42・ルンドレン伯爵家3男の半生
前回のあらすじ
“魔物さん”を連れた子供と対峙した。
いつの頃からか自分は特別と思う様になった。子供の頃から当たり前に育った自宅と比べて馬車から流れる景色のみすぼらしさ。
幼少期こそ興味もいったが理由が分かると心は途端に空虚になる。歩く人間はまるで庭を這う蟻のように自分とは別の何かと感じ始めた。
こいつ等とは違う─────
だがそんな思い上がりも教育が始まると一変する。
「いいですか 目上の方への挨拶はこう!」
「社交界での醜態は何ですかっ まるで豚のよう食べ散らかして!」
「年下と言えど爵位が上の方に対する態度がなっておりません!」
「あなた様は高貴な方々をお支えする立場なのです それをお忘れなきように」
少し間違えれば叩かれる。睨み返しても叩かれる。泣いても叩かれる。
許される言葉は「はい」の一言のみ。
世界は2つある。馬車から臨む景色と貴族の世界。そこでの私は役割りを与えられた蟻に過ぎなかった。車窓から見ていた蟻に過ぎなかった。
そんな私の役割りとは兄弟の予備。3男と言う立場は宙ぶらりんだ。徹底した格付けを刷り込まれるくせに将来の展望に確約がない。
「操り人形か・・・蟻より質が悪い」
だが待てよ?
自分が1番じゃなくとも下には沢山の者達がいるじゃないか。曲がりなりに伯爵家は上級貴族。そうだ・・・下はいるんだ。
ある日部屋の掃除にやって来た年若いメイドに声を掛けた。
「ひゃっ! な 何を・・・」
「ふふふ どうした? 手が止まっているぞ」
「で ですが その様に触られては・・・」
「ほう 口ごたえするのか? そんな悪い口には・・・こうだ!」
「うぶっ! ・・・! ・・! きゃあ!! お お止めください!!」
「貴様ぁ この私に逆らうのかぁ? これは教育が必要のようだなぁ・・・ぐへへ」
その日を境にそのメイドは見なくなったが別のが居るし問題ないだろう。つまり貴族で無い者に対してこの程度は問題にならないと言う事だ。
そうか・・・
特権とはこう使えば良いのだな。所詮自分は予備なんだ。予備なら予備らしく自分の将来は自分で何とかしなくちゃな。特権を利用して・・・
セルマレイ公爵領スプリントノーゼ。
山間を十字に街道が通りその中心に位置する街であり交通の要衝。ダンジョンの数が少ないこの領地では独特な当地の仕方をとっている。
「欲望を満たす街・・か いいね」
街の特徴を一言で表せば弱肉強食だろう。希望と絶望がごちゃ混ぜになっている。力の無い者は強者に食われるのみ。だが大抵のものが揃うこの街は羽虫に眩しく写るんだろう。
当然我がルンドレン伯爵家が弱者な筈がない。何と言っても街の外壁と門を預かっているのだから。通行料と言う既得権でウハウハだ。
「ま やり過ぎたせいで公爵家に頭を押さえられたのは痛手だが そんな事より商売だ」
何を商売の種にするか。それはポーションだ。以前からある薬物を混ぜ込む事で身体能力と集中力を一時的に向上させる代物。
それを同派閥のバウゼン卿を含め他の貴族の方々からも薦められて製造する事にした。繋がりと言うのは重要らしい。私の為に拠点まで用意してくれると言う。
本来なら積み荷にも税が掛かるところを家族運営と言う事で無税で通せる。いくら頭を押さえ付けられようと工夫すればやり方など幾らでもある。
これをダンジョン資源を貪る冒険者や採掘師共に売り付けるのだ。
副作用? ない訳ではないが自分が飲む訳ではないから関係ない。
しかし気付くべきだった。
冒険者を統括する冒険者ギルドは貴族に媚びない別組織である事を・・・
連中は以前から薬の出所に目星を付けていたらしく、騎士団を伴って各製作工場を押さえてしまった。事前に察知できなかった私も呆気なく捕らえられてしまう。
他の貴族の方々は大丈夫だろうか・・・
などと思ったが「まさか麻薬を作っていた等 露程も知らなかった」と言い逃れ、結局罪の全てを私が被る事となった。
話はあれよあれよと進んでいき家からは追い出されて無縁の者とされ、周囲にいた筈の貴族達からも平民達も皆私の元からいなくなった。
残ったのはこの身と隠してあった金庫の金くらいのもの。
それを見計らったかの様に自分を見捨てた貴族の1人、バウゼン伯爵が何食わぬ顔ですり寄って来た。
「これはこれは壮健で何よりだ 捕まった時はどうなるものやと憂慮もしたが こうして無事でいられるのは何より何より・・・」
「貴様っ! 自分達だけで逃げておいて よくもぬけぬけとそんな事が言えたものだなっ! 貴様等のせいで私は全てを失ったのだぞ!」
「人生とは戦争よ 逃げ道を確保しておくは定石じゃろうて 時も金も人もあって それを怠ったのはおぬしの怠慢 無知蒙昧が招いた結果よ」
「っ! ・・・私をっ わざわざ嘲笑いに来たか!」
「まさかまさか 人1人にかまける程暇ではない 今日ここに来たのはおぬしに新たな商談を持ち掛ける為よ」
「商談だと!? この様を見ろ! 私に何か残っているように見えるか!?」
「見えるとも 結果はともかく店をあれ程繁盛させたのはお主の手腕 それだけでも話すに値する人物であると思っておる もっとも話に乗るならほとぼりが冷めるまでハルメリーに来てもらう事になるがな」
「それは・・・ ここで面罵しておきながら贖罪のつもりか? それに私はもう貴族ではない 出来る事などたかがしれるっ」
「貴族の称号なぞ十分足りておる スプリントノーゼは実に魅力的でな 切り離すには惜しい それを考えるとルンドレン伯爵家との縁故は維持する方が得策よ」
「・・・何を 企んでいる」
「企む・・・ 己の利益を優先するのは貴族の常だろう それにあれ程の悪事を働いておきながら何故お主は生きておる?
やはり家族の縁とは中々切り難いものらしい 私はルンドレン卿の慈悲に感銘を受けただけよ 此方の提案に伯爵家から了承を得たのでな こうしてお主を迎えに来たのだ」
「何処までも自分の都合か・・・ 言っておくが礼など言わんぞ」
「良い良い 馴れ合いを求めているのではないのでな おぬしは黙ってワシの言う事を聞いていれば良いのだ・・・・ なぁ? ただのプルトン?」
「くっ! わ 分かった・・・ いえ・・分かり・・ました・・・バウゼン卿」
ただの・・・そうか。私は子供の頃に馬車の窓から眺めていた者達・・・蟻になったのだな。
こうして私は生まれ故郷のスプリントノーゼに別れを告げ、冒険者の町ハルメリーにやって来た。
そこの新市街。
宛がわれた店は新しく作られ町の一角にある。バウゼンにはある種の収集癖があるが一通り愛でると屋敷の部屋に放り込む飽き性でもあった。
そこで提案したのはそれらの品々を店に並べてはどうかと言うもの。
ハルメリーはダンジョン資源と言う恩恵の元、比較的裕福な者達も生活の基盤を移している。貴族街でなくとも客には事欠かないだろう。
心機一転。
もうこれからは割り切って真っ当に生活してけば良いのではないか? 平民と言う身分は屈辱極まりないが貴族との縁が切れた訳じゃない。
ここに来る客も、あたかも同類のように接すれば良い顔をして金を落としていくだろう。そう思っていた・・・
「金の匂いは身なりで分かる・・・だが何だ このみすぼらしい格好は 店の雰囲気が貴様と合わない事が直感で分からないのか?」
それは冒険者だ。
物見遊山か冷やかしか、分相応の概念が欠如してるのか。店にやって来ては見るだけ見て買いもしない。あげくガラクタ扱いして放る始末だ。
物の価値の分からんやつ等め! こんな連中に私は潰されたのか・・・許せん!
思い立ったが吉日、私は早速店にやって来た冒険者に話を持ちかけた。
良い武器防具を使えば成功も夢ではないとそれらを貸し付け、雇った盗賊やバウゼンの私兵に奪わせて、なけなしの銭を搾り取る。
面白いのがたかが道具1つと、こいつらの存在が同等かそれ以下と言う事。
身ぐるみ剥がされた冒険者は人生が破滅した顔で泣き付いてくる。
いい気味だ。
しかし捨てる神あれば拾う神あり。彼等には手駒と言う私の奴隷として残りの人生を歩んでいってもらおう。
だがまたしても歯車が狂う。
そうやって手駒を増やしていると、今度は騎士団が出てきた。人の道とはまっこと儘ならないものだ。
またもや呆気なく捕まり公正な裁判のもと牢に投獄される事が決定した。
見窄らしい服に手枷をはめられ馬車に押し込められると、いよいよもって日の当たらない余命を生きるだけの屍になる・・・と思いきや、着いた先はバウゼンの私邸だった。
「やれやれ お家で良い子にしている事もできんのか これならそこらの幼子を店主に据えた方が幾らかマシよ」
「も・・申し訳ありません・・・」
「まぁ良い おぬしにはまたスプリントノーゼで店の経営を任せたい 実のところ あそこの演し物に飽いた客もいての それらを満足させる店を出そうと思っておるのだ」
「それは・・どういう・・」
「コロシアムの演目を見ている内に 是非とも手づから命を刈り取りたいと望む者もいてな 彼等の願いを叶える場を提供しようと言う趣向よ」
「そ・・ そんなものに私を店主に据えると言うのですか!?」
「所詮ハルメリーの仕事など繋ぎにすぎん それにもう終わった人生だ この後どう転ぼうが痛くもあるまい?」
平民に堕ち尊厳を奪われ些細な意趣返しに縄を掛けられ名は明かされた。
私の声に重みはなく、故に血は通わずこの身を斬られても痛みは無い。
よって人生に意味はなく、今はただバウゼンの奴隷としての価値でしか自身の証明ができない。
古巣に戻った私は既に用意してあった店の経営に取り掛かった。
やる事は簡単で消えても支障がない奴隷を個室に縛り付け、後は道具を持った客をそこに案内する。
しかし問題も無い訳ではない。飼い馴らされたこの街の従業員ですら訓練された客の感性には付いていけず心を病む者が現れはじめた。
そこで一計を案じ孤児を利用して後処理を任せると、飯と寝床の効果か思いの外素直に受け入れて、店のサイクルは恙無く回り始めた。
そんなある日。
外に死体の処理に行かせた子供の1人が奇妙なスキルさんを連れて戻ってきた。
「おい それは何だ」
「ガウの事? この子はガウって言うの」
『ガウガウ』
私も数多のスキルさんを見てきたが、そのどれともそぐわない外見、雰囲気共に違和感を感じた。が・・・物珍しさに見世物にでもする感覚でこの子供を奴隷にする事にした。
それから暫くすると店に変化が表れた。
魔物が1匹店に紛れ込んだが、どうにも様子がおかしいと従業員が知らせに来たのだ。
どういう事だと現場に行くと、例の奇妙なスキルさんを連れた子供に獰猛で知られるモンスターが、まるでペットと見間違う姿で懐いていた。
その時直感した。
これだ! と・・・
まるで天啓が降りたかの様な閃きを私は直ぐ様行動に移した。
それはモンスターを使った人間狩り。
食うだけしか能のないモンスターを狩猟犬に育て上げ客と共に奴隷を追い詰める。
と言う演し物は思いの外好評で、それ以外にも単純に人が目の前でモンスターに食べられる様を見たいと言う客もおり、目の肥えた客を満足させるに足る成果をあげる事に成功した。
しかし次第にその商売にも変化が出始める。
人間狩りに出た客が一向に戻ってこないのだ。例の子供を問い詰めても知らぬ存ぜぬで埒が明かない。
変化はそれだけに留まらなかった。
街の外でやたらモンスターと遭遇する。街の中なのにまるで大型の獣に食い散らかされた様な死体が発見される等。
街の様相の変化に住民達の疑惑の目は、まるで此方に向けられている気がしてどうにも落ち着かなかった。
「おい! 本当に何も知らないんだろうな!?」
「うん 皆が普段何してるかなんて 私知らないよ?」
「は? 何? お・・・ お前・・・ モンスターを全て掌握してるんじゃないのか!?」
「しょうあく? って何? 皆はお友達だよ? ここはご飯がいっぱい食べられるって 皆喜んでるんだ~」
「お前・・・ そのガウと言うスキルさんは何なんだ モンスターを操るスキルさんじゃないのか・・・?」
「ガウは“魔物さん”だよ? モンスターの王様なんだってっ」
“魔物さん”・・・噂にしか聞いた事がないが確か人類に厄災を齎すとされるスキルさん・・・だった筈。
そんなものがこの街の外に居たのか、或いはこの子供が引き寄せたのか。どちらにせよ王と言うなら話は早い。
「そ・・ それがモンスターの王なら 今すぐ街の人間を襲うのを止めさせろ!」
「ん~ 今まで通りじゃご飯の量が足らないからだよ この街の人達を食べさせれば皆満足するんじゃないかな~」
「いいか! 世の中には居なくてはならない人間と 要らない人間がいるんだ! 何の分別もなく襲って良い訳じゃない!」
「分かんないよ~ だったらもっと要らない人間ちょうだい? でないと皆お腹空いて暴れちゃうかもねー」
この子供にしてみれば只有りの儘を述べているだけかもしれない。だが私にはこの子供なりの恫喝に思えた。
屈託の無い笑顔で生きた人間を餌として欲しがる人格に恐怖し、私は店の経営を後任に任せ逃げる様にこの街から飛び出した。
そうでもしないと楽には死ねない苦しみが鎌首を擡げて待っている様で、最後に残された人生の絞め方さえも奪われてしまう気がしたからだ。
行く先など分からないが今はひたすらこの街から距離を置きたかった。
気付けばハルメリーのバウゼンの私邸の前に呆然自失で立っている自分が居た。
その後の事はあまりよく覚えていない。
自分は自分の事を守らなくてはならない。
その思いだけが脳内と胸中を支配し、媚を売ろうが地面を這いつくばろうが嘘をつこうが辛酸を嘗めようが、何としてでも生き残らなければならない思いに囚われた。
自分は何の為に生まれてきたのか。
進むべき道とは何か。
私は特別な星のもと生を受けた筈だった。
それがいつの間にか輝きを失い、中から現れたのはただの石ころ。
自分の正体が途轍もなくつまらない物であったとしても、誰かにこの心臓を掴ませるつもりはない。
その為にも生きねばならない。
誰を蹴落とそうとも泥に塗れようとも生きねばならない。
ただ・・ 生きねばならない・・・




