第90話 明るい家族補完計画!(序)
「ロードくん、大丈夫?」
「ロードはん、助けに来たでっ!」
「御方様、お待たせ致しました」
オレがシンディの従姉妹であるサッキュバスの女王を診察台から起こしてやってた時、この地下迷宮のトラップで離れ離れになっていた三名の仲魔たちがここへやって来た。
今の状況が気になったので聞いてみると、この三人は既にインキュバスと交戦しており、あと一歩の所まで追い詰めたが転移で逃げられてしまったそうだ。
そうなると、ここに居ないシンディの身が危険に晒されると心配していたが、『インキュバスのインキュバスをチョッキンして、今はノンキュバスになってるから無害だよ』と説明されても、リンが一体何の事を言ってるのかサッパリ理解不能だったが、それでもオレが信頼する三人が三人とも同じ事を言ってるので大丈夫だと考える事にした。
(配下たちの意見を信じるのも、偉大な吸血鬼の君主には必要な資質だからな)
「ロードしゃま、おわったの」
オレがまた深い思考の海に沈み込もうとしていると、プリンから奥の部屋に居るサッキュバスたちの治療が終わった事を告げられたが、オレの方も亡くなっていた20名ものサッキュバスたちのうち、約半数に当たる11名の心肺蘇生に成功していたが、残り9名は助ける事が出来なかった。
だが全員が『まだ死にたくない』と願っていたので、彼女たちはオレとの眷属契約を行い『デスキュバス』として復活させておいたから、先ほどの女王と併せて10名の不死者が新たにオレの配下となった。
「直ぐ近くからシンディの魔力を感じるから、合流した方がいいな」
《マスター、シンディ様の所には私が参りますので、ドロシー様にお願いして回復を終えたサッキュバスたちを先に地上へ返してあげて下さい》
ショコラ曰く、もうインキュバスの脅威が取り除かれた後なら、今からオレが其処へ行っても無駄というものだ。
「判った。それならドロシー頼めるか?」
「ウチに任しとき。今すぐ地上に繋げたるさかいな!」
ドロシーが慣れた手つきで空中に術式を描き始めると、彼女の指先が描いた七色に輝く光がサッキュバスたちを優しく包み込む。
最初に描いた部分のスクリプトが徐々に輝きを弱めているのを見る限り、地上より濃い地下迷宮の魔力が干渉して、それほど長くは保っていられないようだが素早く最後まで描き終えたドロシーの口から鍵となる言葉が発せられると、オレたちが居た倉庫全体が虹色の輝きに包まれて一気に地上へと送り出された。
(ドロシーの転送魔法はゲートが必要だったんじゃなかったのか?)
オレはてっきりいつものようにゲートとなる転移用の魔法陣を設置して、そこから一人ずつ地上へ送るんだと思っていたのだが、『あ、そう言えばペアになるゲートを置いてくるのを忘れたわ、てへペロ!』とか言ってたのに、今度は『メンドウやから、このまま逝ってみようやないか! 女は度胸や!』とか言い放ち──これは後で聞いたのだが──ドロシーが初めて試す事になった転送魔法を発動させたのだった。
(もし転送する時にハエでも混ざっていたら、どう責任取るつもりだったんだ……)
そんな不測の事態にでもなっていれば、ドロシーは嬉々として被害者たちを拘束して新たな実験を始める気がする。いや、気がするではなく必ずそうすると思う。もしかして、サッキュバスたちの本当の脅威はコイツだったというオチがつきそうで怖い。
だがオレが危惧するような事態には至らずに済んだのでホッとしていると、サッキュバスたちとドロシー以外の仲魔たちが居なくなってる事に気づく。
「ショコラはさっき聞いたけど、リンとディア、それにプリンは何処へ行ったんだ?」
「たぶんやけど、みんなインキュバスのとこちゃうやろか?」
それって不味くないか……もしかして、全員がインキュバスの魅了に掛っていたとかじゃないだろうな?
「ロードはん、みんな、あんさんに惚れとるから大丈夫やで。ほなウチも呼ばれてるさかい、ちょっと顔だして来るわ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
SIDE:ドロシー
その場所にウチが駆けつけた時は、もう完全に手遅れやった。
せっかく面白い実験材料が手に入ったと思とったんやけど、あないにズタボロにされたらもう絞り出すモンがあらへんやんか。
それにインキュバスのインキュバスなんてレアな素材をリンがチョン切っとったけど、アホが力加減を間違いよって剥ぎ取った途端に真っ黒な消し炭みたいになってしもたとか……ドアホか。
それでもまだインキュバスには残された二つのアレがあったさかい、せめてそれだけでも確保できたら強精剤の材料になるはずなんやけど、その量が問題やった。
確かにアレは二つあって、そこから抽出したエキスを濃縮して他の材料を混ぜて作るんやけど、どう計算しても錠剤二つが限界や。
ショコラはんから提供されたロードはんの身体データから、薬効が有効やと考えられる分量を算出すると錠剤二つでギリギリ丁度やと判ったんやけど……。
「ドロシーさん、肝臓からもアレなエキスが抽出できるのではないですか?」
シンディはんの大剣に貫かれたまま、身動きできないインキュバスの腹部を触診してたディアーネはんがそう言うけど、アレと肝臓では根本的に効能が違うてるから同じ成分は抽出できひんやろな。期待薄や。
「おい、コア! 早く俺様をここから転移させろ! この醜女ども、俺様にこんな事をしてタダで済むと思うなよ!」
確かに、この急遽10984号と名付けた実験体が言うように、この地下迷宮のコアが味方すれば、こっから逃げ出してウチらに復讐する事も可能やと思うけど、その頼みのコアはもうとっくにショコラはんが処理したって聞いたから、ヤツに助けなんて永遠に来ぃひんのや。
それでも実験体が生きてるうちにしか剥ぎ取られへんレアな素材があるさかい、ヤツに生きる希望を持たせて生への執着心を利用するとか、ウチらどんだけ賢いんやろ。これは後でロードはんに褒めてもらえるんちゃうやろか?
ショコラはんの案内でインキュバスの切除する部位を的確に指示して貰い、リンが身体に刃を入れるんやけど、こーゆーのにまだ慣れてへんから時々他の所まで切ってしまい、そこで慌ててディアーネはんが縫合しよる。
そしてプリンはんはが身体全体の常時治癒を行って、バイタルの維持と確認をして実験体が間違って死んでしまわんように見張ってるっちゅう訳や。
「お前ら覚えてろよ、全員の顔をキッチリ覚えたからな。もうお前たちに安らかな夜は永遠に来ないと思え!」
あ~あ、コイツホンマにアホやな……そもそもやけど、なんで自分がこないな目に遭わされとるか、まだ理解してへんかったんやな……。
ロードはんが夢魔の街の地下迷宮にインキュバスが出よったさかい、男だけで討伐に行くって言うとったんやけど、そいつから貴重な薬の材料が取れるから是非ウチも行きたいと思ったんや。
そしたらウチ以外の女たちから『せっかくロードくんがボクたちの身体を大切に思ってくれてるのに……』とか、『御方様のご配慮を無にするなんて出来ません』っちゅうて誰も協力してくれへんかった。
でもそんな時、ショコラはんがアーカイブの記録を調べて『インキュバスのアレから特別なお薬が作れるそうですね』なんて爆弾発言しよったから、みんなが『恋する乙女の瞳』から『獲物を狩る猛禽の目』に変貌するのをこの目でしっかり見たで。
それで何やかんやと言い訳をしてみんなでついて行ったんやけど、このままロードはんが一緒やとインキュバスを倒した後でアレコレするんが問題やった。
いくらロードはんでも、ウチらみたいな麗しい乙女たちが競い合うようにしてインキュバスの身体に群がって、ヤツの身体からアレとか内蔵に手ぇ突っ込んで色々と剥ぎ取ってる姿なんか見たくないやろしな。きっとドン引きしよるで。
そやから地下迷宮の中で何も無い所やのに転移トラップが発動した時も、やれば出来たと思うんやけどトラップの発動を阻害する事は止めといたんや。まさか敵さんの方から、ウチらが動きやすいようにしてくれるなんて、正に渡りに船やったからな。
こっからは誰が最初に獲物を仕留めるか競争や! 早いモン勝ちやで!!
でも最初に遭遇したリンのドアホが、ペッタンコの胸を指摘されてキレよったから、危うく殺してしまいそうになったけど、ここのダンジョンコアのお陰で致命的なミスにはならずに済んだわ。
そしたら次はシンディはんや。あの御仁は故郷のサッキュバスたちが何人も酷い目に遭わされとったから、殺意を押さえられんかったんやろな。
でも殺してしもたら剥ぎ取れん素材が有るっちゅう事を教えといたはずやさかい、ここは冷静に捕獲を優先して欲しいところやったに、あの黒くてブットイ大剣でインキュバスの目掛けて飛んでったって聞いた時はマジで焦ったで。
幸い胸のド真ん中は外れて右肩から先が弾け飛んだくらいの被害で済んだから良かったものの、下手したら一発でお陀仏やで……それも周囲に飛び散った肉片しか残ってへん状態や。
そんな心配しとったら通路の先に転移魔法を示す光が現れよった。
『やっとウチの番か』と思うとったら、インキュバスのアホが一本しか残ってへん左手で宝箱を開けようとしとったから、あの日の夜にロードはんからプレゼントしてもろた『黒竜の牙』を使うチャンスやと閃いた。
コイツらやったら力加減を間違うてトドメを差してしまうなんて事も無いやろし、地面の下とか壁の中から100体くらいは呼べるっちゅう事やったから、ここで使って慣れとこか。
そしてスキだらけのインキュバスから掠め取ったのは……なんや、普通のエリクサーやないか。こんなモン、ウチの実験室へ行ったらなんぼでも床に転がっとるやないか。期待して損した気分や。
ま、戦利品なんてどうでもえーさかい、今はあそこで突っ立っとるインキュバスの身柄確保が優先や。
皆の者、逝てまえ突撃や~!
結果から言うと通路が狭かったのが災いして、龍牙兵を全員召喚できひんかったんが敗因やった。
地下迷宮にフラフラと一匹で歩いとったさかい、もう手下のサッキュバスは打ち止めやと思うとったんが甘かった。
それでも50体くらいの龍牙兵でワチャワチャ取り囲んで、あとは時間の問題やと思うとったのに、手下のサッキュバスどもがいっぱい出て来てインキュバスのアホを逃がしてしまいよった。
それから最後はあの聖女はんなんやけど、ウチらの中で怒らせたら一番怖い女は多分コイツや。まぁ、それとおんなじくらいおっそろしい兎女も居るけどな。
それで重傷を負ったインキュバスが向かった先で待ち構えとった聖女はんの胎の中に、白いなんかをブチ込む言うて……最近のインキュバスは自殺願望でもあるんか? あの聖女を相手に下ネタかますなんて度胸あるやないか……それこそ死刑執行のサインなんやけど、後で知らんかったでは済まへんやろな。
聖女はんに下ネタギャグをかましたせいで重傷やったインキュバスが重体になってしまうハプニングはあったけど、ここのダンジョンコアが頑張ってくれたさかい、まだ辛うじて死んどらんかった。
これまでの経緯でコアがインキュバスを転移させるには、アイツが誰にも触れてへん時やというのが判ったさかいシンディはんが下半身を魔剣に変化して、ヤツの身体を貫きそのまま床に縫い付けてしまいよったから、これでもう逃げられへんな。
そっからはイロイロあったんやけど、とても乙女のウチからは説明できひん事ばっかりやったから、詳細な報告はなしや。ゴメンやで。




