39・ハルメリー襲撃
前回のあらすじ
どうやら僕達の町にモンスターが襲撃してきた様だ。
狩人の家はカルメンの家もそうだけど仕事の関係上、町と雑木林の境界に構える人が多い。つまりモンスターの襲撃で1番に標的にされるのが彼等の家になる訳だ。
緊急の鐘が鳴る中を大切な家族がいる我が家へと駆ける狩人達は、まだ暗いだろう真夜中の通りへと消えていく。
消えていったその通りはと言うと、けたたましい鐘に迷惑そうに出てくる人や心配になって近所の人と会話をする人、日頃から危機意識が高いのかギルドへと駆け込む人とで多様だ。
鳴り止まない鐘の音と人のざわめきに通りはどんどん人で溢れかえっていく。
「チッ これじゃ目詰まり起こしちまう! アネット 裏行くよ!」
「はい!」
人混みを避けるように裏道へと入った僕とミスティラさんマルティナは、狭い路地を縫うように目的地まで駆けた。
小道も雑木林に近付こうとしたところで僕の耳に金属のぶつかる音が届いてきた。次いで人の雄叫びのような声。更にはモンスターの嘶きまで・・・
「ミスティラさん!」
「ああ! 分かってる!」
音だけじゃない。モンスター特有の獣臭が町の中にまで漂ってきている。それと血の臭い。もう戦いは堰を切って始まっているようだ。
ミスティラさんの足も自然と速くなる。
「あんた! カルメン!」
彼女の家の玄関先に到着すると、ミスティラさんは取り急ぎ家族の名前を叫び無警戒に家の中へと入っていった。
その間僕等は外で周囲の警戒に当たる。
ここはまだ戦場になっていないのかモンスターの息づかいは聞こえない。でも彼等が反応するのは人が放つ臭いなので察知されるのも時間の問題だ。
自宅に戻ったミスティラさんがなかなか出てこない。モーリスさんとカルメンは無事だろうか。家の中に居る? それとも何処かに避難した? それとも・・・
こうしてる間に雑木林の方から草を揺らす音が聞こえる。
「森から何か来ます! 急いで!」
「わー! アネットだ 来てくれたんだー!」
「アネット!? お前っ・・・ はぁ わざわざ来てくれたのか・・・」
「カルメン!? モーリスさん!」
こんな時でもカルメンは僕にぎゅっと抱き付いてくる。事態をまだよく理解してないのか、でも普段通りの彼女にどこか安堵する自分がいた。
「ちょっとカルメン! 今は緊急事態なのよ! とっととアネットから離れてっ!」
「ちゃんと準備はしてます~ でもマルティナも来てくれたんだ~」
ミスティラさんの心構えだろうか。抱き付かれた時に分かったけど、カルメンは狩りをする時の装備一式を身に纏っていた。
普段抜けた感じの言動が目立つ彼女だけど、緊急時の対応に抜かりはないようで安心した。
「あんた達! ここは危険だ! とっととギルドにづらかるよ!」
「ん? かーちゃん近間の避難所に行くんじゃないのか?」
「いや・・・ おそらく急拵えの避難所じゃ食い破られる」
「・・・そうか」
どこか諦めた様子のモーリスさん。ミスティラさんの見立てでは相当数の被害者が出ると暗示した。顔見知りも含めて・・・
「おーい! モーリス ミスティラ! 良かった! あんたらまだ避難して無かったんだな」
近所の住民だろうか十数人が近間の避難所ではなく雑木林の隣にあるモーリス宅に集まってきた。
「あんたらこそ何やってんだい こんなところにいちゃダメだろ!」
「まぁそうなんだが こう言う時こそ狩人の指示を仰いだ方が良いんじゃないかと思ってなぁ」
「ったく・・ 信じてくれるのは有り難いんだけどねぇ・・・
いや ここで会えたのは良かったよ 私らはこれからギルドに避難する あんた達もついといで!」
「やれやれ そりゃ相当不味い状況って事かいな・・・」
「私ととーちゃんは殿を努める! アネット! あんたは先頭で自分の思う最適な道を選んで皆を誘導しな! カルメンとマルティナちゃんは皆の護衛だよ!」
「はい!」
「お母さん達は・・・・大丈夫?」
「何言ってんだい 私らは狩人だろ? 獲物を狩るのが専門だ 相手は向こうから狭い路地に入って来てくれるんだ そんなの恰好の獲物じゃないか さあ カルメン! 狩人さんを空に飛ばしな!」
「う・・うん 狩人さんお願い!」
『あいさー』
「もう時間がない! さっさと出発するよ!」
ルート選びの大役を任されてしまった。
これは何処と無く洞穴の護衛の仕事と似ている。ただ問題は今回守るべき相手が訓練された洞穴チャレンジャーではない事。子供からお年寄りまで幅広い年齢層に合わせた歩調と経路を選ばなくてはならない。
正直言って自信無い・・・
「坊や こんな時にミスティラは間違った指示を出したりしないよ 先導役を任されたなら きちんと務まる根拠があるからさ 自信を持ちな
それに戦闘になったって 私らだって全く戦えない訳じゃないんだ だから心配せずに自分の仕事に専念おし」
「は・・ はい!」
声の調子から恰幅がよさそうなおばさんは手に持っていた武器だろうか、鉄製の平たい金属を「パン」と鳴らした。
何処と無く台所で聞いた覚えがあるんだけど大丈夫なんだろうか・・・
僕も不安が顔に出てたのか「自信を持て」と励まされてしまった。冒険者は台の上の食肉を調理するのが仕事じゃない。彼等の食材を調達するのがその役割りだ。
今こそ冒険者としての本領を発揮する時! まだ新人だけど!
頭の中で経路を模索する。
色々考えた結果僕は細い裏路地を行く事に決めた。理由は建物が壁になれば被害を抑えられるから。安直かもだけど大通りでグルリモンスターに囲まれるよりはマシな筈だ。
「行きましょう! 皆さん僕に付いてきてください!」
僕は微かな音を頼りに建物が軒を連ねる小道へと入っていった。
カルメンの自宅は大体南西の町と雑木林の境界にある。そこから中心部付近の冒険者ギルドへとなるとそれなりの距離を有する。
行きと戻り。
それだけの時間があればモンスターも町中への侵入は容易なようで、何を食んでいるのか「何か」を咀嚼する音が僅かに聞こえる。
「なぁホントにモンスターがいるのか?」
「町の連中が倒してるんじゃない?」
「ママおしっこ~」
戦闘が奏でる音から遠ざかりように小道を進んでいるので敵と遭遇してないだけで鉄火場は既に出来上がっている。
僕達が無事なのも異臭に紛れてる事とモンスターが音に引き寄せられてる事。後は運が僕等を運んでる事だけだ。
でもこう言う時こそハプニングは付き物で、尿意を我慢していた子供は親に手を引っ張られていた為か足がつんのめり豪快に転倒してしまった。
「マ~~マ~~~~~~~!!」
「ネリーちゃん・・・!」
「ん~~~! ん~~~!!」
母親だろうか泣き叫ぶ子供の口をおさえ何とか泣き止ませようとするけど、それでどうにかならないのが子供。
普段とは違うこの状況と焦る母親の気持ちが子供にも伝わったのか、押さえ付けようとすればする程泣き叫ぶ声は大きくなっていった。
それに反応したのか「ガルル・・」と言う獣の嘶きが微かに聞こえる。此方の場所を探るように爪の音がカリカリ音を立て始めた。
飢えているのか、五感が鋭い四足獣の足音が迷いのない地を駆けるものへと変わる。
「気付かれた! 前方警戒してっ!」
「え? 君目が見えないんだろ? 分かるのか?」
「ネリーちゃん! しっ! 静かにして!」
「んー!」
彼等にはまだ聞こえていないらしい。半信半疑と言った感じだけど、僕の耳には確実に5~6匹は確認できる。
「捉えた! アネットこっちに6匹来るよ!」
“狩人さん”を連れるカルメンの声にハッとしたのか一同は即座に押し黙る。
でも遅い。
獰猛なモンスターが1度ターゲットにした御馳走を逃がしてくれる程甘い紳士じゃない。いつも腹をすかしていて慈悲とか寛容さとかとは無縁な色をしているし、本能でしか動いてない。
このままいけば先の角でかち合う事になるけれど、その中の1匹が唐突に予期しない行動に出た。群れで動く複数の音の1つがまるで何かを飛び越えるように力強い地を蹴る跳躍をした。
そして壁のすぐ向こうで着地する音。
どうやらこの1匹は素直に道を直角に曲がる気はなく、塀を乗り越えて斜め上から奇襲をかけるつもりのようだ。初めての土地だろうに何とも機転がきく。
「カルメン! 塀の上を注意して!」
僕がそう言った時には“狩人さん”の目で敵を捉えていたのか、カルメンは既に矢をつがい弓の弦を引き絞っていた。
そうとは知らないモンスターは勝ち誇った跳躍で塀を飛び越える。
が・・・その刹那。カルメンの放った矢は相手の急所にでも当たったのか「ギャン!」と一声悲鳴を上げると着地すること無くドスンと地に落ちた。
その重たい音からこのモンスターはそこそこの体躯に質量が伴った筋肉質である事が判明する。そんな強靭なモンスターは、やはり一矢受けたところで絶命する筈もない。
「ハッハッ」と息を切らしながら立ち上がろうとする相手の頸部と思しき場所に、僕は躊躇無く刃を突き立てた。
「ギャン! ギャン! ギャン・・・!」
全体重を何度もかけてやっと断ち切れる程の頑強さ。絶命するまで暴れまわるモンスターの力強さに振り回される。単純な力比べでは絶対に勝てないと想像できてしまった。
それがあと5匹。
「マルティナ前方注意! 来るよ!」
僕の言葉にマルティナは盾を構える。
急速に路地を曲がってきたモンスターは止まる事無く突っ込んでくる。多分警戒せずとも何とかなる相手だとこれまでの経験から学習したのかもしれない。
「ブロック!」
それに合わせてマルティナもスキルを使って敵の突進を食い止める。けれど加速と質量の伴った衝突に体勢を崩されてしまう。
相手が怯んだ隙に僕も剣を突き立てるけどやっぱり一撃では仕留めきれない。倒すまでの時間を考えると数で来られたら押し負ける。
狭い場所とは言えそれを活かせるのもこのモンスター。だったらもっと隙間を限定的にすればいい。
「盲目さんお願い!」
『プチダ~ク!』
暗がりの中に暗がりを塗布して何になるんだろうと思わなくもないけれど、今の僕にはこれしか打つ手立てがない。臭いを辿る相手に通用するかは不明だけど・・・
でも効果はあったのか、撒いた『プチダーク』を前にモンスターは突進に急制動を掛けた。どうやらスキルはスキルで認識するらしい。
その隙を付いて僕とマルティナは2匹目に深傷を負わせ『プチダーク』に突っ込んで困惑している1匹に刃を滑らせた。
「ギャゥ」と、うなり声を上げさせる事には成功するけど致命傷と言う手応えはない。
それどころかこの靄に害無しと見るや斬りつけた1匹を残し、残り3匹は僕のすぐ隣を駆け抜けスキルの範囲内から脱け出していってしまった。
その際通り抜け様の1匹に何とか剣で斬りつける事が出来たものの、脚力と筋力差で力負けし刃ごと体を持っていかれ地面に倒された。
その瞬間を残った1匹は見逃さなかった。
力強く地を蹴る音が聞こえると真っ直ぐ僕に突っ掛かる。どうする・・・あれこれ考える暇がない・・・
僕は剣を自分の顔の前に固定してモンスターの突進に備えた。
「ギャン・・・!」
モンスターの悲鳴と同時に重たいものが衝撃と共に体にのし掛かってくる。そのまま押し倒された僕の顔の近くで「ハァハァ」息をするモンスターと剣を伝い腕に感じる鈍い感触。
相手はただ激しく呼吸をするだけで動こうとしない。僕は上に乗るモンスターを体勢を変えて横に落とした。
起き上がってこないところを見ると今の一撃は致命傷だったらしい。
・・・助かった。
っと、呆けてる場合じゃない。僕は『プチダーク』の中から出ると目の前にはモーリスさんが自前の斧を「フン!」と振り下ろす瞬間に出会した。
日頃から巨木を相手に戦う木こりの一撃は凄まじく、一瞬で色が2つに分かれるのを目の当たりにする。「ギャッ」と短い断末魔と地面に落ちる2つの物体。
この情け容赦無い一撃は子供の目にどう写るのだろうか・・・
「うわっ・・・」
「ママ~~~~~~~!!」
「ひっ! ネリー見てはダメよ!!」
「皆さんまだ終わってません!」
そう、まだ終わっていない。
何故なら雑木林からずっと僕達の匂いを追ってきている集団がいるから・・・
だからこそ周囲の音と血の臭いに僕達の存在を紛れ込ませ、あえて複雑なルートを選んできたんだ。でもここで足止めをくった事で確実に差を埋められてしまった。
今のモンスター同様しっかりと獲物を捉えた足取りで駆けてきているのを僕の耳は確かに聞き取る。まだ幾分距離は離れているけど僕達の足では間違いなく追い付かれる。
「アネット! 皆と先を行きな! ケツはうちらが持つ!」
「お母さん! お父さん! 逃げようよ!」
「誰かがここでくい止めなければ全員殺られるんだ カルメン あんたはもう戦えない 一緒に避難するのが一番いいんだよ」
どうやらさっきの戦闘で敵の攻撃を弓で受けたのか彼女の弓は壊れてしまったらしい。確かにこれでは戦えない。
“狩人さん”のスキルにはナイフを用いたスキルも存在すると聞いた事があるけど「母と同じ感じになるかな」と言っていたカルメンのスキルはおそらく弓矢特化だろう。
「で・・でも・・」
「皆それぞれ役目ってもんがあるんだ あたしらは・・娘のお前が無事ならそれでいい アネット・・・皆を頼んだよ!」
「はい! 皆さん付いてきて! ・・カルメンも・・・・さぁ・・」
僕は後ろ髪を引かれる思いでカルメンの手を引っ張った。もしかしたらこれが今生の別れになるかもしれない。
だけどここでもたついていたら確実に敵に追い付かれるだろう。ミスティラさんとモーリスさんの想いも無駄になる。
カルメンも泣きながら、それでも遅れること無く付いてきた。きっとこう言う時の教育もされていたに違いない。
胸が張り裂けそうな程の痛みと不安の中。それでも両親を信じる気持ちは心に育まれているのか、確かな足取りとしっかりと繋がれた手から心の色を見るまでもなく伝わってきた。
彼女は強い。
しかし現状。僕達の状況は不味い。
殿の戦力が欠けてしまったのはでかい。仮に・・・敵に追い付かれた場合今度はマルティナか僕が応戦する羽目になる。
ここで攻められたらどの道詰む。
ならば方向を変えて大通りに出るか。もしかしたらそこに冒険者か兵士達が居るかもしれない。誰かの助力無しに助からないなら迷う事はない。
優先順位はここにいる彼等が助かる事・・・僕はその足を大通り方面へと向けた。
大通り近くになると何処かで戦闘を行っている掛け声と悲鳴が耳につく様になった。
大通りは町の中央を東西に横断するように伸びている為、もう町の全範囲が戦場と言っても過言ではない。
しかしこの判断は正解だったようで、大通りには幾人か武装しているであろう人達の足音が機敏に走り回っている。
「西が食い破られた!」
「南の兵舎からの連絡がない!」
「冒険者は何をやってるんだ!」
けど思いの丈を爆発させる彼等には余裕がない。つまり戦況は芳しくない。非常に不味い戦況を僕達に伝えてきた。
やはり冒険者の行動範囲が町のずっと外にまで及んだ事が原因か。それとも町の巡回に従事する兵士達が緊急事態に場馴れしてないのが問題か。
何と言うか・・・物凄く頼りない。
そんな中「ゼッヒュ・・ゼッヒュ・・」と、今にも事切れそうな運動不足が祟った足音が僕達の方へと必死に歩いてくるのに気が付いた。
「た・・・たしゅ・・たしゅけてくれ・・」
その精一杯の懇願にまだ避難できていない人が居たのだろうかとも思ったけど・・・僕はこの声に聞き覚えがあった。
「プルトン さん・・・?」




