仕切り直し
「っ」
咄嗟に足を止めるものの勢いを殺しきれなかったのか、その液体を避けきれず、仕方なしに魔力移動を果たした右腕で防御してしまう。
「む……!」
この戦いで初めて、ドールに動揺が走った。
──ヒュッ!
そんな音が聞こえてきそうな、鞭のように撓る見えざる腕が彼に迫る。
右腕で容易に防御できるその攻撃をしかし、彼は脚を高々と蹴り上げるようにしてその腕の軌道を逸らし、そのまま転がるようにしてリフレシアと距離を取る。
ちょうどこちら側に転がってきた形だ。
「どうしたのっ? ドール」
「……さっきの魔法水が掛かった場所に、魔力を通せなくなった。
中々良い魔法を準備していたものだ」
その言い方はつまり、偶然では用意していたでは考えられないということか。
「一時的なものだろうが、これはちょっと厄介だな」
「『生命』の魔法で生み出されたと聞いたから効かないかもと思ったけど、ちゃんと効いてくれて良かったわ」
ハッキリとした口調は、さっきまでフラフラと立ち上がった姿からは想像できない。
……なるほど……コレも含めて色々と嘘を吐いていたか。
それも、かなりピンポイントに。
そもそも、お祭りの日にウリシャを探してほしいと来た時、彼女は私が『並行世界』の魔王の知り合いだから来たと言っていた。
その上本人は『並行世界』の詠唱魔法を使えないとも言っていたので、つい鵜呑みにしてしまっていたが……あのドールの腕を封じた魔力水を準備していたところを見ると、ある程度は使えていたようだ。
私のように「訪れない別世界を見る」までは扱えないが、「よく当たる占い」程度には扱えていたのだろう。
魔力移動での防御を貫いた一撃をドールは与えたのかと思っていたし、実際全く効いていない訳じゃないだろうが……あの一撃、彼がより力を込められる利き腕を見極めるため、敢えて多少のダメージを覚悟して受けたと見るべきだろう。
実に強かな人だ。
でなければ魔王とはいえない、ということか。
「さて……それじゃあ、第二ラウンドよ。
今度は慣れない格闘戦じゃない。
魔法薬学の先生としての実力も駆使して戦ってあげる」
腕を一本封じたことで勝ちが見えたのか、ニヤついた笑みを浮かべてそう宣言する。
同時、私の前──ドールの後ろにある薬品棚から大きな瓶に入った魔力水が二本、彼の背後めがけて飛んでいった。
「っ!」
ここだ。
“このタイミングなら”、ドールに武器を渡せる。
両刃二対の中剣を鞘に収めたまま山なりに、片刃の短剣を背中に突き刺さるような威力で。最後のメリケンサックと一体化した二対一つの逆手持ち短刀を一本ずつ、地面を滑らせて彼へと届けようとする。
こうすればどれか一つぐらい、彼の手に渡るだろう。
……その考えは、結果的には失敗した。
いや、得ている情報的には正解だっただろう。
だってリフレシアが、“『念動力』による腕をさらに三つ生み出して、その武器全てを受け止めたのだから”。
今までのように一つの腕では対処できないと判断したという何よりの証だ。
ドールに全力で殴られても無事だったのは、あの魔法の腕で自分の身体をダメージから守ったからだろう。
気付くのが遅かった。
そのせいで彼へ得物を渡すのは失敗した。
対して、背後から二つの魔法水を投げつけられたドールは……上体を反らしながら、自分から魔法水へ向けてステップした。
……リフレシアのミスは、自分の能力を隠しすぎたことだろう。
もし最初から幾つも腕が出るとわかっていれば──それこそ『並行世界』でもソレを見れていれば、私だってあんな状況で武器を投げ渡すような真似をしなかった。
そうしたらドールが、“自分に投げられた魔法水をキャッチするなんて芸当を許す前に、その『念動力』の魔法で彼を攻撃できていた”のに。
反らし、自分の胸の上を通過する魔法水の瓶。
その蓋を『念動力』で開け、さっきのように液体としてバラ撒くだけでもきっと、結果は違っていた。
『念動力』を通して魔力は通してある。
後は任意で発動するだけ。
だからこそ、それこそを『念動力』で触れていなければならなかった。
見えない腕が一本しか無いと思い込ませるために瓶を投げる、なんて手段を取らず、その『念動力』でしっかりと持った状態で、彼を殴ればそれで良かったのだ。
……どちらかの手段さえ、取ればよかった。
自分の能力をギリギリまで隠し続けてしまったせいでのミス。
私が投げた武器に気を取られなければ、こんな判断を下すことは無かっただろう。
想定外のことが起きて当然。
故に最初から切り札以外を全力で。
死んでしまっては元も子もないのだから。
そんな、実践において当たり前のことが、出来ていなかった。
それは正に、私が『並行世界』で視た彼女の敗因と同じだった。
「ふっ……!」
掴んだ彼女の魔法水の瓶を、今度は彼が、左手側に持ったものにだけ自分の魔力を通してから蓋を開け、投げつける。
「なっ……!」
誰の魔力を込めようと、それが自分の属性で無い以上、ダメージは受けてしまう。
そして今彼に向けて投げつけたのは、魔力移動での防御では防げないものだったに違いない。でなければ、ドールに向けて投げつける理由にはならない。
おそらく同時に、魔力変質で、適した魔力に変化させておく必要がある、限定した防御以外を貫通する魔法。
ドールが右腕に魔力を通せなくなった理由を知っている上で投げてきたのだから、間違いない。
「ちっ!」
舌打ちをしつつ、二つの瓶をそれぞれ、『念動力』の魔法で弾き飛ばす。
中身が漏れてきていても構わないところを見ると、あの腕にはそもそも通じないようにしてあったのだろうか。
だがそれで再び、彼女に余裕が無くなった。
ドールに何れかを投げつけるつもりだった武器を『念動力』でキャッチしていたのに、その飛んできた瓶に対処するために集中力が乱れてしまったのか、全て手から落ちてしまっていた。
おかげで、後ろに飛んだ彼の近くには、例の三種類の武器がある。
彼はまず、地面スレスレにまで落ちていっていた片刃の短剣を、身体を捻って頭を下に・足を上に向けながらも、口に咥えてキャッチした。
そのまま宙返りの要領で体躯を動かし、地面へと這うような姿勢で着地。
そして上体を腕立て伏せの要領で持ち上げ、その勢いで腕も地面から離す。
その一瞬で、拳当一体型短剣を、リフレシアに向けて弾き飛ばす。
左手側の方だけは、魔力を伸ばして操作できるようにしているのを忘れない。
そして最後、落ちてきていた鞘に収まったままの二対の中剣を、立ち上がる勢いの乗った背中にぶつけ、弾き上げ、立ち上がりながらその落ちてきている中剣の柄をしっかりと握り、リフレシアに向けて一歩踏み出しながら抜き放った。
「っ!」
自分の投げた瓶を弾き飛ばしたと思ったら、今度は二本の刃が迫る。
それも一つは魔力が宿っているのが分かるときた。
ソレを見てようやく自分の失態に気づいたかもしれない。
何とか瓶を弾いたのと同じ要領で、その二つの武器も見えない腕で弾き飛ばす。
……その隙間を縫うようにして、片刃の短剣が迫ってきた。
咥えていたものを放ってきたのだ。
もちろんこれにも、魔力が付与されている。
「くっ──」
『念動力』で弾き飛ばせるタイミングではないからと、何とか魔力操作をした腕で防御しようとした。
……それではダメなんだ。
「──がっ……!」
宿っていた少量の魔力を見極め、少しでも上回る量の魔力を腕に移動させ、防いだのだろう。
しかしそれでも、その刃は、彼女のその防御した腕に刺さった。




