殺しに向かう意思
「ふ、ふふ……中々強かったですわ、バレスタさん」
あまりにも強い衝撃波の余波に、生徒たち皆が静まり返っている。
そんな中で響いたメイジの声に、叩きつけられ、おそらくは骨折もしているであろうレイシクルは、彼女と同じ笑みを浮かべた。
「そりゃどうも、メイジ。
ただお前は、前までより弱くなったな」
「……は?」
「いや、弱いっつーより、らしく無くなったが正しいか」
一つ咳払いをし──ついでに血も少量吐き出してから、彼は続ける。
「俺は、『魔力操作』とか『強化』とかで強くなるつもりだ。そしたら、俺の鍛えてきたこの筋肉も活かせるからな。
だからよ、お前の『魔力操作』の巧さは、内心で認めてたんだよ。授業で話したこともねぇお前の、あの巧さをな。
だが、今。
俺と戦ったお前には、それが無かった。
しかも負けそうになったら魔法に頼りもしやがった。
そうじゃねぇだろ、お前の強さは。
それなのに、そんな普通の魔法使いみたいなことされたら……俺からしてみたら、弱くなったように見えんだよ」
弱くなった。
強くなったはずなのにかけられたその言葉に、メイジはかなりの苛立ちを覚えた。
いつもなら、どうも思わないだろうに。
殺したい程の憎しみが、心の中に広がった。
だからそう……目の前の男も殺そう。
殺して、黙らせて、この苛立ちを消し去ろう。
「……今のお前、俺のことを殺したいって考えてるな?」
「…………」
返事はない。
ただ、その腕を、後ろに振りかぶるだけ。
「前までの認められたいってためだけに必死になってる姿も相当だが、今はもっと酷いな。
でも何より酷いのは、そうやって変化してることに気付いてねぇってことだ。
だからお前は、他の人からちゃんと認められてたことも気付かなかったのかもな」
言って、ニヤリと口角を上げた彼に向け──小馬鹿にしたようにしか見えない彼に向けて、その腕を振るう。
それだけで、さっきまで使っていた泥水の刃が彼の首を落とす。
その攻撃から庇うために、横から飛び出してきた子が、その刃を受け止めた。
開いた手を前に突き出して、薄い水の膜を展開する。
しばし拮抗するような、水同士がぶつかり合うような音がしたかと思うと……その薄い水膜が、濁っていった。
泥水の刃が吸収されているのだと分かった頃には、メイジのその攻撃は完全に消えていた。
「……あなたにそんな芸当が出来るとは思いませんでしたわ。クルルクさん」
いつもは気弱な雰囲気を纏っている、『水』の属性を持つ女子生徒──カーディナ・クルルク。
レイシクルの攻撃を防御した彼女の瞳には、いつものようなその気弱さは見えなかった。
「わたしは……一緒に勉強した人が死ぬところを、見たくない」
攻撃の間に入るために飛び出して、自分の魔法でその攻撃を受け止める。
それにかなりの勇気を振り絞ったのか、かなり息が荒れていた。
「だから──守る」
泥水と化した『水』を解除し、バシャアッ! とその場に泥水を撒き散らす。
そして突き出していた手を降ろし、再び集中。
眼前へと上がっていくその右手に巻かれた、肘の近くまである黒の手袋の周辺に、その『水』が纏われていく。
……ずっと、『魔力操作』の応用で、腕の周りにただの水を纏わせることしか出来なかった。
しかしこの、手作りの手袋に纏わせることで、水を一度纏わせれば、意識することなく持続することが可能となった。
手作りというのはそれだけで、魔法装備の一端を担うことがある。
特別何かをした訳ではないが、自分が意思を込めながら造った手袋は、彼女にとって役立つ効果を宿してくれた。
だからさっきみたいに、薄い膜のように水を展開するようなことも出来た。
一度『水』を具現化し、固定化することが出来れば、カーディナの意思で好きな形状に変化させることが出来る。
壁のようにして守ることも……剣のようにして攻撃することも。
リフィイルのアドバイス通り、得意分野を伸ばし続けた結果こそが、今の彼女だ。
「守れるのかしら? あなたが」
「……守らないといけない。
今の……いつもとは違うあなたが、誰かを殺すところなんて、見たくないから。
メイジさんのことを、尊敬していたから」
「……え?」
「わたしは、レイスさんという天才には敵わないと諦めていた。
でもあなたは、あの人に追いつこうと必死だった。
その姿は私にとって、尊敬出来る姿だった。
だから、この魔法を身につけるために、頑張れた。
メイジさんに、追いつきたくて」
「…………」
尊敬されていた。
まさか自分がそう思われていたとは、思わなかった。
ただ一心不乱に、レイスを追いかけていたから、見えていなかった。
ちょっと周りを見れば……こうして、自分を慕ってくれている人だって、いたのに。
……勝手に、自分以外の皆が仲良くしているだけだと思っていた。
「カーディナ!」
彼女の名前を呼び、同じく駆け寄ってきたもう一人の女子生徒。
ずっと仲良さそうにカーディナと話をしていた、小柄な子。
ファナ・スーリクト。
「この人、連れて行くからっ! カーディナも逃げれたら逃げてよ!」
筋肉で大柄なレイシクルを、『魔力操作』で強くした筋肉で抱えあげると、そのまま飛び去るようにしてその場を去った。
とても一人の男を抱えているようには見えない。
だが、それが出来るのが魔法だ。
……そんな魔法で、周りが自分を囲っている。
輪ゴムを指に掛けて狙いを定め、魔力移動で伸ばせる距離まで近付こうとしているシュウ。
『腐敗』を排除するために魔力を全て吐き出させたレイスを宥めているエスリン。
そんな彼女たちをイザという攻撃から守るために立つアボニー。
誰も彼もが、皆を守るために動いている。
自分だけを、敵として見て。
……違う。
そうなったのは自分のせいだ。
今自分がこうして戦っているせいで……。
本当に?
違うよ。
きっと自分以外の誰かがここを襲っても、自分だけは誰も傍にいなかったよ。
だって自分だけが、孤独だから。
誰も一緒にいてなんて、くれなかったから。
ライバル視していた人からも、認められてなかったんだから。
だから……だったら、皆同じにしてしまえば良い。
誰も彼も、いなくしてしまえば良い……!




