成長する強さ
「こっちの道の方が近いって本当?」
少し暗い道。
人気のない、裏路地と言っても差し支えのない、けれども馬車や車が一台なら通りそうな、そんな道での端っこを、レイスとメイジの二人が歩いていた。
「本当です。少し遠回りになりますが、このように人気が少ないですからね。スムーズに歩ける分、向こうよりも早く着くはずですわ」
前を歩くメイジは振り返りもせず、レイスに向けてそう返事する。
日の入り時刻が二十一時を過ぎるこの地域では、今の時間が夕刻頃になるだろう。しかし西日の時間というものが数十分しかなく、外はまだ薄暗いといったところ。
それを踏まえても暗いのは、道を造っている建物が、ちょうど陽を遮ってしまうからだろうか。
正直、襲われる可能性があるから集団行動で、と言われているのなら、こんな道は避けるべきだ。
「それよりも、パラットさん。
向かいながらで良いので、少々お話させて頂いてもよろしいですか?」
「ん? なによ。どうかした?」
「……あなたは、私のことを、どう思っておられますか?」
「どうって……変な言葉遣いだなぁ、としか」
「そうではなく!」
足を止めて振り返り、レイスの目を真正面から見つめる。
「私のことを、ライバルとして見て頂いてますか?」
「ライバル? ううん、全然」
あっさりとした返事はしかし、予測できていたのか。
メイジはむしろ一つ大きく頷いた。
「そうでしょうね。あなた程の実力をお持ちなら、私なんて眼中にありませんわよね。
それは良いんです。
でしたら……私のことは、どれぐらい認めてくれてますか?」
「どれぐらい? って言われてもなぁ……」
「……いえ、もう結構ですわ」
「ん?」
「あなたの目を見ていたら、分かりました。
私と目が合ったのは、ほんの一瞬。
今のあなたは、ただここで立ち止まっている時間が勿体無いと、そう思ってますよね?」
「おっ、正解」
悪びれることなく正直に、あっけらかんと気遣うこと無いレイス。
本来なら苛立つ場面なのだろうが、しかしメイジは、それで初めて、やっと、自分を見てくれている気になれた。
だからこそ、余計に気になる。
「……どうしてそこまであのお二人の──いえ、むしろ一人ですわね。
ウリシャ・ミミーシアさんのことを、気にしているのですか?」
あの子が既に、今の自分とは違い、レイスに見られている理由が。
「あの子は、私とそう変わりません。
いえむしろ、実力で言えば私のほうが上のはずですわ。
それなのにどうしてですの?」
「いや、気にしてるって訳じゃないって」
「ですがあの子のことは、眼中にありますよね?
私よりも成績が低い、あの子の方が」
「成績とかじゃないんだって。
ただ、あたしが否定したのにずっと頑張ってるところとか、そういうのが気になって声かけただけ」
「……でしたら──」
私は頑張っていないということですか?
……そう訊くのはあまりにも情けないことのような気がして、言葉が詰まった。
「ん? なに?」
「──いえ。
でしたら、私もあなたに、認めさせますわ」
人差し指を彼女に突きつけ、そう力強く、宣言する。
要は、タイミングの問題だ。
男女が付き合う時と一緒。
もし、努力している場面を見られたのが自分で、それを否定されても頑張っていたのが自分だったら……ウリシャのポジションには自分が収まっていた。
しかし、その未来はもう、手に入らない。
だったら、今の自分が、掴み取るしか無い。
「世間一般の夏休み明けの秋、私と勝負して下さい。
そこで、私の実力をお見せしますわ」
「……へぇ」
レイスは“やっと、メイジのことを見た”。
「良いの? メイジって多分、まだ自分の属性も開花してないでしょ? それなのにあたしと戦って勝てるの?」
「勝ちますわ。そしたらあなたも、私を認めてくださいますでしょう?」
「良いって無理しなくても。
天才のあたしに勝てなくても、いい勝負出来たら勝手に見ることになるだろうし。
そうなったら認めるも何もないって。
それこそ、あたしにとってのライバルよ」
「いいえ。勝ちます」
否定しての力強い覚悟の言葉に、レイスも自分の口角が上がるのを抑えきれなかった。
「そう。良い。良いね!
天才のあたしに認められたいとか、誰かに認められたいとかそういうのは分かんないけど、簡単に楽な方にいかないその精神が良い!
今すぐにでもやろうか! ……って言ってやりたいところだけど、今日はまあ、周りにいる人達で我慢しよっかな」
「え?」
とメイジが疑問を口にすると同時、彼女も気付いた。
人気が少ないだけだった路地に、誰もいなくなっていたことを。
──そしてそれを認識すると同時、前後から一斉に、人影が現れたことを。
様々な色合いの地味な布で顔を覆い、黒のローブで身体つきを隠したその集団。
その総数十名程。
数の多さに驚き、前後を挟まれたことで逃げ道がないことに気付き、その動揺のせいでメイジは魔法の準備が間に合わない。
前後から五人ずつ、影が迫る中──
──我に眠りし目覚めぬ種子よ
暴れる衝動・内に食らわす破壊の力
開いた花の力と交じりて
今一刻の芽吹きをここに──
──種子を開花させる詠唱を行ったレイスが、左右に手を広げるようにして、その伸ばした五指を向ける。
「『蛇弾』」
瞬間、その集団全てが次々と、短い呻き声を上げて倒れた。
本当に一瞬の出来事だった。
目に魔力を集中させていなかったとはいえ、同じ魔法使いであるメイジですら、何が起きたのか分からなかった。
……魔力を伸ばす訓練をしていた彼女だからこそ出来たこと。
いや、大本を辿れば、魔力移動が出来るようになったからこそ出来るようになったこと、になるのかもしれない。
今までのレイスは、自らの属性を通して変換された魔力を、ただ無造作に放出していた。
それを、魔力移動が出来るようになった応用で、てきとうな箇所から『蛇』と化した魔法を出すのではなく、『蛇』と化した魔法を無理矢理体内に留め、指先に移動させてから放出するようにしたのだ。
抑え込まれた魔力は、ようやく現れた出口から飛び出すように放たれる。
そうして指先から放たれた速度の乗った『蛇』の魔力を、それぞれ一つ一つ器用に操作し、相手にぶつけてみせた。
その放たれた『蛇』は小さくとも、魔力によって変化した『蛇』だ。
魔力に依る防御ができないただの人間が受ければ、かなりの激痛となるに違いない。
それこそああして、立てなくなるぐらいに。
「ふぅ……ま、今のあたしが出来ることっていったら、これぐらいなもんよ」
自らの魔力の流れを感じ取れるようになったからこそ、出来るようになったこと。
「これを見てもまただ戦う気があるんなら、秋口楽しみにしてるから。
とりあえず今は、この人達を見張ってるか拘束するかしといて。
ま、拘束は必要ないかもだけど」
さて警察にでも行くかなぁ、なんて言いながら、踵を返し、入ってきた道へ引き返し始める。
その背中を見送りながら、メイジはただ、何も出来なかった自分を──すぐに対処してみせたレイスとの力量差を、ただただ噛み締めていた。




