393・ミストリアの不在
前回のあらすじ
無事ハルメリーに戻って来れたアネット一行だったが数日経ってもミストリアが目を覚ます事はなかった。
チュンチュン・・・チュン・・・
夢の中にたまに出てくる風景や顔はきっと僕が“盲目さん”と出会う以前に見たものなんだろう。とても朧気で形も曖昧だけども何故か僕の頭はそんな情景を見せてくる。
夢に何の意味があるのか分からないけど現実とは違う場所にもう1つの世界があると想像すると夢も面白い。でもそんな一時の楽しみも目覚めと言う覚醒が真っ暗な世界へと引き戻してくる。
夢で景色を見、現実で暗闇を見る。普通は逆なんだろうな。
「おはよう盲目さん」
『はよー』
「・・・盲目さん ミストリアが起きないんだけど 何か分かる事ってない?」
『みゅ? ん~~ 人には扱えないくらい強いスキルだった とか~?』
「そっか・・・ 人には・・・」
ここら辺は“失語さん”の意見と変わらない。そもそも僕だって自分のスキルの「何故」が分からないんだ。人様のスキルなんて分かろう筈もない。
彼女が目覚めなければ今日で4日目になる。人間こんなに寝続けても平気なものなんだろうか。流石に焦りが心配にプラスされる。
朝食─────
新しく設えられたテーブルにミストリアの姿はなかった。皆の「いただきます」に彼女の文字は見えない。
「・・・」
「ミストリアお姉ちゃん まだ起きないの?」
「お姉ちゃんは 仕事で疲れちゃってちょっと具合が悪いの だからそっとしといてあげましょうね?」
「・・・うん 朝ごはん持っていったあげたら食べるかなー」
「そうね あの子もきっと喜ぶわ でもソフィーは今日もギルドだから ミストリアお姉ちゃんのお世話はマルティナに頼みましょうね」
「はーい」
家族会議の結果ミストリアが目を覚ますまでマルティナが見守る事で意見が一致した。冒険者の仕事は定時ではないのである程度の自由が効く。ソフィリアは幼いし僕は目が見えない。妥当な選択だろう。
皆それぞれやる事が決まったとしてもう1人の自由人である僕はどうしよう。うん・・・今日は仕事よりもミストリアの身に起きた現象についてギルドで情報を集めよう。そうしよう。
ジョストンさんですら断定できない状況でも情報の集積所たる冒険者ギルドなら何かしらの解決策が埋もれているかもしれない。
「今日は僕もギルドに行くよ そこで職員の人に前例がないか聞いてみる」
「分かったわ あ ついでに仕事の依頼も見てきてね あの子が仮に・・・ずっと起きなくても仕事はしなきゃだしさ」
「・・・うん」
このまま眠りっぱなし・・・考えまいとしていたけれど、その可能性もあるんだよね。いや・・彼女のスキルさんもそこまで深刻じゃなかったしこの昏睡は一時的なものだと信じたい。
ようやく普段の生活に戻れたと思ったのも束の間、仲間が予期せぬ不運に見舞われるとは思いもしなかった。通い慣れたギルドへの道も不思議と重く心と足にのし掛かる。
どうやら故郷に「ただいま」を言うにはミストリアの全快が不可欠のようだ。
ギルドに到着し2人と分かれた僕はカウンターのポリアンナさんの元へ、そこで一連の出来事の説明をした。
「そう まだ目を覚まさないのね」
「はい なので前例がないか調べようと思って・・・ 確かギルドには資料室みたいな場所があるって聞いたんですが」
「ええ あるわよ この町のあらましとか周辺の動物 モンスターの個体 植生まで クリスティーちゃんのお陰で資料の精度も上がって利用者も増えたのよ」
「そうなんですか 彼女も頑張ってるんですね それが成果になったのなら良かった」
「でもアネット君 資料を調べるのはいいとして 文字・・・読める?」
「そうなんですよね・・・」
「いいわ 私が付き合ってあげる」
「いいんですか? 他に仕事があるのに」
「いいの 私はアネット君の専属ギルド職員の肩書きがあるんだから」
「そんなのがあるんですか・・・」
「あるんですっ さっ こっちよ フフフン~」
まぁあると言うならあるんだろう。
ポリアンナさんの案内で通された部屋は木と紙のにおいで満ちていた。足音から受け取る感覚から両の手を広げれば棚と棚に手が届きそうなくらいの幅。人間2人分通れるかくらいの通路と、おおよその部屋の広さが伝わる。
「ちょっと待っててねー 冒険者達の備忘録が確かあった筈なのよ」
備忘録・・・つまり体験談が綴られた記録がある訳か。それならスキルに関しての知識がふんだんに散りばめられていそうだ。
綴じられた用紙の束をペラペラめくって、それらしい記事をポリアンナさんが読み上げていく。でもその大半は既に判明しているものばかりで考えてみればミストリアが寝込んでる原因は世間一般で言うマイナス等級“失語さん”のスキルだった。
つまり前例が無い・・・
とは言えスキルが強力過ぎて倒れたと言うなら何も“失語さん”だけに限定される訳でもないだろうし可能性は・・・ね。
「ん~ ダメね どれも周知のスキルばかりだわ 他のスキルさんでも似た現象があればよかったんだけど」
「確か独自のスキルはみんな秘匿するって事でしたもんね」
「そうなのよねぇ 独自だからこそギルドとしては把握しときたいところなんだけど スキル覚えて倒れたって事なら報告が入ってもおかしくはない筈なんだけど・・・ん~」
「だったら・・・相手の行動や思考に直接影響を与えるスキルさんとか知りません?」
「直接って 例えば奴隷さんとか? それなら行動 制限 心にも影響与えるかも」
「ん~奴隷さんとは・・・違う感じなんですよね」
ほんと言えば僕がミストリアの身に起きた真実を語るのべきなんだけど、スキルの効果とか『精霊さん』についても触れなければならないとなると、いかなギルドでも打ち明けてよいものか躊躇ってしまう。
ポリアンナさんを信じない訳じゃないけれど彼女だって職員の1人だ。秘匿すべきか報告すべきかの板挟みで苦しめる事になる。詭弁ぽくなっちゃうけど。
「こうなるとスキルさんに詳しい人とか 好事家に訊くしかないわねぇ」
「・・・そう ですか」
せっかくポリアンナさんが気を利かせてくれたのに残念ながら資料室では実りを獲る事ができなかった。ここに答えないしヒントが無いとなると何処を探せばよいのやら。
僕は彼女にお礼を言ってホールを歩く。するとホール全体から妙な意思を向けられてるのに気が付いた。
それは訝しい色と言うか不審な色と言うか。僕を認識した人から順に変化していってるように感じる。
何だろう・・・もしかして僕達がスプリントノーゼでやらかした事が冒険者達の間で噂になってるのかな。情報通の彼等なら十分あり得る。
「・・・・・」
変に注目されてどうにも居たたまれない気持ちになったのでそそくさとギルドを後にする。扉を出てから依頼の状況確認を失念した事に気付いたけれど・・・明日でいいよね。
うん。明日にしよう。
自分の気持ちを誤魔化しつつテクテク家まで戻ると扉を開けた先には3人分の色が目に写った。家族とは違う色、どうやらお客さんらしい。
「お帰りアネット」
「お アネット 久し振り」
「この声 コルトア?」
「おお 実は隣に越してきてさ」
「隣?」
「ああ マイナス等級支援施設 そこに住む事になったんだ」
「へぇ 住む場所も確保されたんだね 何か本格的に稼働し始めたって感じ」
「まぁまだまだ手探り感はあるけどな 人数はそれなりなんだぜ それでなんだけど・・・ちょっと様子見に来ないか? 俺もお前も見るって言葉は適切じゃないけどさ」
コルトアの色を見るにただ挨拶しに来たって訳でもなさそう。彼の隣のもう1人もちょっと曇った色合いになっている。どうやら僕に相談を求めているようだ。
「えぇと コルトアの隣にいるのは・・・クリスティー で合ってるかな」
「え 凄っ 分かるのか?」
「うん 何と無くね それで・・・これからって事で良いのかな?」
「あ ああ 実情と言うか アドバイス的なものが欲しいと言うか ・・・兎に角来てくれっ」
コルトアに急かされるように連れてこられた隣の建物は僕の想像よりも本格的なものに思えた。外見上の事は分からないけど敷地面積から力の入れ具合が伝わる。
とは言え組織体ともなれば問題は起こるべくして起こるもので、善行を旨とした支援施設でも例外にはならないみたい。建屋内に入る頃にはコルトア達の色合いは複雑なものになっていた。
どうやら僕は何らかの渦中に引き摺り込まれる事が決定したようだ。
「アネット君 いらっしゃい 噂ではずっと町を空けていたって聞いたけど 無事に戻って来れたみたいで良かった」
「キュレオさん キュレオさんもこっちに?」
「ええ ギルドの仕事も兼任ですが 本格的に事業が立ち上げられましたからね 基本こちらに詰める事になります」
建物の内部はギルドとは違いホールのような構造にはなっていなさそうで音の反響が違う。とは言え手狭と言う訳ではなくある程度の人数集まっても玄関は問題ない造りになっている。
キュレオさん曰く正式稼働もしているようで、奥の方から物の奏でる音と人の声が微かに聞こえていた。
「それで・・・僕は何をすればいいんでしょう?」
「ん? コルトアから聞いてないんですか?」
「う・・・やっぱ直接知ってもらった方がいいと思って てか説明し辛いし はは」
「まぁ分からなくもないですが 自分でできる範囲の事からは逃げてはいけませんよ? 癖がつきますからね」
「わ 分かってるよ・・・」
「アネット君 難しい話ではないので安心して下さい 端的に言えば貴方のスキルを皆に見せて欲しいのです」
「え それだけ・・ですか?」
それだけならコルトアもクリスティーも神妙になる必要はないんだけど。きっとそれだけで収まらない何かが隠れてるんだろうな。




