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38・嵐の前の・・・

前回のあらすじ


お捜しのプルトンさんが、バウゼン伯爵の元に身を寄せていた事が判明した。

『アネット~ 起きて~~!』

「はぁはぁはぁ・・ はぁ~~」



 嫌な夢を見た。


 ただの夢なのに動悸が止まらない。体がおかしくなってしまったのだろうか。まさか病気? 心臓の・・・


 脂汗が止まらない。何でだろう。


 窓から差し込む暖かさは曇天程にも及ばない。外はまだまだ真っ暗な筈だ。“盲目さん”もこんな夜中に僕を起こした事は一度も無かった。



『アネット~・・・』

「はぁ・・はぁ・・ 盲目さん・・・ 」



 何とか呼吸を整えようとしたけれど心臓が自分のものではないかのように脈打って怖くなる。


 初めて経験する体の不調に恐怖で眠気は完全に吹き飛んでしまった。そして“盲目さん”も僕と同じく恐怖していた。



「盲目さん・・ 大丈夫? 怖い夢見た?」

『来るよ~ モンスターを沢山引き連れて ここに来る~』





「アネット! 起きてっ! ミストリアがっ!・・・何か言って・・・」



 真夜中にドタドタと廊下を走ってきた足音は僕の部屋の扉を勢いよく開け放つと半ば叫び声に近い声でわめいた。


 声の主マルティナは寝ているだろう僕を起こしに来たようだけど、既に目を覚まして憔悴(しょうすい)している僕に目が止まると言葉に詰まったのか愕然とした感情になっていた。



「・・・ちょっと アネット? え いったいどうしたのよ・・・」


()()っ て事は・・・ミストリアも? マルティナは大丈夫? 戦士さんと盾さんは何か言ってない?」


「え・・? 特に何も言ってないけど それより ねぇ! アネットは大丈夫なの!? ミストリアも苦しそうにスキルで変な事言うし・・・」


「盲目さんはモンスターが沢山来るって言ってるんだ ミストリアも?」


「ううん 怖いのが来るって言ってたけど・・・」



 怖いの・・・やっぱりモンスターかな。でもどうして“盲目さん”とミストリアが・・・


 もしかしたら知覚に長けたスキルさんだから気付いた的な感覚なのかな。感情を色で見分ける繊細な“盲目さん”なら、不穏な空気を感じ取る事くらいスキルで熟しているのかも。


 でもモンスターの襲撃って・・・


 本当・・・なのかな。もし本当なら大変な事だけど、ギルドは正式に「()()()()()()」と発表した後だ。「夢に見た“盲目さん”も言っている!」と言ったところで寝ぼけてるのかと笑われるだけだろう。


 今は僕がバウゼン伯爵の屋敷に行った日から4日が経っている。









 4日前──────────


 僕達が馬車に揺られギルドに帰ってきたのは体感時間からしてかなり遅い時間帯だ。ギルド職員の面々も昼勤の人から夜勤の人へと入れ替わっている。。



「お アネットじゃないか って お前その格好・・・そういう趣味があったのか? まぁ 似合ってるけどな? とても・・・」


「違うよルミウス これはポリアンナさんの嗜好(しこう)だよ それよりも今日の首尾はどうだったの?」


「どうもこうもないぜ モンスターの分布が傾向しているせいか 獲物もなかなか見付からないし ようやく1匹視界に捉えたと思ったら 他の冒険者同士がその1匹をめぐって争うしで


 結局今日1日 森の中をさ迷って終わったよ って言うか冒険者の方がモンスターを狩り尽くすんじゃないかって勢いだ」



 期待に胸を膨らませてただろうルミウス・リッタ・エデルの3人は、今や疲労と猜疑心(さいぎしん)を駆られてグッタリしている。



「てかさー この変動の元凶ってそもそも何なのよ~ それが分からなきゃどうしようもなくなーい?」


「うぐ・・・でも金貨600枚だぜ? もしかしたら俺達にだって可能性があるかもしれないじゃん」


「リッタの言う通り元凶が分からなきゃ動きようがない 仮に原因となるものに出くわしたとして他の冒険者とかち合ったら確実に揉めるぞ 力付くともなれば俺達に勝ち目は無い」


「そうそう それに何だか踊らされている感じがするしねー」


「そうだな 他の冒険者が皆 外に繰り出しているのなら 俺達は身の丈に合った割りの良い洞穴の仕事を選んだ方が良かったんじゃないか? 


 見てみろルミウス 受けるなら今だぜ? 掲示板に仕事が貯まって凄い事になっている」


「う~ん・・まぁ~ そう・・だよな~ そうするか~・・」



 と言うと彼等は倦怠感を漂わせながらよたよたな千鳥足で掲示板へと吸い寄せられていった。


 3人以外にも冒険者は(まば)らに居たけど、彼等も同様に項垂(うなだ)れる者が大半を占めていた。





 明けて翌朝。


 家族会議の結果ミストリアの外出禁止令はまだ取り消されないので今日も1人でギルドへと向かう事になった。


 この日の大通りは昨日とは真逆の様相で、勇ましい冒険者の歩く足音が何処からも聞こえない。まばらに行き交う住民達もこの光景を何処か物珍しげに見ている気がした。


 ギルドに到着すると気持ちを切り替えたらしい幾人かの冒険者が掲示板に張り付いていた。


 朝の風物詩。殺伐とした仕事の奪い合いは何処へ行ったか。ほのぼの仕事を選ぶ彼等の心は今とても穏やかだった。


 しかしこの状況に穏やかでいられない人が1人。



「アネット君! 緊急なの! お願い! 助けてっ!」



 カウンター横の職員用通路からヅカヅカ迫り来るポリアンナさんの手には棚引く紙が2枚。


 言わずもがな想像がついてしまった。


 冒険者もちょっとは戻ってきたとは言え、まだまだ全ての依頼を消化出来るには至らない。それこそ猫の手でも借りたいところだろう。


 有無をも言わさぬ彼女の迫力と悲痛な叫びは僕に「はい・・」と返事をする事しか許さなかった。



「ごめんね~ 両方とも採掘師の護衛の仕事なんだけど 人数が足りてないのよ 1層と2層とであるんだけど どっちが良い? 一応2層の方が報酬は良いんだけど」


「そ それじゃ~1層のでお願いします」



 正直言うと2層には行きたくない。と言うか洞穴には近付きたくない。昨日の「それ」の正体が何なのか分からないけど、異変が起こっている最中にわざわざ危険に飛び込む理由はない。


 冒険には憧れるけど無謀のとの違いは心得てるつもりだ。


 待合室に案内されると既に8人・・・いや9人の冒険者が待機していた。一層の護衛にしては多い気もするけど。



「何だ まだ子供じゃないか」


「まぁそう言うな 彼の歳なら1層は良い修行の場だ」


「こんな寄せ集めの臨時パーティーじゃ 文句も言ってらんねぇか」


「もう! 皆さんアネット君が可愛いからって 苛めちゃダメですからねっ!」


「にしても1層目でこの人数は大袈裟だろ」


「昨日洞穴内で異変が報告されています 外でも何か起きているようですし 安全を重視しての人数配分です」


「異変ねぇ」


「まぁその異変のお陰で溢れないで済むから助かるが」


「ちげぇねぇー」



 今回の人数はこれで全員か。僕達は採掘師達を伴って洞穴に潜っていった。臨時のパーティーと言う事で仕事に挑む彼等の在り方は三者三様と言う案配だ。


 ギルドから気を張る者。洞穴内から引き締める者。1層と言う事もあってか油断している者。


 最初は大丈夫なのかなと勘繰りもしたけれど、こと戦闘において弱いとされる1層のモンスター相手でも気を抜く者はいなかった。


 それどころか息をするように戦いを熟す手際は、熟練冒険者としての格を見た気がした。


 当然その戦闘には僕も参加している。


 最初こそ盲目である事を揶揄(やゆ)されたけど、共に戦ってる内に認めてもらえたのか、採掘師達が現場に到着する頃には僕に対する不安はなくなっていた。


 そしてモンスターもちょくちょく姿を見せ始めている事から、洞穴も少しは日常を取り戻したのかもしれない。










 そして3日目。


 ミストリアは今が正念場だと言われマルティナからまたまた締め出しをくらった。こうなっては陰ながら応援する以外できる事がないけれど、1人で向かうギルドへの道はちょっと寂しい。


 今日のギルドは昨日の様子が嘘の様に人でごった返している。おそらく金貨600枚を諦めた方々だろう。


 憤懣やる方ない思いの丈をぶちまけて怒鳴り散らして、とても子供には見せられない烏合の衆と化した戦士達の姿がそこにはあった。



「どう言う事だ モンスターが全くいないじゃないか!」

「本当は俺達を体よく利用しただけじゃないのかぁ!?」



 なんて文言でギルド職員に食って掛かる始末。その説明に追われるギルド職員の言葉の裏には「誰か助けて」という声が混じっている気がした。


 僕はギルドの扉をソッと閉じる事で彼等の冥福を祈り、ハルメリーに日常が戻った事をひとまず噛み締める事にした。


 そしてその日の内に「危機的状況は峠を越した」とギルドから正式な発表がなされた。


 それは各冒険者の声とギルドの内情を考慮してのものだろう。


 とは言え金貨600枚がまだ何処かで羽ばたいている以上、本当の意味でこの騒動は終わらない。


 バウゼン伯爵には早々に黄金の鳥が休める止り木を用意して頂きたいものである。










 そして今日。


 僕は激しい動悸に息苦しさと不安とで目を覚ます事となった。



『アネット~ 平気~?』

「うん ありがとう盲目さん ちょっとは落ち着いたよ」


「水 持ってこようか?」


「ううん 平気」



 最悪の目覚めから少し時間が経っても胸の鼓動が収まらない。こんな事ってあるのかな。何かの病気を疑ってしまうレベルだ。



「はぁ~・・・よしっ マルティナ 僕これからギルドに行ってくるよ」


「え? こんな時間に!?」



 多分だけどこの不安は吐き出さないと解消しない。冒険者の勤めを果たしてこそ気持ちも晴れると言うものだ。


「寝ぼけてるのか」と言われるかもだけどそこは我慢だ。



「うん 何かがモンスターを引き連れてやって来るって 盲目さんが言ってるんだ」


「・・・ミストリアも失語さんが何か来るって怯えてるって言うんだけど ・・・これって偶然?」


「ん~ 必然でないと信じたいけど・・・うん だったら皆でギルドに避難しよう ウチにはオフェリナ叔母さんやソフィリアだっているんだし 万が一の出来事が起こっても 僕達だけで守りきれる保証は無いからね」


「普通なら大袈裟って言うとこだけど 異変が起こってるのよね ・・・分かった ちょっとお母さんと話してくる」



 僕も手早く着替えるけど何だか手が震える。気持ちが急いているのかな。装備も万全に備えたつもりだけど綻びがないか不安になって落ち着かない。


 そうこうしている内に女性陣の支度も整い僕達は暗闇の中、家族皆でギルドに避難する事にした。



「ミストリア 大丈夫?」


 〔・・───・・──〕



 何とか言葉を返してくれてるけど色で分かる。彼女も心に変調を来してる。きっとこんな気持ちになったのは初めてなんだろう。未だに呼吸が整わない。


 大通り。


 夜中と言う事もあって出歩いている人は皆無だ。足音は僕達以外聞こえない。


 本来なら夢の中の時刻に連れ出されて泣いちゃうと思われたソフィリアは、眠気の方が勝ったのかオフェリナ叔母さんにおぶられながらスヤスヤ寝息を立てている。


 ここまで不備無く来れた僕達はギルドの扉を開け駆け込んだ。


 するとそこには真夜中であるにもかかわらず、幾人かの人間が緊張した様子でカウンターに詰め寄っていた。


 金貨600枚問題だろうか・・・


 でもそこに居たのは何処と無くだけど僕の知る冒険者とは違った気配をさせる人達だった。彼等もまた一様に僕等と同じ色をしている。


 そんな彼等の様子にどこか胸騒ぎを覚えた。



「アネット・・ アネットかい?」



 その中の1人が僕達に気付いて声を掛けてきた。この張りのある声はカルメンのお母さんのミスティラさんだ。どうやらカウンターに詰め寄ってた人達は狩人の面々らしい。



「ミスティラさん どうしてここに」


「私の狩人さんが 何かに囲まれてるって騒ぐんだよ いや 私のスキルさんだけじゃなく 他の狩人仲間のスキルさんも同様の有り様でね


 それどころか一昨日あたりから動物達が雑木林から居なくなっちまったんだ 今じゃ鳥の声すら聞こえない アネット・・・そちらはご家族かい?」


「はい 僕も盲目さんも モンスターを引き連れた何かが来るって・・・だから家族で避難してきたんです あの カルメンとモーリスさんは・・・」



 カン!カン!カン!カン!カン!カン!


 僕が2人の安否を尋ねようとしたその矢先。町外れの鐘楼から1ヶ所そして2ヶ所と急を報せる鐘が尋常ではない早さで矢継ぎ早に鳴り出した。


 その鐘の音は緊急。その中の「モンスターの襲撃警報」だ。それは“盲目さん”の言葉が現実のものとなった瞬間でもあった。



「旦那と娘は家にいるよ・・・ これは判断を間違えたかねぇ・・・」


「ほら見てみろ! 俺達の言った事が起きたじゃないか! 何でもっと早く行動しない!」

「森の変調は前々から報告していたじゃないか!」

「いいからギルド長に取りついでくれ!」


「き・・緊急時にはギルド長がここの指揮をとる手筈になっています! それに鐘が鳴らされた場合 各塔から伝令がギルドと兵舎に走る仕組みとなっていますので詳細は後程・・・」


「くっそ! 俺一旦家に戻るわ! 家族をほっとけねぇ!」

「あぁ・・ そうだな・・・ 俺も戻る! ミスティラ! お前はどうする!」



 非常時こそ慌てず騒がず心を(いつ)にすべきだ。でも職員の頼り無さげなマニュアル対応に価値なしと見るや、狩人達はそれぞれが思い思いの行動をとり始めた。


 一応町の非常時にはどの様に行動するのか各種災害に応じての取り決めが定められている。


 今回のケースでは「一般市民は指定された場所に避難するか それが適わない場合 家の戸を閉め息を潜めて 災害が過ぎ去るのを待ちましょう」だったか・・・


 1ヶ所ではなく町中の鐘楼が急を報せる鐘を鳴らし始めた言う事は、信じたくないけれどハルメリーを包囲する程のモンスターが外で(ひし)めいている事になる。


 尋常ではない事態が巻き起ころうとしているのだから、狩人の彼等も取り乱すのは当然だ。


 失礼かもしれないが1職員がこの場を取り(まと)めるのは荷が重いだろう。


 こういう場合だからこそ、ここの長たるギルド長が一喝すべき時なんだけど、鐘が鳴り始めてもランドルフさんは未だその姿を現さない。



「あの職員さん 事態が事態ですので 僕達冒険者はギルド長の指示を仰いだ方が良いと思うのですが・・・」


「それが・・その・・ ギルド長は今ここにはおられなくてですね・・・」


「ったく! あの爺さんはいつも間が悪いなぁ!!」



 それを聞いた狩人の1人が思わず突っ掛かる。きっとギルドとは反りが合わない事が度重なり思わず愚痴として溢れたのだろう。



「では今どちらにおられますか? ギルドとしては知らされていないと言う訳ではないと思うのですが」


「今はですね 所用で貴族街の方に行かれていると聞いております・・」


「はぁ!? こんな時にお貴族様とよろしくやってやがるのか!? ふざけやがって!!」



 貴族街・・・なぜ貴族街? あっ もしかして僕が「何かを警戒して防備を揃えてる」とか言ったから? だからアタリをつけて出向いてる?


 何とも間の悪い・・・



「ミスティラさん! 行きましょう!」


「アネット! あんたが来る必要はないよ! せっかく家族で避難してきたんだ! ここで大切な人を守りな!」


「僕は冒険者です! 冒険者は人を守り町を守るのが仕事です! 僕の家族はここにいます きっとギルドが守ってくれるでしょう


 それに大切な人と言うなら カルメンだって大切な友人です! モーリスさんの元で鍛えられたからこそ 僕は冒険者になれました!


 安全地帯に引っ込んで ただ時が過ぎるのを待つなんて そんなの僕が憧れた冒険者の姿じゃありません!」


「アネット・・」


「ちょっとアネット!? 行くって・・これから外に出るつもり!?」


「マルティナはここで皆を守って」

「ちょっと! 待ってよ! 勝手なこと言わないでっ! 


 ・・・あんたはいつもそう 相談もしないで自分1人で何でも決めて・・ 私は・・いつも後ろを追いかけてばかり・・」


「ごめん・・ でも自分に出来る事をと考えると 僕には前に歩むしか選択肢が無いんだ


 立ち止まる事も出来るのかもしれないけど 1度でも僕の望む姿から目を背けたら 2度と同じ道を歩く事が出来ない気がして 僕はこの目の様に“盲目に”歩き続ける事でしか生きられないから・・・


 大丈夫 ここにいればきっと安全だから マルティナはここで家族の側についていてあげて」


「そんな・・・そんなのって・・・




 うぅ・・・・お母さん・・・・・」


「・・・マルティナ あなたは 自分の心が望む行いをなさい」


「わ・・私は・・ ただ皆を・・アネットを守りたいだけ・・ でも・・


 何かを守る為ならラトリアやウェグナスはきっと戦うし・・ ここにイゼッタ先生がいたならお尻を蹴飛ばされる・・・それに・・


 私はアネットを守る為に冒険者になったんだ 


 盾が・・ 守るべき人の後ろに隠れちゃ駄目よね・・




 お母さん・・・私 アネットの側についてなきゃ・・・」


「そうね・・・あの子昔から危なっかしいところ あるものね・・・」


「うん・・ ごめんね・・・ 行ってくる」







「よしお前ら! 先ずは各々(おのおの)家族のところに向かいな! それからギルドに避難させるんだ!


 相手が獣なら群れからはぐれたヤツから狙われる! 極力少数になるじゃないよ! 戦闘になったら適宜(てきぎ)あしらえ! 


 優先事項は避難であって殲滅じゃない! 足を止めて囲まれましたじゃ目も当てられないからね! 反撃は体勢が整ったその後だ! それまで思いの丈は胸に秘めておきなっ!


 それじゃぁ行くよっ!!」


「「「「おーーーーーーーー!!!」」」」



 ミスティラさんの(げき)に後押しされ、僕達は混乱が予想されるハルメリーの町に飛び出した。





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