悪人には最強の力で正義の鉄槌を
聖温泉
ジャンヌとスカーレットはある作戦のために蝟よりも先に、広場の近くの温泉に向かった。
「ジャンヌちゃん、この女湯の暖簾と男湯の暖簾を交換しちゃいましょう」
スカーレットは男湯と女湯を交換して蝟を“鼻血ぶー&ノックダウン”させてやろうという魂胆だ。夕方は引き分けてしまったが、今回は絶対に負けない。
「兄ちゃん、うぶだから直ぐにやられちゃいますよ。うふふ」
スカーレットとジャンヌは男湯の暖簾をくぐっていった。
中に入るとすでにシャルロットとレオナが湯に浸かっている。
「あんたなんかに負けないわ、乳女! 私の方が長く浸かっていられるわよ」
「美貌と胸の大きさで負けているのに今さら何ですか、馬鹿馬鹿しい。まあ、私が勝ちますけど」
相変わらず仲が悪いようで、こんなどうでもいいことで喧嘩をしている。
ジャンヌが湯船に向かって駆け出す。
「ジャンヌちゃん、体洗ってからお風呂にはいるんですよ」
スカーレットは“ジャンヌに”説明したのだが、
「何ですって! レオナ。一時休戦よ。まずは洗ってからよ!」
「そうですね、マナーを守って戦うのが淑女です」
二人は湯からでて、洗い場に向かった。四人は並んで体を洗う。
ペタペタと四人の後ろを過ぎる音が聞こえる。四人とも“偶然にも”頭を洗っていて振り返ることができない。
ふふっ、来た来た蝟鼻血ぶー作戦開始!
スカーレットは心の中でつぶやく。
○○○
蝟は言う通り、遅れてきた。そして、確かに“男湯の暖簾”をくぐった。つまり、女湯である。
蝟は女湯の脱衣所に入ると直ぐに異変に気づく。
「女の匂いだ。あいつら嵌めやがって。まったく」
そういって蝟は本当の男湯に戻っていった。
これが普通の反応である。
○○○
「風呂でも入るかあ」
レントは温泉に向かう。そして、男湯の暖簾をくぐる。
「さみー、早く風呂入ろー」
レントは扉をがらがらと引き、湯けむりの中、一直線で湯の中に入り、異変に気づく。
「よし、レオナ! 私との勝負続けるわよ」
「いいですよ。何なら私が先に入っても、いいんですよ。お子さまにはハンデが必要ですから」
「乳がでかい女なんて馬鹿の象徴なのよ!」
「馬鹿でも構いません。レントさんはこっちの方が好きですよ、絶対」
そう言ってレオナは自分の胸を強調する。
「せーので入るわよ」
「「せーの」」
レントは戦慄した。今は岩に隠れているが、万事休すだ。誰に何されるかわからない。予想ができない。だがそれでも……それでも少し見たい。少しでいい。少しで。
そう言ってレントは岩影からまず、シャルロットを“ガン見”する。
シャルロットの胸は物凄く小さい。だが、美しいのだ。妖精のような感じてはいけないエロスを感じてしまうのである。これで欲情してしまうのはダメだ。犯罪者だ、犯罪者だと、甘美な罪悪感に苛まれる。ずっと見ていたい。というか潜って下を……の時点でやめる。
一方、レオナのそれは下品なほど大きい。だからこそ、男なら、その胸に引き寄せられないことはない。シャルロットの胸は触りたいが、レオナの胸は挟まれたい。顔も腕も指先も体全身を挟んでしごかれたい。二人の胸に飛び込みたい。飛び込んで……食べ……
「たったっ、助けてええええ、蝟!」
スカーレットは異変に気がついた。まず、足音が蝟のとは少し違ったような気がするし、何より岩から二人をじろじろと見る影が揺れているのである。蝟は覗きのようなことはしないし、スカーレット以外の女の子に興味を持っている時点で別人だ。林檎の誘惑にも一切動じない蝟を見て、スカーレットには自信があった。
衝撃波と共に、木でできた男湯との境に穴が開いた。それだけだった。
○○○
「レント・ルクセリア。どういうつもりだ」
脱衣所には蝟とレントのみ。蝟は裸のまま痴漢を捕まえたあと、速攻で着替え、裸のレントを地面に縫いつけた。それは、一秒未満の出来事。
「暖簾が逆になってて……」
レントは言い訳をする。
「そんなことはしっている。だが、ふつうはすぐ気がつくんだ。少なくとも俺は気づいた。わざとだろ、色欲」
蝟の顔には青い紋様が浮かんでいる。完全にぶちぎれている。
「あっちにはおれのいもうとと、そのー、あー……ライバルがいるんだ」
これほどまでに怒っていても、大好きなスカーレットがいるんだ、とは言わない。そのくらい意地っ張りなのである。
「いますぐ、ひありにつきだして、じごくにおくってもいいんだが?」
火蟻はこういう輩が大嫌いだ。だから、ボコボコにしたあげく、黒い炎で焼き尽くすであろう。
レントは震えが止まらない。一瞬だけだったが彼は黒龍に触れたことがある。虫の大群に体を犯される感覚。さらに苦痛、恐怖、絶望、あらゆる感情が彼を襲った。
「ジャッジは女性にまかせよう。といえば……」
蝟は裸のレントの首をつかみ、そのままとあるログハウスに向かった。服を着ずに蝟についていくのは拷問である。全身から出血し、ボロボロになったレントの髪を片手でつかみ、ノックをする。
「ん? なんですか、ってうわっ、気持ち悪っ」
蝟とレントは嘔吐した。女王の咄嗟の“気持ち悪っ”という発言のせいだ。口を縫っていないとこうなる。
その女王はいつもと違い、口を縫っていない。寝巻きはピンク地にハート柄で女の子らしい姿である。でも、
ーーまあ、スカーレットの方がかわいいな……って、スカーレットなんか好きじゃないんだからな!
彼女はスケッチブックを取りに部屋の奥まで行き、戻ってきた。
『すいません、歯を磨いてたもので、横着はよくないですね。ところでそれは何ですか』
「女湯に入っていた輩です。どうしますか」
『まあ、このくらいの年齢の男の子なら覗きくらいするんじゃないですか』
蝗は心が読めたのだ。そのくらいの年の子の欲求などわかりきっている。
「覗きじゃないですよ。女湯に“入っていた”んですよ」
蝟は、重くなったのかレントの髪を放す。彼の顔はそのままゲロの中に埋もれた。
『うーん、どうすればいいかなあ』
スケッチブックを掲げた後、蝗が蝟の後ろを睨み付ける。
『何のようだ?』
「私闘は禁じるって言ったんだけど」
そこにいるのは寝巻きの蜜蠭。彼女の寝巻きは黄色い地に、かわいい蜜蜂が壺を抱えている。壺の中身はなんなのだろうか。
「女湯に入っていた変態を捕まえただけだ」
蝟は蜜蠭に抗議する。
「ほう、そうか、じゃあ」
聖を広場に全員集めろ。
そう言い残し、蜜蠭は去っていった。
○○○
広場
広場では火蟻、正義子、蘭央、ステラ、サン、林檎、暗殺、圧殺、刺殺、水殺、自殺がレントを囲んでいる。
「こいつ、どうする?」
蜜蠭が高台から全員に呼びかける。レントの震えが止まらない。まさかあの程度でこんなことになるなど思っていなかったのだ。
だが痴漢は犯罪だ。わはは、きゃーで済まされるわけがない。というか運命はそれで済ませない。だいたい、あの場には幼女と童女がいたのだ。
「我々、聖の家訓を知っているだろうか?」
幼い頃に、研究所に売られた火蟻や暗殺たちは知らない。けれど正義子は知っている。
それは聖という因子を持つものの宿命だと言える。
「悪人には最強の力をもって正義の鉄槌を!」
正義子は唱える。
「そうそう、正義子ちゃん、正解」
蜜蠭は拍手をする。
裸のレントは恥ずかしさではなく寒さで震えていた。
「あれは、俺が悪いんじゃない! 暖簾が!」
レントは震えながらも抗議するが、
「気づいた時点ですぐに謝って出ればいいだろう。だいたい普通は気づく。違うかな」
火蟻の目は赤くないものの、笑ってはいない。
「こいつをどうしようか、みんな!」
蜜蜂が叫ぶ。皆口々に、拷問だ、処刑だ、地獄送り、抹殺等々、罵声が上がる。
「なんかこうやって、よってたかるのも悪党みたいじゃないですか」
ステラが声を挟む。レントは味方を見つけたと思った。
「そこで、この中で一番強い方がこれをどうするか決めませんか」
ステラが提案する。
「じゃあ、自分がこの中で一番強いと思うものは前へ」
蜜蠭が宣言する。
前に出たのは火蟻、林檎、自殺。正義子やステラも一歩前に出ようとしたが、火蟻を見てやめた。
「じゃあ、この中で一番強い人を決めましょう。ここで勝ったら、レントくんを自由にする権利と、その勝った人のチームに十ポイントボーナスってことで。他のみんなは下がって」
レントを囲む輪が大きくなる。
「エクストラステージ 聖最強決定戦、開始!」
○○○
女神の加護が弱まっていく。女神が弱まっているのかそれとも……。




