を舐めまわす感じに動き回って気持ち悪い。
何れの事からも他人に対して悪感情しか抱いておらず、誰かに心を許す生き方をしてきていない事が窺えた。
「さて・・・ 何だか・・・ 妙な事になったが これはお前の本心・・・ と言う事で間違いは無いか?」
「知らん! ギルドはいつからこんな下らない悪戯で人を嵌めるようになったのか! 下賎な輩め! まったく程度が知れる!」
〔糞が! 鬱陶しい真似しおって! 目の前の小娘の何方かだな!? 片方は戦士に盾 もう片方は水魔法に・・・何だ? このスキルは・・
そうか・・・この小娘だな!!〕
「消去法でいくとそうなるな しかしこれが悪戯なら気にせずとも良いのではないか? 何もそんなムキになる事もあるまい?」
「と・・当然だ! ギルドのあまりの稚拙なやり口に面食らったまでの事!」
〔本心だとぉ~! ならば・・そう! 無心だ! 何も考えなければいいだけの話!〕
残念。
この力は相手の頭ではなく心に直接働き掛けるもの。思考を止めたところで心を止めなければ意味がない。
そして心を止めるとはいっさいの感情が無くなる廃人の事を指す。
「では 話を続けようかの・・・ 今回の件 お前はどう関わっとる?」
「知らんな!」
〔みんなあのイカれたガキが悪いんだ! 折角奴隷にして他のガキ共よりも目を掛けてやったと言うに 余計な死体を拵えよって!〕
「そう言えば首輪をしとったな やはり奴隷だったか それよりも余計な死体とは何の事じゃ?」
「・・・! し・・知らん!」
〔街の外だろうが中だろうがモンスターをけしかけおって! お陰で此方はスプリントノーゼを逃げなきゃならなくなったんだ! 店も成功してようやく返り咲いたと言うのに!!〕
「予想はしとったが やはりスプリントノーゼ出身者か で その店とはどういう店なんじゃ?」
「ぐっ!・・・・」
男は力一杯そっぽを向き何か他の事を思い浮かべている風体であるが、頭では否定しても心は自分の意とは裏腹に反応を示す。
慌てる様を必死で隠す姿は、まるで仕出かした悪さが親にバレないか気が気でない子供と同じで、それは無言のうちに真実であると答えているのと同義であった。
〔奴隷を客手ずから殺す店だ バウゼンに言われた時はどうかしていると思ったものだが いざ始めてみると来客する人間の多い事 死体の始末が大変な程だ
どうせのたれ死ぬしかないガキ共を 後始末に回したのは名案だったな 働いた分はちゃんと飯を食べさせ世話をしてやったんだ 寧ろ社会の一員になれた事に感謝すべきだろう!〕
「つまり子供に自分達が拵えた死体の処理を押し付けたと言う訳か・・・・」
「ひぐ・・・」
この台詞がお爺さんの琴線に触れたのか部屋の空気は一変した。
〔ひぃぃぃぃいいぃ!!〕
獰猛な獣が直ぐ隣で威嚇しながら牙を剥く様な、怒らせてはいけない絶対的な強者が今にも殺しにかかってくる凄みのような気配を、私に向けられていないにもかかわらず、心に痛みを伴う感覚が襲い居たたまれない。
それを直接向けられた男はどうか。
赤かった顔は一気に血の気が引いたのか白へと変わり、過呼吸と共に脂汗は止めどなく溢れだし顔を伝う。
しかし目はお爺さんから離せず、それでいて体は逃げたそうにタジタジとしているが、ずんぐりとした体格が思う様に言う事を聞いてくれない。
「それで? あの子供は何だ どう言う経緯であぁなったんじゃ? それとも最初から魔物さんを連れとったのか?」
「・・・・・・」
〔アイツが勝手に連れて来たんだ! モンスターを操れるからと見世物にしたのに 段々と度を超える様になって もっと人間を・・餌を寄越せと言ってくる!
聞けばモンスターを完全に支配している訳じゃないときたもんだ! もう手に負えん!! 後任に押し付けてとっとと街をおさらばしたさ!〕
「最悪じゃな・・ 自分のした事の責任も取らんと逃げ出すとは・・・ まぁ 他人頼りの人生を送ってきたから 命の重みも生きる意味も見出だせんのじゃろうな
落ちる所まで転がり落ちて 残った部分は嘘と言い訳か・・・ つくづく さもしい奴だなプルトン」
「うぐっ・・! この平民風情がぁ・・・!」
〔ふざけやがってぇ・・!! 貴様らのせいで! 貴様らのせいで!!〕
図星を突かれたのか、お爺さんに威圧されてもなお反抗せずにはいられないと言った様子で醜悪な顔は更に歪んでいった。
その矛先はついに私達にまで向けられた。
「そもそも何だ! この小娘共はっ! 私を馬鹿にしているのか! 大体貴族に物申せるからとお高く止まってるんじゃないぞ糞爺がっ!
私にはバウゼン伯爵様がついているのだ! その気になればギルドなど叩き潰す事も出来るんだぞ!
その時になって後悔しても遅いんだからなっ! この小娘共も伯爵様の前に引きずり出して 私兵共の慰み物にしてくれるわ!
ぜぇーぜぇー・・・・」
この期に及んで男の頭の上に出た言葉は、今の科白とほぼ同じ内容で、それはお爺さんの言葉通り他人頼りに生きてきた空っぽな人生の裏付けでもあった。
「はぁ~ 良いのか? プルトン それが最後の言葉で・・・
お前も元は貴族で 貴族と言うものがどう言うものか 善く知っておる筈だからな・・・ 本当は此方も最初から権力にものを言わせるつもりじゃったのだが
やれやれ 災害級の魔物さんと言い この水の妙技と言い 2度も驚かされる日がくるとは思っても見なかったぞい
それにな 今お前が不遜な態度をとった此方のご令嬢はな ここの領主ベルリンド・コルティネリ公爵の御息女 ミストリア・コルティネリその人じゃよ」
「は?」
〔は?〕
「へ?」
「何いいいいいいいいいいぃぃぃぃ!?」
「えええええええええええええええ!?」
男が驚くならまだしもマルティナまで何でそんな大声出すのかしら? あぁ そう言えばまだ言ってなかったわね。
「いや・・・ そんな馬鹿な話があるものか
何で公爵のご令嬢が こんなみすぼらしいギルドの・・・ 私の前に居るのだ? 有り得んだろう!」
「すぐにそれを証明しろと言うのは ちと難しいかもしれんが 正真正銘本人である事は間違いない」
〔どう言う事だ? 仮に本物としてどうしてここに居る? 貴族にとって血筋は宝だ 特に娘は・・・
それが何故こんな所で私の目の前に座っている? 逃げ出した? いや 追い出された? その理由は何だ・・・ 問題が生じた? 家に? それともこの娘に? 何だ・・・?
見慣れないスキルと異様な力・・・〕
「そうか・・・そう言う事か! 公爵家も持て余したから追放したんだな!? それもそうだ! こんな不気味な能力だ! 礼節を尊ぶ貴族社会においてあまりにも異端!
人の心を詳らかにする力など 危険極まるものだからな! それとも既に命を狙われているから こんな町に逃げ込んできたのか!?」
「お前も元は貴族だろうに 礼節を尊ぶと言っていきながら 随分と不遜だな」
「きっとバウゼン伯爵が助けてくれるさ 私とあの御方とは切れぬ縁だ! そんな事より覚えておけよ? その娘が本物の令嬢かどうかは兎も角 稀有な才能だ
居場所が知られれば欲の皮の突っ張った輩が引っ切り無しにやって来るぞ?
どうだ? 取り引きといこうじゃないか 今すぐに私を解放しろ そうすればここであった事は全て忘れてやる ついでにこの私に不敬な態度をとった事も水に流してやろう!」
「そう・・じゃな・・・確かに・・
貴族に・・迷惑をかけるのはまずいの・・」
ここに来てお爺さんの方が折れた? とも思ったが、その静かな言葉はそこはかとなく彼の中で何かしらの答えを得たかの様に呟かれた。
「くっはっはっはっは! そうだ! それでいい! やっと自分の立場と言うものを理解したか!」
〔がっはっは! 勝ったな! やはり力は使いようだな!〕
「嬢ちゃんが・・・ アネットに託された時 傍らにワシも居たよ 公爵殿はそれはそれは心痛な面持ちじゃった
当然じゃ 自分の愛娘を己の至らなさで 何処の馬の骨とも知れない小僧に託さねばならなかったのじゃからな・・・
考えに考え 悩んだ末の決断 今にしてみれば英断か 自分の愛する者を誰かに差し出さねばならない辛さ・・・ プルトン お前には生涯分からん感情だろうな」
「分かるとも! 貴様らに商売を邪魔されたせいで身分を取り消されて家を勘当された身だからな! それからは下げたくもない頭の下げ通しよ!
下らんクズ共と宜しくやる為に プライドを差し出さねばならなかった悔しさを! 貴様こそ理解出来まい!」
「やはり根本から噛み合わんか・・・ ワシはあの場でアネットを紹介した者として 嬢ちゃんを守らねばならん それは貴族のご令嬢だからではなく 縁を繋げた者としての責務だからの」
お爺さんの声は先程の殺意の籠った凄みのある感じではなく、懐古する老人の様にとても緩やかで静かだった。それと同じ動作で席をたつと男に背を向け壁に向かって歩きだした。
「ハンデを持つ2人が今後どう成長し どう言う人生を歩むのか 公私混同になるのかも知れんが個人的にもそれを見ていたい」
壁に立て掛けてあった槍をそっと手に取ると、ゆっくり振り返り男を見据える。
その手に持った槍をどうするのか。
平淡な顔立ちから窺い知る事が出来ない。
「ともすれば この2人は今迫害を受けている者達にとっての希望の光になるかもしれん存在じゃ
認めるよプルトン
世の中には望まれる人間と 邪魔にしかならない人間が居る事を」
「・・・? お・・・おい?」
〔・・? ・・? ・・? ・・?〕
何かを察したのか男はズリズリと椅子ごと後ずさる。お爺さんの雰囲気は一片も変わらないが、これから起こる事の顛末が、想像したくなくても出来てしまった。
目の前の男との会話でお爺さんの中の何かが決断を促したのか激昂するでもなく今すべき事をただする・・・静かなお爺さんの動きはその一点に集約されていた。
「まっ・・・待て! わ・・私を殺したらバウゼン伯爵が黙ってないぞ! それと私の家族ルンドレン伯爵家もな!
そそ・・・それに私もまだ話していない事もあるんだ! この町の冒険者をだまくらかした件! あれだってまだ未解決なやつもあるだろう!? きょ・・協力しようじゃないか! な 何だったら今後の保証もしようっ! どうだ!? なっ!?」
その台詞を聞き隣で成り行きを見守っていたマルティナが突如口を開いた。
「だまくらかすって・・・ まさかラトリアの家族を貶めた主犯って・・あんただったの!? だからアネットは・・・
そう・・・あんたのせいで・・・ あんたのせいでラトリアの家族は今も苦しんでるんだからね!!」
成る程彼女が私に助力を乞うた理由はこれか。頭に血が上った彼女は勢いに任せて男に掴み掛かろうとするが、それは私達の前に躍り出たお爺さんによって遮られた。
「それをプルトン お前の口から聞く必要は無い ギルドは遍く冒険者の味方じゃ
助ける時は助け 叱る時は叱る 共に笑い共に泣き 時を共に過ごす事で絆は生まれ・・・
それが困難に打ち勝つ強い心を育むと ワシは信じておるよ」
「く・・! 下らん詭弁だ! 何が味方だ!
お前の信じる冒険者は金と権力の前に跪いたわっ! 私の足元にすがり付いて泣いて奴隷となり! 自分の身かわいさに同じ冒険者を引きずり下ろす一翼を担ったぞ!
ざまぁぁみろ! ざまぁぁ・・みろ!
はぁ! はぁ! はぁ~ はぁー・・・」
〔ざまぁぁみろ・・ざまぁぁみろ・・ざまぁみろ・・・〕
「げに人の情の失くした者の浅ましさよ・・」
ドス だか グリ だか、淡白な音が室内に響くと「ひゅっ・・」と言う男の最後の声が漏れた。
その断末魔は実に呆気ないもので、話を聞いた男の人生と同じに淡々と処理される肉の様に、誰に情を掛けられるでもなくその男は人生を終えた。
最後の姿はお爺さんの広い背に隠れ見えなかったが、看取るべき死と目を背けたくなる死。
同じ死ではあるが、そこから何を感じ取り何を受け継ぐか。どうしようもない男の死ではあったが、私にとっては感慨深いものがあった。
拒絶されたから拒絶する。
その先を歩んでいたら私はどうなっていただろうか。この男と同じになっていただろうか。
私とこの男の分岐点。
思うにそれは人生の道のりで誰と出会ったかによる所が大きい。父でもなく母でもなく他の誰でもない。
私にとっての道標。
それがアネットだ。




