効率的に
「あれ? 他の皆さんは?」
「はぐれたのかも……まあ、後で着くか、他で見てるでしょ。
それよりも、そこまで魔法薬学に興味あるんなら、私の繋がりも紹介しようか?」
先に目的地にしていた場所に着いたエスリンとアボニーは、そう会話をしながら屋台を軽く見て回る。
まるでデートしているかのようだが、本人たちにその自覚は全くない。
おかげで先程から続くその会話は全て、相変わらず魔法薬学に満ちていた。
「えっ、それは……いえ、でも……」
「? 何か問題でも?」
話を一気に進めたがるエスリンとしては、そこで渋られるのは意外に思えた。
「だってそれって、エスリンが頑張って集めた人脈ですよね? それなのに僕が利用するっていうのは……」
「魔法使いは元々繋がり合って生きてきたものだし。
あなたもレイスも、妙なところで一人でやりたがるこだわりがあるよね」
まあ彼女としても無理強いするつもりはない。
レイスの時は自分が認められたいからと多少無理をしたが、ついこの前初めて会話し、今日になってようやく長時間会話した男性相手に、そこまでの感情を抱くはずもない。
──そうした会話の節目、エスリンはすれ違いさまに、誰かと肩がぶつかった。
「……っと」
衝撃でふらついたエスリンの肩を抱きとめるアボニー。
女の子特有の柔らかい香りと、薬品なのかちょっと鉄分じみた匂いが鼻に届いて、その彼女だからこそ感じるものに、不覚にもドキッとしてしまった。
「……大丈夫? エスリン」
「……刺された」
「……………………えっ?」
言われた意味が消化できず、間の抜けた声しか出なかった。
「今、ナイフか何かで脇腹を刺された」
「えっ!?」
やっと何を言われたのか理解して、そのぶつかった方のお腹──右脇腹を見る。
確かに、服が破れて、白いお腹がそこからチラりと見えた。
「……あまり見ないで」
「あっ、ごめん……!」
「良いけど……心配してくれたって訳だし」
照れくさそうなのが伝わる、どこか甘い空気が少し漂う。
「いやそれより、大丈夫なの?」
「うん。ぶつかる前に、何か嫌な予感がして。自然と魔力移動してたみたい。
服に魔力移動が出来なかったせいで破けちゃったけど、身体には刺さってないから血も出てない」
「それは……うん、良かった」
授業で言っていた通り、不意打ちであろうとも、ほんのちょっと攻撃されることを認識できるだけで、しっかりと魔力で防御することが出来ていた。
それで安堵できたアボニーは、こちらをジッと見ているような視線に気づく。
花火の場所に近いからか、それなりの人混みにはなってきている。
それでも、立ち止まることが出来なかったり、一方通行に進み続けるしか無いような程、人並みが出来ているわけでもない。
だからあっさりと、その姿を見つけることが出来た。
特にこれといった特徴もない、一般的な男性としかいえない外見。
怪しい雰囲気も無いその人が、アボニーと視線が合うと露骨に動揺し、逃げるように一つの裏道へと入っていく。
「このっ……!」
「ちょっと待って」
追いかけて問い詰めてやろうとしていたアボニーの手を取り、止めるエスリン。
「大方、魔法使いだから攻撃してきたんだと思う。さっきから魔法薬学の話ばっかりしてたんだし、魔法使いだってバレても仕方がなかった」
迂闊だった、と思っているのが、その表情からすぐに読み取れる。
「だからってエスリン、このままスルーする訳にもいかないだろ?」
「……確かに。
このままだと、花火見てる時に後ろから刺されるかもしれないか……」
さすがに、その方が面倒だろう。
特に今回はすれ違いざまだから気づけたが、もし花火に夢中になっている時に後ろからとなれば、さすがに魔力移動で防げないかもしれない。
「だったら、いい方法がある」
言って、予め準備していた小さなキューブ状の瓶を取り出す。
アボニーはすぐに分かった。
彼女が事前に準備していた魔法が込められた道具だということを。
「それ、どうするつもり?」
「分かってるくせに」
説明するのが面倒なだけでそう返事をしつつ、アボニーの手を離し、今度はエスリンが男の入っていった路地へと向かう。
「いや、全く分からないんだけど……反撃するなら僕が先に入るけど」
「ううん、大丈夫」
エスリンとは違って止めることなくついてきたアボニーを制しつつ、路地の先を思い出す。
この先どこに繋がっていたか……と思い馳せれば、そう言えばこのまま行くと行き止まりだったことを思い出す。
おそらく追いかけて二人が中に入ると同時、上に待機している仲間と一緒に囲うつもりだったのだろう。
上を見ても人影は無いか、魔力を瞳に宿して上を見てみれば、何か影のようなものが動いているようにも見える。
それを確認すると同時、すぐに実行。
路地の入口から、手に持っていた瓶を投げ入れる。
次いで、割れる音が聞こえる中取り出した、もう一つの大きな瓶の蓋を開け、その場にビチャビチャと垂れ流す。
見ていただけのアボニーはようやく、そこで目に魔力を集中させ、その魔力を変質させる。
あまり長時間使えない未完成甚だしいが、その少しの時間だけで、エスリンが何をしたのかが分かった。
路地の中へと投げ込んだのは、睡魔を誘発する魔法。
嗅いだ人を瞬間的に眠らせるようなものではないが、眠気が少しでもあればそれを冗長させる魔法だ。この時間ならそれだけでも十分だろう。
それにもし効かなくても、彼らはこの路地から出ることも出来ない。
最後に撒いていたあの魔法。それは見えない壁を作り出す魔法だ。
本来の用途は相手の攻撃を防ぐための魔法なのだろうが、それを通せんぼの要領で使っている。
背後は行き止まりで、正面は見えない壁に阻まれている。しかもその中は眠気を誘発する魔法で満たされているときた。
「これで三十分は何も出来ないでしょう。
それじゃあ、行きましょうか」
「えっ」
「えっ?」
「いやだって……このまま?」
「このまま」
端的に答えて、エスリンは本当にその場を移動し始める。
アボニーには説明していないが、あの見えない壁の魔法は三十分持続される。襲ってきたものの正体は分からないが、もし学校側が警戒を促してきていた『勇者の魔女狩り』なら、外側から仲間に見つけてもらっても、魔法を使えない以上は何も出来ないだろう。
となれば、変に集まってくるより早く、この場を離れたが方が良いという判断だ。
向こうから先に刺し殺そうとした事実がある以上は、眠らせて閉じ込めただけの彼女が罪に問われるとは思えない。
もし何かしらの工作をしようとも、そもそも瓶には指紋一つ付着していない以上、エスリンがやったことだと断定することも難しいだろう。
何より放置したままの方が、花火を見るのに適した場所取りをしやすいというのもある。
面倒だからと説明やら色々なものをすっ飛ばしているが、それでも相変わらず、今の彼女の持ち札の中では、効率的な手段を取ったと言えるだろう。
あと一話で終わりなので、このまま6時にもう一話更新されるようにしてます。




