第85話 インキュバスの女難
コアのヤツからの報告で、俺様が先ほど差し向けた女どもが全員やられたと聞かされたが、あいつらの胎に仕込んでいた眷属虫からの映像を見ていたから知ってる。
やって来た敵は三人で男とが二人に女が一人。あいつらの背中から蝙蝠みたいな翼が生えてたから、サッキュバスたちと同じ様な魔族で合ってるだろう。
最初に80匹も差し向けたサッキュバスのうち、4分の3くらいをお下げ髪の貧相な女一人に撃ち落とされたから、敵の最大戦力はコイツだと考えていたが同行していた男二人もなかなかヤバかった。
特に銀髪のロン毛野郎にやられたサッキュバスは胎に寄生させていた眷属虫からの反応が消滅したから、それを別のサッキュバスに確認させると、腹に一発食らっただけで特に変わったスキルが使用されていた形跡は見当たらなかった。
(スキルじゃ無いとすれば別の何かだという事になるが、一体何をされたんだ?)
だが銀髪ロン毛野郎によって、気を失っていたサッキュバスたちが次々と腹を刺されて中に居た眷属虫が消滅させられるのを感じたが、宿主が動けない状況では何も出来る事は無かった。
(サッキュバスはあと100体くらい居るから、ダンジョンに入って来た時に罠を掛けてやっつけてやる!)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして、あの3人がダンジョンまでいとも簡単に辿り着いてしまったようだが、そこで仲間を呼んだみたいだな。
(俺様が居る場所に女を増援に呼ぶとか、こちらの事を調べてないのか?)
野郎二人はどうでも良いとして、俺様のサッキュバスたちを一度に50体以上も落として見せた貧相な女は手に入れておきたいが、後からやって来た3人の女はどれも別嬪揃いで、どの女も俺様の奴隷に相応しい美女たちだった。
紫色の髪をしたサッキュバスの女は、今も抵抗を続けてなかなか堕ちない赤いドレスの女に似てる気がして、なかなか楽しめそうだと思った。
次に黒髪ショートの女だが、連中の話し声を聞いてると『ボクっ子』みたいで顔も余り好みでは無かったが、あの真面目そうな雰囲気が俺様を羽交い締めにしやがった女刑事に似ていたから、こいつは精神がボロボロに崩壊するまで繰り返し復讐してやらろう。
最後に銀髪の女だが、サッキュバス以上にエロい身体をした人間が居る事をこの日初めて知った。あの女だけは絶対に逃さない……そう心に誓った俺様は連中をバラバラにする為、コアのヤツに命じて転移トラップを発動させた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あれ? ここはどこ……それと、みんなは?」
俺様が居たコア・ルームから一番近くに転移した黒髪の『ボクっ子』女の元へ向かうと、仲間から離れて一人になったのが余程不安なのか、しきりに周囲をキョロキョロと見回していた。
「顔:並、胸:微妙、足:まぁまぁ、と言った所か……サッキュバスたちを見慣れたせいか、普通の人間にしては頑張ってる方だな」
「む、む……」
「何だ、俺様を恐れて何も言えないのか?」
「む、む、む……」
「む?」
「胸が微妙だとぉ!?」
女の目を見て魔眼で魅了しようとしたその時、相手の瞳から強烈な光が発せられて俺様の網膜が焼かれる。
「目が、目がぁ~~~!!」
なんだコイツは?!
「ふひひ……ボクの乙女心を傷つけた代償は、命で贖って貰うしか無いよね?!」
光っていたのは女の目だけではなく、いつの間にか手にしていた白銀色に輝く聖剣が眩い輝きを放っており、俺様がそれを見た時にはもう全てが手遅れな状況となっていた。
「ヒィッ!!」《転移します》
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
……危なかった。コアのヤツが俺様のピンチを察して転移してくれなかったら本当にヤバかった。
そもそも、あんな男女みたいなヤツは俺様の好みじゃないから、ダンジョンの最下層に閉じ込めたまま、永久に歩き回らせて疲れ果てた頃を見計らって先ほどの復讐をさせて貰うとするか……。
そうと決まれば次だ次!!
コアのヤツが転移させてくれたこのフロアには、確か紫色の髪をしたサッキュバスが跳ばされていたはずだ。
それにサッキュバスならこれまで何人もの女たちに復讐してやったから、こいつも直ぐに俺様がヒィヒィ言わせてやるから楽しみに待ってろよな。
《マスター、次の獲物がすぐ近くまで来ています》
コアのヤツの案内があるお陰で、こっちからはいつでも獲物の位置が判るから、先ほどのように余程危険な相手でも無い限り一方的に奇襲する側の俺様が負ける理由は無い。
ダンジョンの十字路で耳を澄ませば、遠くから靴音では無く風を切る音が聞こえて来たから獲物が飛んでるのが判る。
「スパイダーネットを出せ!」
《了解》
タイミングはコアのヤツが合わせてくれるから、何の考えも無く仲間を探して焦った様子の獲物が、突然通路を塞いだ網に掛かって身体が捕縛された姿を想像すると身体が熱くなってきやがった。
俺様は透明な蜘蛛の糸に絡め取られた美女のあられもない姿を思い浮かべながら、あのエロっちいレオタードに包まれた美しい身体にどのように復讐をするか、そのアイデアで頭がいっぱいになっていた。
だが飛んで来たのがサッキュバスでは無く黒くて巨大な大剣だったと気付いた時は既に遅く、右肩をザックリと貫かれて右腕ごと持って行かれてしまった。
「ぐふぅっ!! 何が起こった!?」
コアのヤツからは紫髪のサッキュバスが来ると聞いていたはずなのに、ダンジョントラップのスパイダーネットを突き抜けて来たのは別の何かで、そいつを目にした瞬間に急カーブを描くように飛来して俺様の右肩をザックリと抉り取ったのは黒い大剣だった。
そんな無機物から声が聞こえた気がしたのは、予期せぬ大ダメージを負って気が動転してるからなのか?
「ちぃっ! 妾とした事が、外してしまうとは何と田舎者じゃ。じゃが誰にも見られていなかったのが幸いじゃったな」
何処かから寒々とした声が響く。
透き通るような美しい声色だけに感情の一切を削ぎ落としたようなそれは、余計に研ぎ澄まされた殺意だけがギラギラと伝わって来る。
さっきの田舎臭い黒髪女もそうだったが、コイツら全員武器なんて持って無かったはずなのに一体何処から持ち込みやがったんだ?
せっかく俺様の魔眼で魅了し、無抵抗に泣き叫ぶ声を聞きながら死ぬまで復讐してやろうと思っていたのに当てが外れちまった。とにかく腹が立つ。
コアのヤツが俺様への報告を怠ったのか? いや、それは無い。俺様がサッキュバスどもへの復讐を続ける限り、ヤツは俺様の味方をすると言ってたからな。
背後の壁に深々と突き刺さった黒い大剣が6枚の黒い翼を羽ばたかせて其処から抜け出すと、空中で再び切っ先を俺様の方へ向けて狙いを澄ませたのが判った。
(う、殺られる!?)
そう咄嗟に閃いた瞬間、俺様の身体はまた別の階層へと転送されていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ふぅ……本当にヤバかった。殺されるかと思ったぜ」
またコアのヤツが俺様のピンチを察知して、次の獲物が居る階層に転移してくれたみたいだが、先ほどまでの女どもはなかなかの強敵揃いみたいだった。
でもあと残ってるのは、どう見てもパッとしない見窄らしい魔術師の女と、どう考えても荒事が苦手そうな巨乳女だけだから近づいてしまえばこっちのモノだ。
ただ、先ほどの黒い大剣に刳り取られた右肩から先を失っているから、これを何とかするのが先だ。
「おい、この腕が直せる薬を送ってくれ」
《了解、エリクサーが入った宝箱を出現させます》
この様にマスター権限を使えば、ダンジョンの中で重傷を負っても直ぐに回復出来るから、あれしきの傷を負わされた程度では俺様の復讐は終わらない。
俺様は宝箱を開けて中にあった紫色の小瓶を掴もうとしていたのだが、何しろ腕が一本しか無かったので扉を上まで開けた時に、ダンジョンの石畳を突き破って現れた骨の手に横合いから小瓶を奪い取られてしまった。
「何でスケルトンの腕が?!」
「ただのスケルトンやないで?」
「誰だ!?」
「あんさん、ここで相当なワルサをしていたようやな?」
俺様の背後数十メートル先に立っていたのは、灰色の髪を無造作に二本のおさげにまとめた貧相な身体をした残念な女。
「ジロジロ見ぃひんといてくれるか? ウチの身体はみんなロードはんのモンやからな」
そんな心配せずともお前みたいな痩せっぽち女なんて、俺様のコレクションには相応しくないと言ってやりたかったが、ジクジク痛む右肩と失ってしまったはずの右腕が痺れる感覚が俺様の深い思考を邪魔する。
「さぁ、みんな出番やで! 出て来いやぁー!」
何が出番だ、ここには俺様とお前しか……。
貧相女の声が誰も居ないはずの通路に響き渡ると、石造りの壁や石畳の床を突き破って骨の腕や足が生えて来た。
「コア、今直ぐサッキュバスたちを送ってくれ!!」
《了解、奴隷111号から130号まで転送します》
次々と実体化するサッキュバスたちに俺様を守るよう命令するが、周囲から湧き出てくる無数の骸骨戦士の数に圧倒される。
「コア、ケチケチせずに全員送って来い!」
《了解、奴隷131号から200号まで全員発送します》
いくらファンタジーの知識が弱い俺様でも、スケルトンがスライムと同じくらい弱っちい魔物だと言う事くらいは知ってる。
さっきは出て来た数に圧倒されてビビってしまったが、この十字路を埋め尽くすほどのサッキュバスが居れば恐れるほどの事では無い。
「サッキュバスどもよ、俺様を守る者以外は全員あの女を痛めつけて捕まえて来い!」
「ロードはんから貰うた龍牙兵が、サッキュバスなんぞに遅れを取る訳無いやろ?」
戦う相手から魔力をドレインして弱体化させながら、奪った魔力で身体強化を行い、そして余った魔力を放出系の攻撃魔法に変換して魔族でも有数の強さを発揮するはずのサッキュバスたちが、何故か相手の魔力を吸収した途端苦しみ始めて逆に弱体化させられる結果となった。
「こんなバカな話があるか! 俺様が女に負けるはずは無い!!」
そうだ、これは何かの間違いだ。女に対して絶対的な力を持つ俺様に逆らえる女なんて居なかったし、これからも居ないはずだったが、ここでふと疑問が浮かぶ……。
(俺様の能力は『女』に対して滅法強いが、あそこに居る『女を捨ててるヤツ』には余り強くないのかも知れん。もしそうなら、ここは一度撤退して作戦を練り直さねば!!)
それこそ無限に湧き出てくるかと思える敵のスケルトンどもに、グルリと周囲を取り囲まれて身動きが出来なくなった頃、またしてもコアのヤツに救い出される結末となった。いや、なってしまった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
この異世界に俺様の能力が効かないヤツラが居る事は知っていたが、それは魔族の中でも強者とされるサッキュバスの奴隷を増やして数の暴力で圧倒すれば問題にならないはずだった。
せめて地上に住む女ども全員を俺様の奴隷にしておけばと後悔するが、今はそんな事を言ってる場合では無い。
「ゼェゼェ、ハァハァ……」
肩で息をするほど体力を失ってしまった俺様だが、あそこに居る人間の女くらいなら今のコンディションでも十分だ。
俺様はやっと視界が戻ってきた魔眼を使用し、銀髪ロングの巨乳美女を睨みつけてやると相手の動きが止まった。
「やっと俺様の力が通用した。コイツの胎に俺様の白い眷属虫を仕込んで奴隷にしてやれば、人質に出来そうだな」
銀色のロングストレートヘアに輝くような金の月桂樹の髪飾りが良く映える。
顔の造りもパーフェクトに俺様の好みで、真っ白な肌に対比するような漆黒のローブが良く似合っており、胸元はまるでテントのようにピーンと張り詰めている。
こんなけしからん身体をした女には、余ほど念入りに復讐してやらないと俺様の気が済まない。
俺様は女に歩み寄って、けしからん二つの膨らみの大きさと柔らかさを堪能しようと手を伸ばした瞬間、逆に手首を掴まれて女に引き寄せられると同時に蟀谷を鷲掴みにされて、頭蓋骨が軋むほどの激痛を味わう事になる。
──ミシリ!!
「うぎゃあああああああああ!!!」
何なんだコイツは?! ふくよかな体と優しい笑顔を振りまいて一番か弱そうな女だと思ったのに、こんな握力はありえんだろ?! お前は俺様に復讐されて胎の中に俺様の白い──ミシミシッ!!
「私のお腹に、白い何を仕込むつもりだったのですか?」
顔面を掴んでいる指の隙間から見えた女の顔は、首を傾げてた天女の如き笑顔なんだが目だけは笑っていなかった。
女は俺様の目を見つめたまま右手に更なる力を込めて、俺様の眼球ごと蟀谷の骨を砕いて顔面の筋肉ごと抉り取ってしまった。
「うがああああああああああ!!!」
俺様の上げる絶叫を余所に女が次に掴んだのは俺様の首。
「小うるさいので黙らせて差し上げましょうか」
コイツはヤバイ! 見た目が一番マトモそうだったのに、一番近づいてはいけない相手に不用意に近寄ってしまった。
「おい、コア、早く俺様を転移させろ!」
《身体を掴まれたままだと、その女ごと転移する事になりますが宜しいですか?》
宜しい訳無いだろ!! もっと状況をよく見て考えろ!! マスターの俺様がピンチなんだぞ?!
「グボッ!! ヒューヒュー!!」
喉の声帯を握りつぶされた俺様は、満足に言葉を発する事も出来ない状態へと追い込まれる。
(何故だ?! なぜこの女には俺様の魅了が効かなかったんだ?)
「フフフ、その顔は私に魅了が効かなかったのが、よほど納得いかないご様子ですね?」
「だぜぞどごどを?」(なぜそのことを?)
「私たちは、もっと魅力的な方にずっと魅了され続けてますから、貴方程度ではとてもとても……」
この女に俺様の魔眼が効かなかったのは、既に別の男に魅入られていたというのが理由らしいが、女に対して絶対的な能力を持つインキュバスより強力な魅了を持つ相手とは一体何者なんだ?




