392・何日目かの帰郷
前回のあらすじ
負けたベネデット・ブランディーゴ相手に「殺せ」と命じるルディアにキレたミストリアは、自身の意識を手放して『神言』と言うスキルを放つ。これの強制力で闘技場での会話の忘却と無事の帰還を手にするアネット一行だった。
ゴトゴトゴトゴト・・・
闘技場の一件から今、僕達はハルメリーへの帰路についている。ミストリアの未知のスキルのお陰かとんとん拍子で事は進み、こうして全員が無事故郷に帰る事ができた次第だ。
でも肝心のミストリアは道中2日経っても目を覚まさない。失語さん曰く『〔いきなり大きなスキルを使ったか 別の要因か〕』と、当の本人も寝込んだ原因に要領を得ない感じだ。
「精霊さん? あのおとぎ話の?」
「このところ気を張り詰める事ばっか続いたから疲れてんだろ」
「まっ 精霊さんはともかく スキルの発動は突如くる事があるからな それが戦闘中ともなると感覚が狂う事もある そいつの言う通り 疲れと突発的なスキル修得が重なったせいじゃないか?」
「・・・・・」
【〔悪いけど やる事やったら今聞いた事は全員忘れてもらうよ〕】闘技場の真ん中にいた僕だけど、周囲が静まり返っていたお陰で彼女達のやり取りは場内に響いて覚えている。
ルディアと言い争っていた女性の声。あれが本当にミストリアの声なのかは不明だけど、スキル効果なのか僕以外の全員、彼女らの言い争いが記憶にない。
それでも『精霊さん』の存在を覚えているのは、僕が『鍵』の役目を負っているからだろうか。『鍵』って何だろう・・・単純に扉を開く為だけのものじゃない気がしてきた。
「そ それにしてもルディアも相当悔しがってたよね せっかく僕達を捕まえたのに・・・」
「アネットを戦わせて勝てば返す なんて言うからよ」
「マイナス等級だからって侮ったよな 性格はアレだが律儀に言ったこと守ったのは評価するぜ」
「・・・そう だね」
本当は僕が勝とうが負けようが手放すつもりなんてなかった筈なんだけど、まるで都合よく辻褄でも合わされたかのように皆の記憶が綺麗に改竄されている。記憶を操られたのか、はたまた催眠術なのか。
不明な点が多過ぎるけど記憶が残る僕だからこそ感じる。この異様さは後戻りできないところまで来てるんじゃないかって。
ほんと。スキルって何だろう・・・
途もあれ、ようやく自分の故郷に戻る事がでた事で初めて安堵の息をつく事はできた。
家族に手紙を書いていたとは言え、ここを出立してから幾日経ったのか曖昧でならない。長らく留守にしてしまった事にそこはかとない罪悪感を抱く僕は、ミストリアを支えながら恐る恐る家路へとついた。
ガチャリ──────
家に入ると僕達の家ではない新しいにおいが鼻先を掠める。壁・床・家全体がまるで他人の家にお邪魔したような感覚となって「帰ってきた」と言う実感に直結しない。
実はこの新居。出来てからまだ2日程しか住んでいなかったりする。
と言うのも、建て替えの為家具を移動して、完成してから家具を移動して、部屋割りを決めて家具を移動して・・・
その後直ぐスプリントノーゼに行っちゃったせいで自分の家である筈の我が家にまだ自覚を覚えないからだ。
「ふぅ~ 何か妙に長かったわね 取り敢えずミストリアをベットに寝かせましょう」
「う うん・・・」
「・・・この子 まだ目を覚まさないわね」
「そうだね 失語さん 本当にミストリアは大丈夫なの?」
『〔体が慣れるまで安静にしてなきゃだけど 成長の為の筋肉痛って思えばいいのかな〕』
「心に筋肉はないと思うけど 要は精神的な成長って事でいいのよね それにしてもスキルを会得して倒れるなんて事もあるもんなのね」
「確かに噂でも聞かないよね やっぱり『鍵』だからかな マルティナ 本当に精霊さんについて覚えてない?」
「・・・それ さっきも言ってたよね 何でそこで精霊さんが出てくるのか分からないけど 何でもかんでも未知のせいにすれば良いってもんじゃないわ」
「そうだね・・・」
チラリと“失語さん”に意識を向けるけど彼はこれに無反応だ。どうやら情報を拡散するつもりはないらしい。まぁ彼女に訊いても明確な解答を持ってる訳ではないのだから、いつまでも「精霊さん精霊さん」言っててもやぶ蛇になるだけだろう。
「叔母さん達はギルドかな ・・・僕ちょっとギルドに行ってくるね 報告もしなきゃだし」
「分かったわ 私はミストリアを見てるわね たぶん向こうでコッテリ搾られるだろうけど頑張ってね」
「う うん・・・」
そうだよね・・・今回僕達だいぶやらかしたし、お叱りとか罰則とかお叱りとか色々覚悟しなきゃならなそうだ。
・・・そう思うと今更ながらに足が重い。まだ慣れない新居だけどこのまま自室に引き篭もりたい気分になる。
「アネット君~ 皆さんお待ちかねよ~」
「・・・ですよね」
ギルドに来て早々カウンターにいたポリアンナさんに声を掛けられた。彼女の声はとても軽やかだったけど心の中は烈火の如く怒っている。
彼女は無遠慮に僕の手をむんずと掴むと力強く、そして足早にギルド長の部屋まで僕を連行していった。
コンコンとノックして開けられる扉。そこを潜った瞬間目に飛び込んだのは複数人で織り成す淀んだ空気だった。
「アネット君をお連れしました」
「うむ で 小僧 何か言う事はあるかの」
「え っと・・・ こ 今回は 勝手な事してごめんなさい 多くの人達を巻き込んで迷惑を掛けてしまいました」
「まったくだ 小娘でも貴族相手は気を付けなきゃなんねぇのによ」
「スプリントノーゼでちょっとした政変があった アーキア人の扱いが変わってあの嬢ちゃんの立場は無視できない立ち位置になっちまったぜ バウゼン程じゃないにしろ あの手の娘は何仕出かすか分からねぇからな 警戒するに越した事はねぇぜ」
「虎の子に試練を与えて成長させてしまった訳じゃな」
「それよりもアネット君! 危ない事に手を出しちゃダメじゃない!」
部屋に居たランドルフさんとジュレアスさんにジョストンさん。僕を直接責めないものの「お前らのせいで厄介な事になったんだからな」的な圧力が物凄く重くのし掛かる。あとポリアンナさんも。
「でもよ これで向こうのアーキア人は奴隷から解放されたんだぜ?」
「誘因剤だってあっちの公爵家のものって既成事実ができたんだ 俺らにとってはプラスだよな」
「そうそう ナイームは逃しちまったけど薬と縁が切れたアイツに価値なんかないって 今頃路地裏あたりで野たれ死んでんじゃね?」
「俺らの当初の目的は誘因剤との決別だからな ターヒル言う通り目的は完遂できた その間色々あったけどよ こうして全員無事に帰ってこれたんだから上々じゃないか」
ワリード、ターヒル、ラフィーそしてユシュタファはここぞとばかりに捲し立てる。もっとも街を混乱させて組織を1つ潰し、そこのトップを倒してルディアの顔に泥を塗った事を考慮に入れなければ確かに上々なんだけど・・・
「丸く収まった みてぇに言ってんじゃねぇよ 連中にしてみりゃメンツ潰されたんだぞ ここまま終わる訳ねぇだろうが」
「じゃあアネット君が負ければ良かったって言うんですか!?」
「そうは言ってねぇだろっ」
「まぁあれじゃな 向こうの提示した勝負に勝ったと言うアドバンテージは持っとるからの それを反故にはすまいよ となるとやはりここのアーキア人の出方次第じゃな」
「族長は速効でルディアに尻尾振ったんだぜ? アイツに頼んで集落の連中ごと引き取ってもらえよ 案外喜んで駆けてくんじゃねぇか?」
「それで厄介者が町から居なくなるんならそれも手だな」
「ユシュタファ君! ジュレアスさん! 不謹慎ですよっ!」
「あのなぁ~ 言いにくい事でも誰かが言わなきゃ話進まねぇだろうが」
「問題は嬢ちゃんが何を要求してくるかじゃな 利権である事にかわりはせんだろうが あの年頃の娘が何を考えてるかよう分からんわい」
「あの年頃のと言うなら お孫さんがいましたよね?」
「ああ!? おいアネット 俺のミオリネを貴族のイカレ糞ビッチと一緒にしてんじゃねぇよ!」
「ご ごめんなさい・・・」
「まぁ これはここだけで決まる話でもない 元々次の町内会議の議題は貴族への対応策で決まっとるからの」
町レベルの話し合いと言う事だけど、自分の欲望の坩堝に平然と他人を引き込む“裁縫さん”を携えたルディア相手に「普通の対応」が通用するとは思えない。
ここはひとつハルメリー威信を賭けた応対を期待したいところだ。でないとこの町が阿鼻叫喚の娯楽施設へと変貌を遂げかねない。
「作戦は今後練るとして 今はお主等の説教じゃな」
「・・・はい」
その後冒険者の心得とか社会常識とか彼等の日々の鬱憤を混じえながらくどくど叩き込まれた僕達は、精神的に打ちのめされたあげくギルド長の部屋を追い出された。
「と 取り敢えず解散だ解散・・・ 何か 疲れた・・・」
「そ そうだね」
ユシュタファ達と分かれを告げ、僕は這々の体となりながらもソフィリアに会いに託児所へと急いだ。ガラリと扉を開けたそこにはまだ数人の子供達が元気にはしゃぎ回っている。
「お兄ちゃん!」
扉を開けた事で注目を浴びたのか一斉に僕に意識が向かう中、その内の1つが感極まった色に変わってこっちに駆けた。
「ソフィリア ただいま」
「お兄ちゃんっ! お兄ちゃんっ・・うう」
僕に思い切り飛び込んだソフィリアは力いっぱい抱き締めてくる。今までは大声で泣いていたけど成長したのか必死に泣くのを我慢していた。
それはそれでちょっと寂しい気持ちもあるけれど、妹の全力を受け止めるのもお兄ちゃんの役目だ。なのでこの子の気が晴れるまでこのままでいようと思う。




