敗北の味
疾い……!
そう、メイジが動揺している間にも、『蛇』は彼女が作り変えた『泥』の中――先程までレイスを拘束していたその中へと突っ込む。
どういうこと……? と意図を読み取るよりも早く、その半透明の鱗が見えた。
ただしそれは、顔を出したからではない。
肥大化した結果、その頭と胴体が見えるようになったということだ。
「しまっ……!」
動く速さは変わらない。
だけど『泥』を抜け出す頃には、口を開けばメイジなんて丸呑みできそうな程の大きさになっていた。
つい、その巨大さに怯えてしまう。
迫るソレに対して自分では何も出来ないと、そういった考えが脳裏をよぎってしまう。
だがそれは、心の敗北を意味していた。
「っ!」
それでも、自分が脳裏に描いていた対策を取るために、メイジは自らの身体に『泥』を具現化する。
服が汚れるのも構わない。
ただ今は、この攻撃を防ぎ、反撃するための機会を作るために。
──しかし、その守りでは不十分だった。
心の敗北は、彼女が備え持つ警戒心が、警鐘を鳴らした証。
『泥』の中にある水分を喰らって肥大化した蛇の前に、『泥』の防御は何の意味も成さない。
想定していた通りの防御方法では守りきれないと、本能が教えてくれていたのだ。
だから、喰われたその瞬間に──バクリと音が聞こえてきそうな、そのレイスの魔力を浴びせる攻撃に、為す術なくやられてしまった。
「勝負あったっしょ、メイジ」
飲み込まれ、地面をも抉り喰らってから消えた『蛇』。
その残骸とも言えるような惨状の中、メイジは倒れていた。
死んではいない。
気を失ってもいない。
ただ己の魔法によって、服が泥だらけになっただけだ。
しかしメイジは、立ち上がることが出来なかった。
ただ呆然とした表情で、仰向けに倒れたまま、空を見上げるだけ。
その瞳を、自分の腕で隠す。
まるで、泣くのを隠しているかのように。
「ま、魔力操作の速さに関しては、あたしを超えてんじゃない? そこを伸ばして対抗しようとしてたのは純粋にスゴいと思うわ。
その『泥』の魔法だって、隠し玉としては最高だったと思うし。
まさか、半年以上も隠してたなんてね。それともあれ? 最近使えるようになったとか?」
違う。
入学前から使えていた。
ただ、優雅を目指す自分には、あまりにも不釣り合いだからと、使ってこなかっただけ。
そんな安っぽいプライドを捨てて挑んでも、勝てなかった。
それも、完敗だ。
レイスを苦戦させることも出来なかった。
余裕を持って手加減していて、余裕を持って力を使って、まだまだ底を見せることなく、勝ちを得た。
こちらは全てを、出し切ったというのに。
「ともかく、メイジは結構強いと思うよ。
ま、あたしの魔法の方が強かっただけだって。気にするだけムダってやつよ、ホントに」
きっとそれは、レイスなりに認めてくれたことの証だろう。
きっとこれからは、自分のことを忘れないで、何かと気にかけてくれるだろう。
きっとこれは、最初に決闘を申し込んだ時に、望んでいた結果なんだ。
……だけど今は、それだけでは、到底満足できない。
どうして昔の自分は、“その程度の目標で勝負を挑んだのか”。
優雅に、誰よりも魔法を使える人になりたい。
そんな当初の目標も忘れ、順位は彼女の下で良いから彼女に認められたい、だなんて情けないことを目標にしていたのか。
何が優雅だ。
何が誰よりもだ。
最初から、心で負けていたじゃないか。
彼女にアドバイスされるような結果しか、残せていないじゃないか。
彼女の隣にすら、立てていないじゃないか。
惨めだ。
結局自分は──私だなんて優雅に偽っていた自分は、その圧倒的な才能の前に、何も出来なかったじゃないか。




