戦いの始まり
その答えを聞いたと認識すると同時、私はドールに横から突き飛ばされた。
狭い通路の中へと身体が転がると同時、私が立っていた場所の背後の壁が、大きな音と共にヘコみを見せた。
抉られたような破壊跡。
穴は開かないまでも見えない力がぶつけられたのはすぐに分かった。
──『念動力』。
その力加減が完璧なのは、夏祭り夜の誘拐事件の時から分かっている。
死にはしないがこちらを行動不能にする威力……といったところか。
まずは私を無力化しようとしたのだろう。
なるほど。
確かに最良手ではある。
なんせ私はこれから、ドールに武器を投げ渡すのだから。
外套を着てはいるが、その中に武器を仕込んでいる訳ではない。
そもそもそんな仕込みをしてもし警察に職質でも受ければ、それだけで魔法使いを捕まえる口実を与えてしまうことになる。
注意深く見られてしまう状況になってしまえば、今の魔法では誤魔化すことなんて出来るはずもない。そのまま連行されてしまうのがオチだ。
それを避けるためにも私は、全ての武器を籠に入れ、その籠を見えないよう、詠唱魔法を使っているのだ。
……この街に来る前の電車内で普通に見破られ、強制的に降りることになったのだが……それはそれだ。
ともかく私は通路を転がるようにして、入口に置いた籠へと向かう。
そんな私をリフレシアが見逃すはずもない。
しかしそれこそ、ドールが見逃すはずもない。
私を突き飛ばした後、彼は一歩を踏み出し、そこを軸として半回転。
その勢いを乗せた裏拳を彼女に放つ。
もちろんお互いに魔力は移動させている。その威力は見た目よりもさらに強いだろう。
その裏拳を止めた──と思ったと同時、リフレシアの腕が動く。
絡めて、重心を傾け、足を払──
──って倒そうとしたのを察知したドールは、あえて自分から倒れるように足を浮かせる。
急激な負荷を受け、逆にリフレシアもその態勢を崩した。
隙を逃さず、リフレシアが絡めてきたその腕を、もう片方の腕で解放し、そのまま捻って、今度はドールが彼女の腕を、その崩した体重を利用して折りにかかる。
──が、不意にその掴んでいた手を離して、重力に導かれることに逆らうことなく倒れ、一度だけ地面を横に転がり立ち上がり、状況を仕切り直す。
……目に魔力を移動できなければ分からなかっただろう。
ドールは今、見えない腕によって、お腹を殴られそうになったのだ。
それを察知したからこそ、彼はソレを躱すために動いた。
『念動力』という属性は、どうも見えない「第三の腕」を操作できるようになる魔法のようだ。
腕の大きさは成人男性のものと同じぐらいだろうか。少し筋肉質な人ならすぐにその太さを上回るだろう。
詠唱魔法で使えるのは物を軽く動かしたり、その動かす力を増して吹き飛ばしたりが精々の、魔力の塊をぶつけるような魔法なのだが、本家本元はやはり応用の幅が違う。
腕を振るうように動かすだけで、敵を右から左へ吹き飛ばしていたその威力を考えると、例え魔力移動で防御していようとも、アレに当たるのは得策ではないだろう。
それをドールも理解した。
だから攻撃の手を止めてまで避けに集中した。
しかしそうなると……籠に到達し、この狭い空間でも扱える三つの武器──両刃二対の中剣と片刃の短剣、メリケンサックと一体化した二対一つの逆手持ち短刀──を、投げ渡すタイミングを見計らう必要が出てきた。
相手に隙も何も無い時に投げては、あの『念動力』の魔法で掴まれ、逆に利用されてしまう恐れがある。
「なんだ。中々に戦えるな」
立ち上がり、右半身を前に、手を開いたまま少しだけ伸ばして構えながら、ドールが軽口を叩く。
「話を聞いていたら戦えない魔法使いのような気がしていたが、しっかりと重心移動が出来ている。
魔女だった頃の奴らだって、人間からの驚異に備えて自分の身を守れる程度には戦えていたからな。同じぐらいには強いんじゃないか?」
「……お褒めに預かりどうも。
まあ、私も同じようなものですよ。
こういう状況に備えて、自分の魔法に適した戦い方を練習してきましたから」
「俺と一緒で、時間はいっぱいあるものな」
苦笑交じりに肩を竦めてみせるが、リフレシアは何の反応も示さない。
構えている様子はないが、腕をダランと下げていながらも、完全に力を抜いていないその姿に隙は見られない。
さっきのように相手の攻撃を逆に利用し、制圧するのを目的としているからだろう。
『念動力』による見えない腕があるので、自分から動くことなく、相手を強制的に動かして隙を生み出させることが出来る。
究極の“待ちの姿勢”を維持できる以上、そのカウンター主体の戦い方は確かに、彼女の魔法を考えれば理に適っていると言えた。




