406・冒険者バルブリック
前回のあらすじ
ファムエルに相談したものの望んだ答えには至らず、王都ダンジョンに向かうことにしたアネットは、学生達にギルドまでの案内を頼む。しかしギルドの受付で「冒険者チーム深淵の担い手リーダーのバルブリックがアネットに会いたがっている」と伝えられるのだった。
「え 聞き違い? 今深淵の担い手って」
「いやいや 確かにそう聞こえたぞ」
「アネット 彼等と知り合いなのかっ?」
「え 知らない知らない って言うか深淵の担い手って誰?」
何だろうその名前を聞いた学生達の食い付きが凄い。冒険者チームってことだけど王都で有名なパーティーなのかな。
「お前 冒険者なのに彼等を知らないっ?」
「超有名な冒険者チーム 現トップランクだぞっ」
「ハルメリーまで行くと名声も届かないのかしら・・・」
「アネット 騎士の私でも知っているぞっ」
「そうなんです・・・?」
どうやら僕の勉強不足だったらしい。思えば英雄に憧れてはいるものの現職冒険者に思いを馳せることはなかった。たぶん自分の中で英雄と言う存在を神格化していたに違いない。
神にも等しい英雄に人の身で近付けるものなのかと無意識に除外していたようだ。僕の記憶の中の像は人の姿をしていたのに・・・
「ちょっと皆 いったん落ち着いて 私達ホントに彼等のことは知らないわっ それが何でアネットのこと知ってるの しかも会いたいって」
〔アネットも有名になったってことじゃない?〕
「僕の場合 有名になっても録なことないよ・・・」
「それで お会いになります? なりますよね? トップランクですよ? 記念にもなりますしっ」
何か受付の人グイグイくる。もしかしてこの人も彼等のファンなのかな。世にいる英雄に近しい人達が入れ代わり立ち代わりやって来るこの王都のギルドの受付嬢ですらほの字にさせる程の人物・・・ということだろうか。そのバルブリックって冒険者は。
現行で先頭を走る冒険者。考えてみればそれは僕が焦がれた英雄でもある。
英雄に会える。
子供の頃に鮮烈に目に焼き付いている、英雄になりたいと渇望させた僕の活力源。だからこそ・・・本物の英雄に会うのが怖い。
でも・・・
「わ 分かりまし────」
「ではすぐに伝書鳩を飛ばしますねっ」
返事を言い終わる前に返事を返してくる受付嬢。さすがに好き過ぎない? でも気持ちも分からないでもない。嬉しいとか怖いとか、憧れに会えると言うだけで興奮するのは人の性だろう。僕は萎縮してるけど。
「なぁ俺達も居ていいかっ?」
「私も私もっ」
「いいよなっ 俺もいいよなっ」
「アネット すまないが俺からも頼む」
乗り気な学生達どころかロダリオまで・・・
みんな英雄に会えると思ってワクワクしている。これだけ好かれるってことは本当に英雄の器なのかもしれない。何か眩しいな。
そんな太陽のような存在と対面するのは正直恐ろしい。だけどこんな時の僕の側に居てくれる皆の存在はありがたい。もっとも彼等は英雄に会いたいだけなんだろうけど・・・
彼等が来るあいだ深淵の担い手について噂を知る学生達にあれこれ聞いてみることにした。
まずはトップランクであること。途轍もない人気であること。ロダリオに聞いた捜索チームにも貢献してること。のみならず数々の偉業を成していること。にも拘らず実直でおごらず人で隔てない彼は貴族民衆の垣根なく慕われていること。
嬉々として話す彼等を惹き付ける、なる程本物の人格者のようだ。
湯水のごとく湧いて出る英雄譚を聞かされながら待合室で待ってると、ドアがノックされて開けられた扉には心音バクバクの受付嬢とその後ろには何故か山がそびえていた。
一歩歩くだけで伝わる重い足音。見上げる程の色の塊。そのあまりに重厚な存在感にどう反応していいのか分からない。
彼が・・・
「君がアネットか うん 良い顔をしている」
彼がズイと室内に入るとそれだけで圧迫されてしまいそうだ。声から分かるのは中年であることと僕を軽んじてはいないこと。大抵の冒険者なら僕を見て先ずは疑うものだけど彼にはそれがない。
つまり僕を知っている?
「あの 何処かでお会いしました?」
「いや 初めてだ 自己紹介がまだだったね 俺は王都で冒険者をやっている深淵の担い手のリーダーでバルブリックと言う よろしく」
「ど・・どうも 僕はハルメリーで冒険者をやってるアネットと言います 此方が仲間のマルティナとミストリア そして騎士団長のエルヴィラさん・・・です」
「うん 3人とも良い顔だ」
良い顔の定義が分からないけど彼の中で一定の物差しがあるんだろう。ここまでの印象で彼から伝わるのは立場によらない「善い人」だ。
理知的で年下のこんな僕にも礼を尽くしてくれる。そんな人物がどうして僕に興味を示すのかは分からないけど、人格者であるならおかしなことにはならない筈だ。
「よし 戦おう」
・・・
・・・・
・・・・・え?
「え? ちょ どうして 急にそんな・・・ え? え?」
「アネットお前・・・良いな 英雄がお相手してもらえるなんて こんなの名誉じゃないかっ」
「え そう・・なの? ・・・え でもだって そんな急に─────」
「凄いじゃないっ 私冒険者じゃないけど羨ましいわっ」
「そうだぜっ 一生無いかもしれない機会だぜ? な? やるよなっ?」
「やろうぜっ 俺英雄の戦う姿見てみたい!」
「え~・・・」
英雄と戦えるなんて名誉なことだとは思う。思うけどいきなり過ぎて感情が思考に追い付かない。いやその前に何でいきなり戦うことに?
「あのっ いきなりアネットに勝負吹っ掛けるなんて どう言う─────」
「腑に落ちないと言った感じだね 冒険者は戦い方でその人となりが分かる 言葉なぞ飾りだ 我々が真に問われるは行動 さあ 俺の問いに君はどう返す?」
マルティナの言葉を遮ったあげく、いきなりそんな選択を迫られてどう返すも何も「心の準備ができてません」としか言いようがない。でも周りが戦うことを望んでる。
唐突に突き付けられる悪意のない理不尽。どうする? どうすればいい。この話に乗っておいた方がいいのかな。
英雄と戦う・・・僕が? 僕でいいの? 本当に?
どうしたものかと頭の中がグルグルする。と同時に「あ・・・ここだ」とも思った。
きっとここが僕の分岐点。
伸るか反るか。皆の期待に応えるか誤魔化すか。今自分の芯の部分を問われて心臓がバクバクする。
でもたぶんこう言う時だ。自分の中で答えも出さずに周りに流されてした選択。それが後になって後悔という形で心に残り続けるんだ。
だからこそ答えを出そう。
後悔しないために。
自分の中でちゃんと。
その決断が実を結んだ時に人は自信を手にすることができる。
一歩前を決断をする覚悟。
それが心の強さだ。
「・・・分かりました やりましょう」
「うん 良い顔だ」
そうと決まるや彼はギルドホールまで僕を連れてくと、そこにいる全ての人に聞こえるようホール全体に響く声でこう放った。
「これからこのアネットと勝負するっ 見たい奴は隣の闘技場まで来るといいっ こっそり賭けてもいいぞ?」
「ハハハ バルさん そりゃ賭けになんねぇよ」
「久し振りじゃないか? 彼が指名で決闘するの」
「でもあれ・・・盲目 だよな」
「え・・あ ホントだ」
「ホントにあの子と戦うの?」
「流石に戦いになんないだろう」
ご意見ごもっとも。何だろうまるで見世物にでもされてるようなこの感じ。でも彼を見ても僕を利用する邪な色はしていない。でも面白がってはいる。もしかして生粋の戦い好きとかそんなだろうか。
だから僕みたいなキワモノとも戦いたい?
事がいきなり過ぎて自身の中の英雄像がブレてくる。人生観が狂わされて呆けている間に周りはどんどん戦う装いになっていき、僕はいつの間にかギルドに併設された闘技場へと到着していた。
闘技場───
そこは幾人幾重の戦う音で空気全体を震わせていた。その様子は決闘と言うより訓練に近い雰囲気を醸している。血よりも汗が濃いそこはハルメリーで言うところの訓練所。ここでは闘技場と言うらしい。
「あ バルさんだ」
「バルさんっ ちわっす!」
「バルさんっ」
「バルさんもしかして戦うんすかっ?」
冒険者バルブリック。彼が闘技場に足を踏み入れると訓練に明け暮れる冒険者達の視線を一身に集めた。決して気を抜いてするものではない訓練の手を止めさせる程の存在感。
そして向けられる畏敬尊敬の念。
あぁ・・・この人は本当に英雄なんだな。僕の中のおぼろ気に残る小さい頃に見た記憶を今、彼等はしっかりと目にしてるんだ。
「武器は自前のにするか 折角だしな 君の実力を見てみたい」
同業者に注目されながら闘技場の真ん中に設えられた台の上に登る。その回りをグルリと囲うような形はスプリントノーゼの闘技場を彷彿とさせ・・・と、今はそんなこと考えてる場合と違う。目の前のことに集中しないと。
目の前に立つ彼は待合室で感じたまんま山のよう。こうして真正面に相対して更に高くそびえる。
ブン・・・と軽く振られた大剣はさながら子供が振る枝のよう。食らえば死ぬ。
鎧等の装備は着けてないみたいだけど、この巨漢に刃が通る気がしない。さてどう攻めたものか・・・




