来訪
この国での一般的な夏休みが明け、遂に九月へと突入した。
一ヶ月もある夏祭り、その最初にある魔法使い優先期間に起きた『勇者の魔女狩り』の集団誘拐事件は、未だ記憶に残っている。
それでも、あそこにいた生徒の誰もがこの学校を辞めなかったのは、僥倖と言えるだろう。
……私では出来なかった。
腕の一振りで、相手全てを倒すことなんて。
その圧倒的な力を見せることで、魔法使いでいればそれだけで色々なことから助かるし、誰かを助けられることもあると、あそこにいる皆が分かったのだろう。
おかげで、恐怖よりも魔法使いとしての意思の方が上回ってくれた。
私だけではきっと、何人かが魔法を使えなくなっていたに違いない。
……まあでも、今私はそのフリーシアを糾弾するために、彼女の研究室に来ているわけだけど。
一階の魔法薬学の授業を行うための教室。
廊下の端にあるその部屋の近くには、校舎の裏手へと抜ける扉がある。
そこを開けて左手側すぐにある、ちょっとした小屋。
外観からして、広さは教室一部屋分だろうか。三十~四十人ぐらいの生徒なら、中で授業でも行えそうだ。
とはいえ、倉庫も兼ねて利用していると言った以上、そんな普通の教室のように机が並べられているとは考えられないが。
「この部屋か」
「ええ」
隣に立つドールに答えつつ、ドアをノック。
お互い、いつも学校へ来る時のような身軽な格好ではなく、外出する時と同じ外套を羽織った状態だ。
今どきいない、旅人然としたその姿は、露骨に魔法使いだと周りに分からせる。とてもじゃないが誰かの部屋を訪れるのに適しているとは言えないだろう。
それが分かっていながらどうして……なんて、答えるまでもない。
今日ばかりはさすがに、ドールに放課後の居残りを断ってもらい、付いてきてもらうことにしたことからも分かるだろう。
場合によっては彼女と、戦うことになる。
「フリーシアさん、入りますね」
事前に声はかけていたので、返事を待たずに扉を開ける。
そんな私を腕で静止したドールが、目線だけで自分が先に入ることを告げてくる。
それに頷き返し、彼が入った後で、私も一緒にその小屋へと足を踏み入れた。
小屋、と称しはしたが、どちらかというと準備室や倉庫と言ったほうが正しいかもしれない。
棚に並べられた様々な色をした魔法薬。中身は魔力さえ通さなければ何もない水なのだろうが、どういった系統のものか本人が把握できるよう、色が付けられているのだろう。
昔から魔法薬学は人を助ける魔法の筆頭だということは理解しているので、個人的に学ぶことはあった。
が、それでも実践することはなかった。
そんな私でも、この棚に並ぶ数が凄まじいことは理解できる。
外観通りの教室ぐらいの広さ。その半分を占める棚は五段式で、棚と棚の幅は人一人が肩を切って辛うじて歩ける程しかない。
そして残りの半分──部屋の奥側は、ただただ開けている。
しかし全面窓という訳ではなく、部屋の上の方に小さな換気用の小窓があるだけ。そのせいで入口側から見る中はかなり薄暗く、魔力による三つの光源が一つでも消えれば、足元すら覚束なくなりそうだ。
右手側の壁際には広い机が一つあり、その上と周辺には、書物や空き瓶などが積みあがったり散らばったりしている。
対して左手側は机どころか物が何一つ無く、焦げ付いていたりひび割れていたりしている床が薄っすらと見えるだけ。
日頃からいる場所といない場所がクッキリと現れている。
そんな印象を受けた。
「どうも、お待ちしておりました」
その、物が散乱している広い机の側にある椅子に腰掛けていたフリーシアが立ち上がり、私達を出迎えてくれる。
「ちょっと棚のせいで道幅が狭いので、気をつけてくださいね。
倒して割ってしまっても何も起きませんし、特別貴重なものでもないですけれど、他の魔法使いに協力してもらってストックしている魔法ですので」
遠回しに、背中にある籠を背負ったまま通ることに拒否感を示された気がしたので、仕方なしにその場に籠を置く。
そうしてその狭い道をドールを先頭にして抜け、開けた場所で彼女と対峙すると、実はそこまで広くないことを実感させられた。
小窓から入る光が私達を照らすが、そこには青春時代のような輝かしさはどこにもない。
薄暗いこの部屋にピッタリな二人がやってきた。
そう思ってしまうのは、私がここにきた目的を彼女に告げず、いきなり本人を糾弾するせいだからだろうか。
「すいませんね。今日はちょっと、この部屋から出れなくて。
それで、私にお話があるそうですが」
「はい。ちょっと聞きたいことがありまして」
答え、外套の内ポケットから、二枚の写真を取り出す。
「この二人、見覚えがありますよね?」
突き出すように見せても見えないかもしれないからと、滑らせるようにして投げ渡す。
魔力を伸ばし、器用に彼女の手元に届くように操作して、しっかりと受け取ってもらう。
「……さあ、見覚えが無いですね」
首を傾げるフリーシアに、そんなはずはありませんよ、と決めつけ口調で続ける。
「だってその二人――春先にミミーシアさんを襲った男性魔法使い二人なんですから」
そう。
フリーシアに渡した写真は、私とドールがこの街にきた初日の夜、ウリシャを襲い・襲警察へと引き渡された、あの犯罪者の男性二人だ。
「ああ、そうなんですか。でも私、ウリシャから話を聞いただけで、姿は見てませんから。
やはり見覚えはありませんね」
「ですから、そのはずはありませんよ。
だって──
──この二人にミミーシアさんを襲ってもらうよう依頼したのは、あなたなんですから」




