第83話 夢魔の迷宮へ
あれは、まだドロシーやプリンたちの冒険者パーティが、ショコラの地下迷宮を攻略しようとやって来た時、不死者となった彼女たちから『特異点』について聞いた事があった。
そして、その『特異点』が複数確認された事でアルニード教国の聖堂騎士団が方々へ出向いた結果、当時神官だったプリンに同行可能な教会の騎士がアイゼン一人しか居らず、教会からの依頼で冒険者ギルドから派遣されて来たドロシーたちとパーティを組む事になったと聞いている。
そしてシンディの故郷であるサッキュバスの街に、彼女たちの天敵とも言えるインキュバスが突然現れて未曾有の危機となり、偶然とは言えナーシャたちがクロノの地下迷宮までやって来て助けを求められ、それをクロノが自分の判断で彼女たちを助けたのは良い事だと思ってる。
だがサッキュバスの街を侵略し終えたインキュバスが、他の街へと侵食の手をを伸ばして来る可能性が大きく、このまま見過ごせば必ず何処かで今より確実に膨れ上がったヤツの脅威と相見える未来しか見えないので、ここは早めに潰しておきたいが、オレの大切な花嫁たちを派遣するには敵との相性がメチャクチャ悪い。
最悪のケースを想定するならオレの大切な女性たちの胎内に、あの悍ましい謎生物を仕込まれて隷属支配される可能性が否定出来ないからだ。
だがこのまま放置しておけばいつか必ず多大な代償を支払うハメになるのは間違い無く、今の早い段階でインキュバスだけは討伐しておきたい。
それからクロノのダンジョンへ向かっていたユナとフェイの二人には、ショコラから通信用ピアスを通じてサッキュバスの街へ向かって貰っていたのだが、敵の正体がインキュバスだと解った時点で城への帰還を指示しておいたから、今頃はこちらへ向かってる最中だと思う。
サッキュバスの地下都市は以前に訪れた事があるので、ショコラの案内さえあれば何時でも行く事が出来るのから、早速今回出撃するメンバーを考えてみると、それがなかなか難しい。
条件として、最初に挙げられるのは男性メンバーである事。
それはインキュバスが持つ魔眼などの能力が女性に対して特に効力を発揮するからで、もし敵の魅了に掛かってしまえば最悪の事態が想定される。
そして次に必要な条件は飛行や転移など、移動能力に優れている事。
これは城にある転送魔法陣からクロノのダンジョンまでは瞬時に行けるのだが、そこからサッキュバスの街までとなると、まだかなりの距離があるから只でさえ移動が困難な深い森の中を歩いて進んでいたのでは、いつになれば到着出来るか判らない。
だが、これらの条件だと攻略に同行できるメンバーが居なくなってしまう。
街に居るデッドエルフの部隊はほとんどの者たちが飛べない死鬼ばかりだし、フーカの村に居るアルフィリオ、ベルムント、クリディオたちなら辛うじて条件をクリアできると思うが、その三体もリンたちの様に自由自在に飛び回って空中戦ができるほどのレベルでは無かった。
そして辛うじて飛べる程度であれば獅子獣人のレオンと弓士のクロウリーも行けそうな感じではあるが、オレの飛行速度に合わせて同行するのはとても無理なレベルで、リビングアーマーのアイゼンに至っては重量オーバーで飛ぶ事すら出来ない状況だった。
結果として、先ず最初にオレがドロシーと一緒にサッキュバスの街付近まで移動して、そこでドロシーが転送魔方陣を設置して残りの男性メンバーを送って貰うのが良いだろう。
隷属支配されているサッキュバスたちを助けるには、ディアたち治癒魔法が使えるメンバーを同行させた方が良いのは理解してるが、うちの大切な花嫁たちを、インキュバスの目が届く範囲に置いておきたくないのはオレの我儘なのだろう。
「……と言う訳で、ドロシーだけ一緒に来てくれ」
「転送魔法なら、ウチに任しとき!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ロードさん、また助けて貰って、すみません……」
クロノの地下迷宮まで転移魔法陣で移動した時、『サッキュバスを助けると決めたのは僕ですから』と、エリーゼが聞けば嫉妬するような天然発言をするクロノも一緒に付いて来た。
「これは、うちに居る女性たちの安全の為だから気にするな」
「ウチのために頑張ってくれるなんて、なんか幸せな気分やわ〜」
(ドロシーの為だけでは無いんだけどな……)
いくら女性が大好物のインキュバスでも、ドロシーみたいに女っ気の無い痩せっぽちのリッチに変な気は起こさないとは思うが、今それを言って彼女の機嫌を損ねる必要は無い。
これはドロシーをディスっているのでは無く、実験室と言う名の『ゴミ屋敷』に籠もってばかりの彼女は、せっかく元の素材はそこそこ良さそうなのに女性らしい洒落っ気が全く無く、かと言って化粧をする訳でも無いし、寝癖がついたままの髪に昨日と同じ薄汚れた白衣姿を毎日見せられていれば、ドロシーが如何に残念な女か分かると言うものだ。
「ロードさんの幻血召喚があれば、ドロシーさんを態々危険な場所までお連れする必要は無かったのでは無いですか?」
「それなら、お前と二人で目的地に着いたとして、オレは誰の血を吸えばいいんだ? 最初に断っておくが男の首筋に噛みつく趣味は無いぞ?」
「そ、そうでしたね。俺もロードさんに血を吸われるのは何か嫌ですね……」
「ウチの血やったら、いつでもかめへんで。ささっ、ググっといきや!」
こうしてクロノと他愛のない話をしながらサッキュバスたちの街へ向かって飛んでいると、向こうからサッキュバスの一団が飛来して来る事に気がついた。
「ロードはん、アレ見てみ。もう敵さんがやって来よったで」
もうそろそろ敵の防空識別圏内に入っていたようで、まだサッキュバスの街までは少し距離があるがオレたちの接近に敵方も気がついたみたいだった。
いくつかの小隊が大きく三方向に別れて正面の部隊のみがそのまま前進し、左右に別れた部隊は大きく迂回させてオレたちの側面か背後を突くつもりだろう。
オレとクロノそれにドロシーも居るからサッキュバス如きに遅れを取付理由など無いが、敵はインキュバスによって未知の強化が施されている可能性もあるから、ここは気を抜かずに対処しておこう。
「先ずは小手調べや! 自動追尾式ファイアーランス・ロックオン! とりあえず3方向へ20発ずつの合計60発飛んでけー!!」
まだかなりの距離があるにも係わらず、ドロシーが小型ミサイルの様な形をした炎系攻撃魔法を射出する。
敵がそれを見て回避するには十分な距離があるから、飛来する法撃を目視で避けながら飛行ルートを変えてみたが、相手が回避行動を行った分だけ炎の槍が角度を微調整しながら追尾して行く。
そして飛来する炎の槍を避けられないと判断したサッキュバスが、反対属性の氷系魔法で迎撃したり、またシールドを張って身を守ろうと行動を起こすが誘爆した際の威力が凄まじく、魔法を放った者は生身のまま吹き飛ばされ、魔法で防御した者はシールドごと破壊されて吹き飛ばされて行った。
中には自分の分身を幻影魔法で創り出して逃れようとした者も居るが、ドロシーが放った自動追尾式の攻撃魔法も枝分かれして敵の幻影ごと本体を貫いてしまう。
ドロシーのたった1回の攻撃魔法によって壊滅的ダメージを受けたサッキュバスたちが、次々に撃墜されてその数を減らしていくが、まだ全滅した訳ではない。
「残った敵は俺に任せて下さい!」
魔法職のドロシーの護衛にはオレが残り、生き残った敵部隊へ向けてクロノが単騎突撃する。
だがインキュバスのヤツも、オレとクロノのようなラスボス級が最初からやって来るとは考えていなかったようで、敵の先発隊を務めたサッキュバスたちの強さはそれほどでも無かった。
女には甘いクロノの事だから間違ってもサッキュバスを殺すような攻撃はしないと思うが、手を抜いていれば強烈な反撃される危険もあるから、相手を殺さないように気を付けながら無力化するには余計な時間が掛かってしまう。
「ウォーターボールやと攻撃力が足らへんし、ウィンドカッターやと後で治すんが面倒やな。う〜んどないしよ。そや、雷撃やったら麻痺するさかい一石二鳥やないか?!」
「オレもちょっと迎撃して来るから、危なくなったらちゃんと逃げろよ? ほいテレポっと!」
ドロシーが正面に居る敵部隊に雷撃魔法バルボルトを放つ前に、短距離テレポートで右側から飛来する敵部隊に接近して行く。
このサッキュバスたちはシンディと同郷なので、出来れば無闇に殺す事はせず意識を失わせて無力化しておきたい。もし殺した相手がシンディの知り合いとかだったら後で顔を合わせ辛いからな。
サッキュバスたちは皆一様に美人でスタイルが良く、しかも肌の露出が多いセクシーなボディスーツを身に纏っているから、その大きく剥き出しになったウェスト部分に向けてオレが得意な『腹パン』喰らわせてやれば簡単にケリがついてしまう。
「テレポ腹パン! テレポ腹パン!……」
こうして相手に何もさせないまま一撃必殺の腹パンで各個撃破して行けば、ものの数分で全機撃墜する事が出来た。
「さすが、ロードさんの腹パンはもの凄く強力ですね!」
よく技がどうとか聞くがそれは同じくらいの能力を持つ者同士の話で、オレの様にレベルとステータスが圧倒的に勝っている場合だと小手先の技など必要無い。
相手より先に感知して、相手より早く動けて、相手より強い力があれば、技などいくら磨いても無駄とは言わないが、それだけでは覆せないレベルの壁が存在する。
ラノベやマンガでは主人公が何度負けてもそこから這い上がって行く物語が描かれるが、リアルなら一度の敗北で全てが終わる。
オレやクロノの様なロードクラスを倒したいなら最低でも大天使クラスを連れて来ないと話にもならないが、今回オレたちに敵対するインキュバスの能力については未知な部分が多く必ずしも勝てるとは限らない。
それでもここで見過ごして相手に成長する時間を与えるのは不利益しか無いと考えて、今回の遠征を行う判断をしたのだからな。
それとオレが腹パンを喰らわせてやったサッキュバスたちだが、インパクトの瞬間に人差し指を立てて血爪で突き立ててやったから胎内に潜む謎生物も今頃は死滅してると思う。
その証拠に腹パンをしてやったサッキュバスたちが誰一人として意識を回復しておらず、全員がお腹を抱えて蹲ったまま地面に倒れているが、元から生命力が高いサッキュバスだから今回の事件が片付いた後でプリンたちに診て貰えば良いだろう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さてと、オレたちを迎撃する為に向かって来たサッキュバスたち全員を無力化してから、念の為彼女たちの胎内に寄生してる謎生物を全て死滅させてから、サッキュバスの地下都市への入口がある大樹の元まで無事に辿り着いた。
その入口から中を覗くと地下へと伸びる坑道の様な下り坂が続いているのが見えたが、その道中に敵の気配は感じられない。
「ここでも良いか?」
「ウチは何処でもOKやで」
途中で敵の抵抗に会わなかったせいでここまで来てしまったが、地下都市の入口付近の安全が確保されているのであればこ場所に転送魔方陣を設置しても良いな。
「ドロシー、この転送魔法陣はこちらへの一方通行にしておいてくれ。万一だがこれを利用されてオレたちの城へ侵入されたら面白くないからな。
「大丈夫や、ウチは天才やからそんなヘマはせーへん」
大事な事なので二回言うべきか少し迷ったが、配下を信頼するのも上司の努めだと考えそれ以上の注意はしない事にした。
そんな事を考えてるうちにドロシーが空中に魔法陣を描き終えるとそれが下へとゆっくり降りて来て地面に転写される。あとはこの魔方陣に始動魔力を流せば淡い虹色の光を帯びて使用可能となった事が判る。
「転移魔法陣、『オーバー・ザ・レインボー』設置完了や!」
「ドロシーはこのまま城へ戻って、向こうで待機してる男性メンバーたちを呼んでくれ」
「もう使えるようになったと伝えてあるさかい大丈夫や。ほら、魔法陣が光り出したから皆が来よるで」
淡い光の中に影が写し出されて、その輪郭が徐々にはっきりと浮かんで来る。
今回は男性チームのみで攻略をすると事前に打合せていたはずなのに、最初に到着したのはシンディとディアそれにリンの三名だったのはきっと何かの手違いでもあったのだろうか?
「主殿、待たせたかの?」
「御方様、到着致しました」
「ロードくん、あのね、ボクはちゃんと止めたんだけどディアたちにはやっぱ勝てないや……」
今回の敵は女性に対して特に有効な攻撃スキルを持っているから、城で待ってて欲しいと頼んだはずなんだけどな。
「妾は剣じゃぞ? 性別など元から持っておらぬわ」
シンディの言う通り、彼女の正体は暗黒剣でありオレの最終兵器でもあるのは確かだが、それでも過去の記憶の一部を取り戻したオレに取っては伴侶の一人なので、そんな大切な存在をインキュバスとの戦いに連れ出すつもりは無いのだが……暗黒剣モードの彼女なら話は別だ。
「御方様、この地に救いを求める者が居る限り、闇の聖女たる私が来ないなんてありえません!」
果たして、この地に聖女の救いを求める相手など居たのだろうか?
体内に謎生物を仕込まれた哀れなサッキュバスたちなら確かに居るとは思うが、今回はその原因となっているインキュバスを討伐するのが作戦目的なので、サッキュバスたちの治療は後回しにするつもりなのだが……。
「ロードくん、ボクたち不死者は生前の肉体をそのまま持ってるけど、寿命の概念と生殖行為が必要無いから本来の意味での性別は無いって温泉の時に聞いたと思うんだけど?」
確かにあの時、完成したばかりの温泉で男湯と女湯をどうするかについて議論を行った記憶はあるが、今回の件は別なのだが……。
血族上位者として眷属の者たちに命令するのは簡単だが、この程度の事でそれを下す必要性までは感じていない。
それに以前のように彼女たちの想いが血の契約によるものだけでは無く、本人の意思から出てると考えられる以上はそれを尊重したい。
「インキュバスとの直接戦闘はオレと男性チームのみで当たるから女性チームは支援と補助に徹してくれ」
「ロードくん、判ってるって」
「主殿、了解したのじゃ」
「大丈夫やって、ウチに任せとき!」
「御方様、了解致しました」
それでも今となっては大切な仲間たちというオレの想いだけは優先させて貰って、インキュバスとの直接戦闘には加わらないように言っておいたが何故か不安が残る……。




