第84話 インキュバスの脅威
オレがこの異世界へやって来たのは、元の世界で何もかもが嫌になって、世の中に仕返しをしてやろうと考えたのが事の始まりだった。
ロクでもない両親の子として生まれた俺は施設で育った過去を持つが、その人生は差別と侮蔑に塗れたモノだった。
そんな俺に友人や親しい異性など居なかったが、それでも暗い欲望だけが一人歩きをして、ある時自分より弱い女……それもまだ少女の面影が残ってる女を拐って人生初めての復讐を果たした。
泣き叫ぶ女に暴力を振るい、相手が泣き叫ぶ声を聞く度に得も言われぬ快感が全身を走るあの感覚を知ってしまった今、もうそれを忘れる事なんて出来ない人間になってしまった。
最初は怖かった。でもその抑圧された感情がその後に味わう開放感を何倍……いや何十倍にも膨れ上がらせたあの感覚が忘れられず、今は普段から次の獲物を探して歩くのが日課となっていた。
俺より力が弱くて気が小さい根暗な女がいい。できれば反抗する力を持たない幼い女も良いが、たまには生意気なグラマー女も犯ってみたい。
もう何度も復讐を果たした経験から狩人の如き鋭敏な嗅覚を持つに至った俺は、獲物の選別眼に並々ならぬ自信を持ち始めていた。
この頃になると、いくら外見がイケイケで強そうな女を気取っていても暴力を振るってやれば直ぐに大人しくなるか弱い女を見分けられるようになっていて、もう大人の女を見ても怖いと感じる事は無くなっていた。
だから失敗した。
まさか、あんなショボクレた未通女い女が、捜査一課の刑事だなんて、俺も焼きが回ったものだ。
(俺がこれまでに復讐してやった女の誰かが、卑怯にも警察にチクりたがったんだ!)
人生の被害者たる、この俺様に向かって犯罪者の汚名を着せるとは何て酷い奴らだ。
こうして身バレした俺はネットに個人情報を晒されてしまい、働いていた工場へも行けなくなると住んでた社員寮にも帰る事が出来なくなった……そして友達の一人すら居ない俺には、もう行く場所など何処にも無かった。
そしてブサイクな女と駆け寄って来た数人の刑事に取り押さえられた俺は、この世とオサラバする事にした。
捕らえられて暴れてる最中に自分の舌を噛み切ってやったんだ。
自分の舌に歯が食い込んだ瞬間、その激痛に目眩を覚えるが何という事はない。俺の意識は口から脳へ送られて来る痛みの信号よりも、この腐った世の中から逃げ出す事が出来る満足感の方が勝っていたからだ。
舌の血管から湧き出して来る血を口いっぱいに含んでから刑事どもに向けて吐き出してやった。すると被害者の俺様を捕まえていた女刑事の顔が真っ赤に染まり、驚愕して俺様を拘束していた力が緩む。
まだ口の中がジンジンするが構うものか。このまま暴れ続けて出血が続けば、完全に俺の逃げ勝ちだ。
あの時のアホ女のポカンとした顔が忘れられない。
(アホが。血が着いたくらいで、何を驚く必要があるんだ?)
この時も口からの出血を早める為にメチャクチャ暴れていたら、たまたまだと思うがアホ女の眉間に俺様の肘打ちが綺麗に決まって、相手の意識が飛んだ瞬間に蹴り出した踵が女の顎に入った。
アホ女の体格が小柄だったのが災いして、あいつが道路脇にあった電柱へとぶつかって真っ赤な染みを引き摺りながら地面に倒れて動かなくなった。
それを見て怒りに我を忘れた別の刑事どもが俺様に更なる乱暴狼藉を働いた結果、舌のケガ以外に全身打撲による内臓破裂と大量吐血により俺様のクソみたいな人生が終わりを告げる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ここは……何処なんだ?」
確かに俺様は刑事どもの暴行によって、その生命を奪われたはずだった。それなのに今は石造りの地下のような場所に一人で立っていた。
《ここは夢魔の地下迷宮。貴方はマスターとして転生されました》
(夢魔? ダンジョン? それに俺様がマスターだと?)
《私はダンジョンコアのシステm─「そんな事ぁどうでもいいんだよ!」
もう終わったはずの人生がまだ続いてるなら、俺様の復讐もまだ終わってないって事だ。それなら犯る事なんて一つしかないだろ?
「この俺様がマスターって言う事は、この辛気臭いシミッタレた『だんじょん』とやらが俺様のモノっていう事で合ってるんだよな?」
コアと名乗るコイツが言うには、人知れず捨てられて死んだ何人もの子供たちの怨念がこの『だんじょん』とやらに渦巻いており、最後の赤ん坊の生命を依り代に死者の願いが召喚術式のエネルギーを生み出したと聞くが、それが一体どうしたと言うんだ?
そう言えばあれほど痛かった全身の怪我はもう完全に治っており、それと同時に皮膚の色が真っ白になっていたからコアのヤツに理由を聞いてみると、俺様はもう前世の人間では無いと聞かされた。
(そうだ完全に思い出したぞ! 俺様は元の世界での復讐を邪魔されて、女刑事を一人あの世に送った事で周りの刑事たちの怒りを買い、全員からリンチを受けて殺されたんだった)
獲物を装って俺様を騙したあの女刑事には思う所もあるが、俺様を殺した犯人どもに罪を償わせる手段が無いと知った時の絶望を、誰かにぶつけてやらないと俺様の気がすまない。
《それでしたら、上の街に住む女どもに復讐されては如何ですか?》
「上の街だと? そこに女が居るのか?!」
コアのヤツが言うには……上の街には女だけの種族が住み着いて居て、この俺様を召喚する切っ掛けになった赤ん坊の恨みを晴らすべく、復讐を手伝って欲しいと聞いた俺様に否は無かった。
(復習なら俺様に任せておけ)
それに生まれ変わった俺様の身体は、上の街に住む女たちに対して一方的に命令できる能力が備わっていると聞いたから、もう試さずには居られない。
幸いな事に、俺様を召喚するに至った哀れな赤ん坊のまだ若い母親が罪の意識に苛まれたのか、このダンジョンへノコノコやって来た時に、コアのヤツが教えてくれた通りにやってみるとこれが上手く行った。
なに、簡単な事だ。
女の背後から近づいて羽交い締めにしてやったんだが、コアのヤツが相手の目を見ろというから覗き見てやると、目の前の女がボーっとして動かなくなったから女の身体を俺様の思うようにしてやったが、その最中に女が泣き叫ぶどころかピクリとも反応しなかったから、これでは全く復讐してる気分には成れないとコアのヤツにクレームを入れたんだ。
すると相手の目を見るだけじゃ無く、瞳の奥にある視神経を通じて脳の中に侵入する事を教えられたんだが、現実では全く動かず人形みたいだった女が夢の中では俺様の復讐を嫌がるどころか嬉々としてとして受け入れ、これまでとは全く違う復讐の結果に戸惑いを覚えたほどだ。
コアのヤツが言うには、相手の精神まで手に入れてこそ本当の復讐が完成すると教えられると、これまでの復讐が児戯に等しく思えてきた。
この感覚は過去に多くの復讐をして来たどの経験とも違っていて、女の胎内に俺様の『眷属虫』を寄生させる事で相手の精神を完全に服従させる事が出来るようになった。
そして俺様はこの能力を使って上の街に住む女たちを、俺様の忠実な奴隷にしてやろうと計画を進めた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「くそっ!!」
何と言う事だ! もうかれこれ200人くらいの女を俺様の奴隷に仕立て順調に事が運んでいたと言うのに、上の街に住む女たちに怪しいと感づかれたのか調査班が送り込まれて来た。
コアのヤツが設置した罠を使って一人ずつ確実に女の胎に『眷属』を仕込んでやってる最中に、先に屈服させたはずの女たちが一斉に逃げ出したとコアのヤツから緊急連絡があったが、なかなか屈服しない女に復讐が上手く進まず他の事に注意が向かなかったから、かなりの数の女どもに逃げられてしまった。
即座に目の前に居る女の復讐を中止した俺様は『眷属虫』たちに念話を送ったが、女の胎の中でまだ十分に成長しきっていなかった『眷属虫』たちは、誰一人として俺様の命令に応える事は無かった。
だが、あの女たちの胎内に居る俺様の『眷属虫』が十分に成長すれば、頭の中から聞こえて来る俺様の命令を無視出来なくなるから、このまま放っておいても時間が解決してくれるだろう。
こうして俺様はダンジョンから逃げ去って行った女たちに興味を失い、今もまだ抵抗を続ける赤いドレスの女に復讐を続ける事にした。
この女は他の女どもと違って何やら高貴な雰囲気がするいい女だったから、念入りに復讐をしてやって俺様の言いなりになるまで心と身体を甚振ってやろう。
それにまだ地上には数えられないくらい多くの女が居るみたいだから、そいつら全員を完全に支配する為に、既に俺様の奴隷となった女たちを地上へ差し向けて新たな女を連れて来るように命じておいた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
《マスター、このダンジョンに正体不明の飛行物体が近づいて来ます》
「飛行物体だと?」
コアのヤツが言うには、この世界には魔術や魔法が存在しており、単体での飛行が可能な種族がそれなりに居るらしい。そう言えば、この上の街に住む女たちも空を飛べたっけな。
元の世界のジョーシキで考えると、飛行能力っていうのは生物の機能としてかなりのリソースを割いてるはずだから、飛行が出来るからと言ってそれが必ずしも強者だとは限らない。
それでも慎重には慎重を期さないと、前世での失敗をここでも繰り返す事になるから、そんなのはもうゴメンだ。
「そうだ、隷属が終わったサッキュバスたちを迎撃させろ。まだ一度も実際に戦わせた事が無かったから、ここで俺様の奴隷たちの実力を見ておこうか」
《了解。奴隷1号から80号までに出撃を指示します》
やっぱ人間の業から切って離せないのはエロと暴力だ。俺様のスキルで隷属させた女たちが、俺様に代わってこの世界に復讐するシチュエーションを思い浮かべると、何だか胸が熱くなってきた。




