390・闘技場の掟
前回のあらすじ
闘技場に連れて来られたアネットとベネデット・ブランディーゴとの一戦が始まった。相手として格上相手にスキルを駆使して戦うアネットにベネデット・ブランディーゴの拳が迫る。
「ダークビジョン!」
「むぅ・・・」
これは連中の去り際にくらったスキル・・・やはり何も見えない。さしずめ視覚の暗転による妨害。通常では有り得ない状態に陥った事で生じるパニックの誘発と言ったところか。
だがこれはスキル。以前と同じならば永続はしない。それにこの暗闇も閉じられた部屋の中と考えればやりようはある。
ガン・・・
奴の刃がみぞおちに当たる。次いで肩。これに乗じて無防備な身体への攻撃。ここぞとばかりに攻めに徹するのは定石だ。ダメージの程は・・・軽微。であるならスキルが切れるまで耐えればいい。
だが・・・それは性に合わん。
困難は正攻法で攻略してこそ意義がある。
この状況も一見して対処法が無いように見えるが、視覚を奪う事に長けたスキルでも自身の痕跡を消す事は不可能。足運びに息遣い。奴を把握するヒントは点在している。
俺に打ち込まれる攻撃の数々のそれら威力から察するに大した速度ではない事も予想はついた。後は音に集中し半歩動くだけでいい。剣筋が熟練者のそれではないからか読み易い。
剣の軌道に拳を持ってゆけば防ぐ事も可能。であるならこの状況は克服したも同然だ。脅威足り得ない。
『アネット~』
「うん・・・分かってる・・・」
スキルの効果が切れたのか視界が明ける。手の内は透けた。ではお前にとって俺の拳はどう写る? 細かく小さく小手調べといこうじゃないか。
「・・・・・」
まずは軽くジャブ・・・ジャブ・・・ジャブ。少し踏み込んでストレート・・・ふむ。まるで健常者のように躱す。
いや・・むしろ健常者より反応が良い。視認してから躱すより拳の出と共に体が動いている。そんな印象だ。盲目である事を鑑みると別の感覚で俺を把握していると見るべきだな。
ならばフェイントはどうだ。
「・・・・・」
反応無し。的確に本物だけを捉えている。確定だな。俺がしたように聴覚で相手の機微を察しているんだ。が俺のそれとはまるでレベルが違う。
・・・人とはここまで昇れるものなのか。
だがプランは練れた。防御は不用。力押しで十分。
ビュン! ビュン! ブン!
フェイントが無意味なら確実に刺す方向に軌道を修正する。攻撃の出に即応するならその差を埋める一歩を足で稼ぐ。
俺の拳が奴の頬をかすめる。射程に捉えた。後は地面に叩き付けるだけだ。
「盲目さん!」
『は~い プチダーク!』
黒い靄・・・これも前に見たスキルだ。手で払える程度の別段気にする程のものでもないが、狙った的に狙えない感覚がある。やはり“盲目さん”と言うだけあって相手の視覚を奪うスキルばかりだな。
だが種が知れればどうと言う事はない。
この華奢な体躯だ。ウィークポイントを叩かずとも体の何処かにでも当たれば大ダメージは必至。懸命に躱し続けるのもそれを自覚しているからだろう。
となるとこれは単純に体力の問題。お前はこれをどう克服する?
『アイ・アンノウン』
「むっ」
別のスキルか。これは初見だな。いったいどんな効・・・果・・・!?
腕・・が・・・俺の腕が・・・無い!? どうなっているっ! まさか切り落とされっ・・・
いや・・・痛みはない。地面に血痕も見当たらない。何だ・・・俺の体に何が起こっているっ! 待て・・・考えろ・・・冷静になって考えるんだ。奴の特性を類推するにこれもスキルによる視覚効果。そう見るのが妥当だろう。
グラッ・・・
うっ! 足も・・・ない・・・だと・・・
「次から次へと・・・っ」
自分の足がない事を認識した途端バランスが保てない。これは・・・普通に歩く事すら困難か。ダメージは無視して構わないとは言え、感覚を狂わされるのは精神的にくる。まったく質の悪いスキルだ!
だが今は曲がりなりにも戦闘中。転倒だけは避けねばならない。
カンカンカン・・・
攻撃を・・・されているのか? それが手か腕の何処かに当たっているせいで感触を認知する事ができない。問題は攻撃されてるだろう手足にスキル「アイアンスキン」が乗っているかが肝要だ。攻撃自体大した事がないとは言え防刃性能が体を保護してる事には代わりないからな。
懸念すべきはこのスキルが切れた時に血だらけになっている事だ。直ちに対処しなければ危険。だが動いているのか、いないのか分からないこの状況。いったいどうすればいい。
「・・・・」
・・・フッ。こんな稀有な体験。やはり俺にとってのお前は試練だな。
爪先から太ももにかけて認識できない事で生じる浮遊感。だが腰を意識する事はできる。ならばそこを軸として力を伝える。バランスをとりながら前へ。
ズズズ・・・
よし。おそらく引きずりながら足を前に運ぶ事はできた筈。ならば次は腕。焦らず丁寧に力の伝達を意識する。腰から肩へ。肩から腕。腕から拳へ・・・
果たして正しく伝達できているのか。そして動かす事は可能なのか。ジョイントストレングス。ナックルハーデニング。これ等スキルは今も発揮されているのか・・・
認識できない事がこんなにも厄介だとはな。まったくとんでもない隠し球を持っていたものだ。
肝心要の拳を認識できない分、意思を奴にぶつける。
!
今奴は避ける素振りをしたぞ。足と同様意識した命令に体が応えてくれていると言う事か? とするならば俺の勝たんとする意思に体が反応している証拠だ。
やはり鍛練は俺を裏切らなかった!
ならばやるべき事は1つ。気力を奮い立たせこれを攻撃に転換する。まさしく俺の体の性能と経験が試される局面だ。
そんな不可思議な感覚も、奴がどう動くかで俺がどう動いているのかが分かる。先程と比べて劣ってはいるものの、攻撃と言うには及第点な拳を繰り出す事には成功している。
不完全な状態だが現状奴との拮抗を感じる。
『アネットー いくよー』
「うん!」
『アイ・アンノウン タイムコントラクション!』
何だ? まだ何かあるのか?
・・・奴の動きが・・・加速する! 攻撃のスピードが・・・上がったっ。いや・・そんなレベルではないっ。残像を残す程の速度など戦闘系でもない者に出せる筈がないっ。
この不条理な速度! お・・圧される・・・っ! これは以前奴と対峙した時と同じ状況だ! やはりスキルだったかっ。だがこの速度は理屈に合わないっ。
まさか・・・これもまやかしっ。目の錯覚かっ! 性質を考えるならそれで合点がいく・・・が、無数の残像のどれが真でどれが偽りか。目視で判別できるものではないっ。
適宜対応できないなら勢いに任せて攻め続けるしかない! これはもはや意地と気合いの戦いだ!
奮い立てっ! 俺の戦意っ!!
「うおおおぉぉーー!!」
「アイ・アンノウン ブラインドカーテン」
「っ!?」
何だ! 何をした! 今度は何のスキルだ! 効果は・・・っ。 ・・・何ともない。視覚は正常。手足は相変わらず意識できないが・・・
しかし奴のこの尋常ならざるスキルはいつ切れる。もはや体にまで届くダメージが深刻なのが伝わる。これ以上受け続けるのはまずいのを痛みが警告してくる・・・っ
ここは一度引くべきでは・・・そうだそれしかない。一度体勢を立て直して・・・
グラッ・・・
「っ! バランスが・・・」
ザシュッ・・・!
「グァハッ! 喉にっ・・・刃がっ・・・」
何故刃が通ったっ。やはりスキルが切れていたのかっ? 「アイアンスキン」は戦士の基礎。戦意さえ削がれなければ戦闘中に切るものではないっ。
戦意さえ・・・戦意が・・抱けない・・・
まるで拳を思い切り握れないように、内に闘志を灯せない。戦いの火が消え・・・
ドサッ・・・
「グフッ・・!」
★
「はぁはぁはぁ・・・」
スキル「ブラインドカーテン」本来は悪意に目隠ししするスキルだけど荒れ狂う戦意にも効いてくれたみたいだ。そのお陰か彼に掛かっていたスキルも解除されたようで、僕の剣がようやく彼に届いた。
「・・・ゴホッ ・・・ぜぇぜぇ・・」
「・・・・・・」
彼は何とか立とうとするも意識が混濁してそれが適わない。おまけに変な咳もしている。もしかして僕の一撃が効いた? スキルが消えていたとは言えそこまで僕の攻撃が響くものなのか。
こうしてる間も苦しそうな息をするだけ。これ・・・もしかして喉に。
「あのっ 審判の方! 彼は立てません!」
「・・・いいや 決着はまだついていない」
「ついていないって・・・だって!」
こうして様子を見ていても倒れ方が普通じゃない。明らか致命傷を負って急を有する負傷に苦しんでいる。このままでは・・・
でも審判は終わっていないと言う。
聞きたくない。この戦いの決着が何を意味しているか。僕等を取り囲む観客達は何を期待してるのか。でもそんな僕の心を切り裂くように一際大きい女性の声が闘技場に木霊した。
「殺しなさいアネット! ここでの勝敗は相手の死で決まるのよっ!」
「・・・ルディア」
「そうだ殺せっ!」
「俺達はそれを見に来てんだ! いいから殺せっ!」
「そうだっ 殺れ殺れー!」
「「「殺ーれっ! 殺ーれっ! 殺ーれっ! 殺ーれっ! 殺ーれっ! 殺ーれっ!」」」
色が歪む。元々歪んではいたけれど、興奮でかき混ぜられた悪意が僕の周りの景色をグチャグチャに引っ掻き回し流動体のように蠢めいている。360度闘技場全てが人の死を見たいとのたうった。
「・・・救えない」
闘技場で言う台詞ではないんだろうけど、ここは名誉と栄光を掴む為の誉れある決闘の舞台なんかじゃない。人が人を殺めるのを娯楽と同列に嗜む処刑場なんだ。




