386・ルンドレンの壁
前回のあらすじ
スプリントノーゼ脱出当日。ネイブラの用意した荷馬車の箱に身を隠したアネット一行は、それぞれの思いを抱きつつ街を出る為、故郷まで輸送されるのだった。
僕達が乗ってる荷馬車は帆が荷台を覆う幌馬車と言うらしい。その中に積まれた幾つかの木箱の中に僕達は身を寄せ合って隠れる事となった。
元々人を運ぶ目的で設計されてない箱なので、僕とマルティナとミストリアの3人が押し込められるとギュウギュウに圧迫されて色々苦しいのだけど、両サイドが心なし柔らかいのが救いか。
それにしてもこんな体勢で街を抜け出す事になるなんて誰が想像できただろう。まるで逃げ隠れするみたいで(実際その通りなんだけど)後ろめたさにどうしても口数が少なくしてしまう。
「・・・・」
「・・・・・」
〔不思議と時間が長く感じるわね〕
「そうだね」
「え 何っ?」
「ん? あぁそっか マルティナ今真っ暗だから ミストリアの文字は見えないんだっけ」
〔フフ 何だか2人で内緒話してるみたいで楽しいわね〕
「そう? いつもと違う状況だからね 何か変な感じ」
「ちょっと 私も会話に混ぜなさいよ」
〔暗くて文字が見えないのだから仕方ないわ 今はマルティナ抜きにして2人だけの会話を楽しみましょう〕
「えぇ・・・」
「ちょっとミストリア アネットと良くない事話そうとしてない?」
〔どうかしら アネットもっとこっちに来て 字も良く見えるでしょう?〕
「え ちょ ミストリアくっつき過ぎ」
「はぁ? あんた達! どさくさに紛れて何やってるのよ!!」
ドン!
「おい隣うるせぇぞ! 見付かるだろうが!!」
ちょっとしたおふざけのつもりが隣の箱からお叱りを受けてしまった。でもこんないつも通りのやり取りは気張った心を幾らか和らげてくれる。
そんな他愛もない会話をしていると、揺れる馬車は最大の難関ルンドレン家が支配する城門に辿り着いたのか、ゴトゴトしていた振動は止み外の気配を感じ取れるようになった。
静まり返った箱の中では自身の心音のみならずマルティナ達の鼓動すら聞こえる気がする。僕は堪えようのない感情を払拭するようにソッと木箱に耳をそばだてた。
「・・・──家の印章だ ──・・」
「───・・積み荷を・・る」
ジョストンさんと知らない人との会話が木箱越しに微かに聞こえる。印章って言葉が出たあたり、ここはいよいよ門の手前であるらしい。
「お前達は・───・・・信用でき─・・」
「────・念だが そう言う──・・」
「・・・─爵家に不敬・・・───いいの」
「─・・・これが──・・・ここを通・・」
所々切れ切れだけど発する言葉に険がみられ互いに相容れない問答をしてるのが伝わる。どうやら話し合いは難航してるみたいだ。いつまでも噛み合わない会話に両者とも苛立ってる様子が窺える。
「そこま───・・その荷・・───」
そんな膠着状態を穿つように別の声、女性の声が2人の会話に割って入ってきた。と同時に「ゴゴゴゴ・・・」と地響きのような音がグルリ馬車の周囲を取り囲む。
想像したくはないけれど事態は僕達にとって悪い方向に動いているらしい。どうにも嫌な予感がする。その予感が的中したのか反論するジョストンさんの語気は音量をあげて良く聞こえるようになっていった。
そんな中、彼の声を打ち消す程の声量で女性が叫ぶ。それは木箱に隠れる僕達の心臓を的確に穿つものだった。
「アネット! いるんでしょう! 出てきなさい! 今なら酷い事はしないわ! 抵抗するなら協力者を含めて死罪を申し付ける事になるけどいいのっ!?」
「───!! バレた・・・」
「え・・・」
〔・・・そうみたいね 私にも聞こえたわ〕
「ルディアの声だ・・・間違いない でも彼女が直接出向くって事は 確信があるからだよね」
「・・・・・」
〔・・・・・〕
2人から反論はない。短い付き合いでもルディアの性格は把握したみたいだ。それに僕達の価値観と比べて人の命が軽い彼女の「酷い事」は、想像するより凄惨なものになるに違いない。
「・・・このまま隠れ続けても見付かるのは時間の問題だ 残念だけど酷い事になる前に認めよう」
「・・・っ」
〔・・・はぁ 仕方ないわね〕
ガコン・・・
観念して箱から出る。できれば出たくはないけれどバレてしまった以上潔くした方がスマートだ。それにルディアにこれ以上の口実を与えたくない。
「!? おい!」
「ユシュタファ どうやら潮時みたいだよ」
「・・・くそっ」
ユシュタファも察したのか僕達は揃って幌馬車から降車した。すると目に飛び込んできたのは馬車を取り囲むように展開された隙間のない色の壁だった。
ここまで確信をもって行動するからには僕達の計画は筒抜けだったに違いない。いったい何処から情報が漏れたのか・・・
「フフ このまま隠れ続けて無様に馬車から叩き出されると思ってたけど賢明ね だからと言ってあなた達の処遇は決定してるんだけど」
「どうして今日 僕達がここを出るって・・・」
「協力者のお陰よ 彼は素直に全部吐いてくれたわ」
「へへ ま そう言う事だ」
軽薄な声色の聞き覚えのある声。ミストリアの疑念は現実のものとなってしまった。彼は同色に染まった壁の間からヌッと現れると、兵士達とは違う下心丸出しの野心で僕の目を釘付けにする。
「スロース・・・テメェ 奴隷紋で俺達を裏切れない筈だぜ それが何故・・・」
「甘いなぁジョストンの旦那 あんたは俺のスキルと人脈をもっと疑うべきだったんだ」
「何っ?」
「誘因剤は今や公爵家が保持する建付けだが作ってるのは依然アーキア人だぜ? そして俺はそんなアーキア人と懇意にしてたんだ 連中は俺のスキルの特性を知ってるからなぁ その意味が分かるか?
俺の伝書鳩は透明なだけじゃねぇ スキル『ネイバーフットサーキュラー』は言っちまえば誰もが利用できる回覧板みたいなもんだ 奴隷紋で俺の行動縛ったところでスキルは自由だろ?
だから俺はお前等のしでかした事をメモして回覧板よろしく回したんだよ あくまでメモだ 行動に支障はなかったぜ
後は意図を汲んだアーキア人があれこれ動いて印章を用意 お前等を一網打尽にし それを条件に俺は奴隷から解放 晴れて自由の身を約束されたって訳だ」
「っ! テメェ・・・! なる程な 完全に舐めてたぜ・・・っ」
「みてぇだな 相手縛って気を緩めたあんたがマヌケだったんだ 俺がどんな奴かも分かんねぇのに重要案件任せちゃダメだろうがよ」
これはジョストンさんが悪いと言うよりギルドの人選ミスだよね。もしかしたら僕達の置かれてる状況をあまり重く見ていない? それとも別の意図が隠れてるとか。
ギルドも完璧じゃないところあるからなぁ・・・
〔それで 盗んだ物をくすねて利益にしようって魂胆なのね〕
「おっと 貴族からギった物はちゃんと返すさ これもお前等ネズミを捕まえる作戦の一環ってお題目なら正当化される 全くもって公爵様々だ」
貴族以外から擦った物は懐に入れるつもりなのか。権力が私物化されるとこうも理不尽が蔓延するらしい。
僕も街をメチャメチャにした手前大見得切って非難はできないけど、言葉1つで雁字搦めにされるのは嫌な気分で気も滅入る。
問題はこの現状をどう乗り切るかだけど、必死に思考を巡らせてもこんな取り囲まれた状況では焦って思考も纏まらない。いっそ以前やったように靄でもばら蒔いて門まで走るか。それともバラバラに逃げて潜伏か。
その前に逃げ切れるのか。誰か1人でも捕まれば逃げても意味がない。
「妙な考えは起こさない事ね 聞いたわよ? この街に地下通路があるんですってね アーキア人達を逃がした時はそこを利用したって でもそこは押さえたし門も閉ざしたわ 何処にも逃げ場なんか無いわよ」
籠の中の鳥。
残る道筋はネイブラさんの店だけど・・・そこに飛び込んだって見付かるのも時間の問題だし、何よりお世話になった人に仇で返す事になる。
今回ばかりは手立てが完全に潰れてる。万事休す・・・
「待て・・・ これは俺が立てた作戦だ こいつ等も先輩である俺の命令に従ってただけで 非は俺にある」
「ジョストンさん!」
「残念だけど 貴方の首1つで済むラインはとっくに超えてるの でも個人的には感謝してるのよ? あなた達のお陰で私は派閥貴族達に認められたし スキルさんも手に入れた
結果的に残念な末路になったけど 一連の事件の犯人を捕まえた私の名声は轟いて 商業派閥にも良い贈り物ができたし彼等の溜飲も下がるでしょう フフフフフ」
〔私達を売る気?〕
「売るも何も もうあなた達に人権は無いのよ? だったら誰かの為に有効利用されるべきじゃない」




