第四章 雨の日の昇降口には、山賊が潜んでいる
「……はぁ。またない。嘘でしょ、これで今月三回目よ? 私のビニール傘、持ち手にちゃんと黒い悪魔の羽のチャームつけてたのに、なんでピンポイントで盗んでいくわけ!? これだから雨の日は大嫌いなのよ……」
「お、山崎さん、傘ないの? ……あ、これ、もしよかったら使って。俺、駅までダッシュするからさ! っていうか……その、もし嫌じゃなければ、俺の傘、一緒に、入る……?」
「……(……き、きたあああああ! クラスの爽やかセンターこと、いつも制服の着こなしが爽やかな速水くん! 雨の日の昇降口で相合い傘の提案とか、少女漫画の王道イベントの過剰摂取で鼓膜が破裂しそう! しかもちょっと照れながら自分の傘を差し出してくれてる……! ここは素直に甘えて『ありがとうございます、お言葉に甘えて……』って——)」
「……置いていけ」
「えっ……?」
「……(ち、違う! 私、今なんて言った!? 違うの速水くん、私はあなたの相合い傘の提案に大賛成で、でも駅までダッシュさせるのは申し訳ないから『傘を貸してくれるなら、明日ちゃんとお返しします』って言いたかっただけなの! なんで『置いていけ』の五文字に圧縮されたのよ!?)」
「あ、あの、山崎さん……? 目、めちゃくちゃ据わってるし、傘の柄を握る私の手に、あんたの指輪ジャラジャラの拳がめり込んでるんだけど……。こ、これ、奪い取ろうとしてる……?」
「……早く」
「ひっ……! う、海のモズクにされますッ!! どうぞッ!!」
「……」
「……行った?」
「……うん。速水くん、鞄を頭の上に乗せて、土砂降りの校庭にものすごいスピードで飛び出していったわよ。あんな綺麗なヘッドスライディング、甲子園でも見ないわ」
「……。……。……うわああああああああああああああああん!!! なんで!! なんで私はあそこで『……置いていけ』とか言っちゃったのよおおお!!! 完全に山賊! 雨宿りしてる旅人を脅して身ぐるみを剥ぐタイプの、絵に描いたような悪質な山賊だったわよ今の!!」
「あはははは! もう最高! あいり、あんたビニール傘を一本盗まれた腹いせに、クラスの爽やか男子から高級なジャンプ傘をカツアゲしたの? ギネス級の強欲じゃん」
「一ノ瀬ぇ……! 違うのよ! 相合い傘! 私は速水くんと一つの傘の下で、肩を寄せ合って『雨、凄いですね』って微笑み合いたかったの! それなのに、なんで私の口は、目の前の傘を物理的に強奪する命令しか出せないのよおおお! これじゃただの追剥よ!」
「いや、あんな必死な顔で『置いていけ』って言われたら、誰だって命の危険を感じて傘を献上するって。おかげであんたの傘、めちゃくちゃ立派な骨組みのやつになったじゃん」
「嬉しくないわよ! 明日これ、どんな顔して返せばいいのよ!? 絶対『昨日は傘の提供、ご苦労』みたいな、悪の組織の幹部みたいなセリフが出ちゃうに決まってるわ! あーあ……速水くんの制服の袖、ちょっと濡れててかっこよかったな……。家帰って速攻で猫の動画見て、泣きながらこの傘をお風呂場で洗って乾かすわ……」
「はいはい。明日返すときは、せめて般若の笑顔にならないように気をつけなよ」
「もう嫌、雨の日は私の不器用さが物理破壊力に変換されちゃう……! 誰でもいいから、この強奪された傘の奥にある大賛成のYESを見抜いて、無理矢理にでも『宜しくお願いします』って言わせてよ……!」




