先生らしい行動
「えっ!?」
その驚いた声は誰のものか。
男子だったかもしれないし女子だったかもしれない。
ただどちらにせよ、それが予想外の行動であることは確かだった。
しかしその程度でダメージを与えられないのは分かっている。
所詮は鉄の塊だ。
魔力を通していない以上、刃があろうとそれは変わらない。
『魔力操作』を施した腕であっさりと弾き飛ばすことだって出来るだろう。
だから今やったことは、ただの目眩ましと……戦闘方法の選択だ。
「ふっ!」
力強い、息を吐き出すような短い言葉と共に、その目眩ましごと泥で濁った水の刃が私を襲う。
もしここで、この目眩ましのために投げた剣だけを、魔力を通した腕で弾き飛ばすよう想定していたのなら、この泥水の刃はもっと低く迫っていたはずだ。
迫る剣の対処と私への攻撃を同時に行うための軌道でなんて、魔法を放つはずがない。
多くの魔法が使えるからこその驕りだろう。
やはり、いつもの冷静な彼女らしくない。
だから私も、想定していた通りの動きをする。
身体ではなく眼前に迫るその刃を、『魔力操作』で全身のバランスを整えながら、姿勢を極端に低くして躱しつつ、走る速度を上げる。
そして顎が地面をこすりそうな程にまで姿勢を低く出来たところで、腰に隠し持っていた短剣を二本抜く。
「っ!」
自分の刃の魔法が避けられたと気付くや否や、メイジは両手を開いて突き出して、何やら魔法を放つ。
見えない……が、そこに何かがあるのは分かっている。
だから私も──
「見えざる壁よっ!」
──詠唱していた魔法を放つ。
『念動力』の魔王に魔力を与え、その魔法を行使する詠唱魔法。
使ったのは一般的な、相手を単体で吹き飛ばすような範囲の狭いものではない。
広い空間を一気に動かす魔法。
強風を起こす魔法に似ているが、こちらは上げた声の通り、見えない壁を突き出す魔法となっている。
それ故に、例え無風であろうとも発動できる強みがある。
その上、周りの生徒たちを巻き込まなくて済む。
メイジが放った魔法は、こちらの魔力を腐らせる魔法。
それを空気中に散布してきた。
それが私には分かる。
なんせ『並行世界』の魔法で見えたのだから。
あの魔法に気付かず突進し、魔力の制御に苦労するようになる私が。
それでも負けはしなかったかもしれないが、今は早期決着が望ましい以上、常に最善の手を打たせてもらう。
「っつ……!」
メイジの脚に一筋の血が描かれる。
キレイな生足に傷が付くのは同じ女として心苦しいが、今回ばかりは見逃してもらおう。
……今手に持っている二本の短剣。
それを抜く動作の中に、私の小さな手の中に隠れるほどの小さなナイフを投げていたのだ。
もっと全身に、『魔力操作』を施すよう意識してもらうために。
痛みが走った原因を探るために、戦い慣れていない彼女は咄嗟に、自分の脚を見てしまう。
そうして視界が下を向いた瞬間──私は己の脚に『魔力操作』を施した。
まさに息もつかせぬ間合い詰め。
一瞬でも、私を視界から外したのが運の尽きだ。
なんせ下げたその視界に、突然私が現れたように見えただろうから。
「っ!」
驚く彼女の表情が目に映る中、その顔に“当たらないよう”──顔の“横を通過させるよう”、二本の短剣を上に向かって投げる。
その動きのまま身体を捻り、迫ったこの勢いを『魔力操作』で止めつつ、着ている外套を脱ぎ捨てる。
そして、何か私に向けて魔法を放とうとしているメイジに向け……その脱いだ外套のフード部分を掴み、魔力を通して武器と成し、そのまま一気に振り下ろした。
「がっ!」
脚と腕に一極集中し、その外套をガードしていれば、まだ倒れることは無かっただろう。
だが掠った投げナイフのせいで魔力は全身に満遍なく渡り、その上咄嗟に私に反撃しようとしたせいで魔力は安定すらしていなかった。
『魔力操作』が巧いままの彼女なら対処できただろうが……残念だ。
「ぐっ……! ま、まだ……!」
でもまだ、気絶していない。
これだけではやはり足りないか。
アレだけ魔力を行き渡らせないようにしていても、咄嗟にとは言えある程度守れた。
そのことが、まだメイジらしさが残っていることの証左な気がして、少し安堵感を覚える。
でも、まだだ。
『魔人』化した人は、一度気絶させることで元に戻る。
だがら、まだだ。
──と、上に投げた短剣が戻ってきたので、そのまま『魔力操作』を施したまま、正確に彼女の脇腹横へと落とすよう突き刺す。
この短剣は機械量産品だ。
だからいくらこの外套に魔力を通していようとも貫通させることが出来る。
「さて、と……」
ここまで出来たら、後は仕上げだ。
気絶させればいいだけなのなら、やることは簡単。
私は、ズボンの中に閉まっていた手ぬぐいを取り出す。
そして、機械で量産されたソレに、魔力を通す。
……昔寒い国に行った時、濡れたタオルがすぐに凍った光景を思い出す。
まさにこんな感じで、タオルが天に向けて一直線に伸びていた。
短剣程の長さをしたそれを……思っきり、頭があるであろう場所目掛けて、振り下ろした。
「ぐっ……!」
一度だけでは足りないかもと、二度三度、何度も何度も、ハリセンで叩くよう大振りで、全力で振り下ろし続ける。
パシンパシン! と戦っているようには思えない軽快な音が何度も響いた。
それが六度ほど鳴ったぐらいだろうか。
彼女はパタりと動かなくなった。
「ふぅ……」
目に魔力を通し、外套の下でちゃんと気絶しているのを確認した後、手ぬぐいに通していた魔力を解除し、ポケットの中にしまう。
生徒である以上傷つけるつもりはなかったので、これで正しい。
ドールでは殺してしまうかもしれなかった以上、私が無理矢理でもこうするしかなかった。
……全く……外套を脱ぐことになるなんて。
子供のような体型。
半袖の服に動きやすい長ズボンと、女の子というより男の子らしいこの格好は、結構恥ずかしい。
褐色の肌が、遊びすぎて日焼けした感の演出となっているせいで、子供っぽさをさらに増長させているのが私でも分かる。
だけどまだ、私にはやることがある。
顔が赤くならないよう意識しながら、傍に立っていたレイスへと歩み寄った。
「パラットさん、大丈夫ですか?」
「あ、うん……まあ、大丈夫」
もしかしたらこの戦いで、私がちゃんと戦えることに驚いたのかもしれない。
……まあ、ちゃんと、ではないのだけれど。
所詮は『並行世界』を使った騙し騙しの戦いだ。
「それなら良かったです。
なにやら、魔力が通っていないみたいですけど……」
「ああ、なんか、エスリンが言うには、魔力が腐っていく? みたいな感じだったらしくて。
一旦魔力を全部追い出されたみたい」
「あ、なるほど。だったら大丈夫ですね」
「もちろ──」
言い切るよりも、速く。
私は、顔を下げて私を見ていた彼女のお腹に一発、少しの魔力を込めた拳をめり込ませてやった。
「がぁっ……!」
一瞬息が詰まったのか、女性らしからぬ声を上げ、蹲るレイス。
隣に立っていたエスリンが動揺するのを手で制し、なんで? と苦しみながらも尋ねる彼女に、私は告げた。
「言ったでしょ。勝手にここを使った罰だって。
だったらあなたも同罪。
当然でしょ?」
蹲る彼女を少しの間だけ見下ろした後、これで終わりだとばかりに、一歩も動いていなかったドールへと振り返って、そのことを目線で伝えた。
先程短かったのは時間が足りなかったからとしか言えないの情けないです……。
その分、戦闘終わりまで一気に書けたので、そのまま投下します。




