夏祭りのメンツ
「……まあ、恩返しはまた別の日だね」
そう言ってウリシャの肩に手を置いたのは、彼女の友人であるエスリン・ミュリクアート。
物静かな言葉遣いと雰囲気、目元が隠れそうな程長い前髪をした子だが、その瞳には慰めの色が見て取れる。
「は~……まあ、お祭りに連れて行ったところで、完全に恩返しできるとは思ってなかったけどね」
頭を一掻きしたのをキッカケに、ウリシャは諦めたような吹っ切れたような声色へと変化した。
「それにしても、今年でいなくなるってことすっかり忘れてたわ」
「あたしとしても、もう一回ちゃんとあの男と戦っておきたいかも」
「まあ、そこは自由でしょ。それよりも、三人で行くための計画を立てないと」
「でしたら、そこに僕も入れてもらえませんか?」
そう、女の子だけの会話に果敢にも混ざりに行ったのは、メガネを掛けた男性だった。
男性、と感じたのはその大人びた雰囲気のせいで、あくまで彼もまた魔力操作の授業を取っている一生徒に過ぎない。
アボニー・ケーンド。
ウリシャとは違い常にメガネを掛けている、その大人しそうな外見通りの今年入学組の一人だ。
「…………ケーンドさん、それだとまるで、誰かに気があるみたいに聞こえますよ」
レイスは認めていない人との会話を極力削るし、エスリンは会話自体を最小限にする癖がある。
必然、三人全員が話しかけられたとき対応するのは、真面目なウリシャの役目となってしまう。
それは不意に話しかけられ、驚きでしばらく無言になってしまった時でも変わらなかった。
「ええ、もちろんです。
僕は、エスリンさんに興味があります」
それは本人にとっても思いもよらなかったのか、私? と瞳が大きく開く。
「エスリンさんが使っている魔力を留める魔法、その多様性、実に興味深い」
「……来年、魔法薬学の授業を取れば良いよ」
「それとは違う何かが、あなたのその魔法にはあります!」
答えたエスリンに反応し、詰め寄らんばかりに強く答えるアボニー。
同じ授業を取っていても彼をよく知らない三人にしてみれば、その興奮度はかなりの驚愕に値した。
が、既に一般大学を出て博士号を取り、二十代半ばになっても未だ魔法を学ぼうという、彼のその絶えない好奇心を知る者がいれば、その昂ぶりはむしろ当然のように見えるだろうか。
「あなたが試行錯誤して身に着けたものは、間違いなくあなた独自のもの。
もちろん、その全てを知りたいなんて言える訳がない。
ただ僕は、そういう思考経路を、同じように辿りたいだけだ」
「……へぇ」
感心の声を上げたのは、何故か無関係なレイスの方だった。
どうしたの? とウリシャが視線だけで問いかけると、
「全てを教えてもらって全く同じことを、と言わないところは感心できんじゃない?
手探りの状況から脱却して、方向性だけでも見つけて、そっからは手を引いてもらうつもりもない。
自分だけのモノのために、努力する覚悟があるってことなら、まああたしは嫌いじゃないかな」
と小さな声で答えてくれた。
思えばレイスは、自分に出来ないことで自分を超えている人を認める節がある。ウリシャの努力然り、エスリンの魔法薬学然り。
「ちょっとちょっとアボニー。女の子をデートに誘うにはあまりにも下手過ぎるぞ」
ポンと、エスリンと向き合うアボニーの肩に、後ろから一つの手が置かれた。
同じ授業を受けていながら、放課後になっていなくなっていたもう一人の男子生徒、シュウ・フェイダンのものだ。
「せっかちなのは紳士の恥だ。まずは、男女数人で行くべきだろ。
そんな訳で、俺もご一緒して構わないか?」
パーマ掛かったくせっ毛の金髪、浮かべる笑顔はどこか軽薄にも見える彼の言葉に、エスリンは瞳を伏せ、レイスは興味なさげに視線すら向けようとしない。
必然、会話の相手はウリシャになってしまう訳で……。
「フェイダンさんは、どうして私達と?」
「もちろん、友人一人で女性の中にいたら気まずいだろ?
それにイザとなれば、女性が多いというのも危ない。極力集まって行動するように言われている以上、俺が近くにいた方が助かるに決まってる」
「戦力面でのあなたがあたし以上に役に立つとは思えないけど」
と言ったのはレイスだ。
さすがに天才にこう言われては、彼も返す言葉が無いのか、声を詰まらせてしまう。
「ま、まあまあ。一緒に行きたいだけの男の見栄みたいなものですから。
大方、他の女の子にも声をかけたのに断られた結果ここに来たんですし、あまり追い詰めないであげましょう」
フォローのような口調に反した、プライドを蝕むような毒を吐くウリシャ。
さすがにこれはスルー出来なかったのか、いやいや、とシュウが手を軽く振る。
「そんなことないって。俺としては本当、魔力操作の授業を取ってる皆とあんまり接点無いから、この機会にって思っただけだよ」
「そう言われれば、フェイダンさんは授業終わりの練習にもいませんから、本当に印象に残りませんもんね。ケーンドさんは見かけるので印象には残ってますけど」
「カッコイイ人が一緒に授業受けてるなぁ、とか思わない?」
「いえ全く」
バッサリ切られ、また言葉を詰まらせる。
真面目な彼女だからこそ、気を遣ったような返事がきて、それを踏み台にピエロを演じて笑いを取ろうという思惑は外されてしまった。
「今日だって普通に帰ってましたよね?
また戻ってきたんですか?」
「あ、ああ……まあね」
「それが、他の授業で一緒になっている他の女性に声を掛けに行っていたという証拠になるんじゃありませんの?」
またまた新たな声。
しかし今度は女の子で、しかもこの授業を取っている人でなくとも、ほとんどの人が知っている生徒だった。
メイジ・ルコリティ。
その過度に装飾されたお嬢様口調のような変な言葉遣いは、忘れようと思っても中々忘れられない印象を他人に植え付ける。
シュウと同じ金髪でありながら、こちらは輝きを放つかのように綺麗で長い。綺麗と表現するしかないほど整った顔立ちに加え高飛車な雰囲気もあるので、後は髪型が縦ロールだったりすれば、それこそ典型的なお嬢様キャラになりそうだ。
「全く、口を開けば女の子のことばかり……あなたはここに魔法を学びに来たのでしょう?
魔法使いを名乗るのなら、最低限の慎みを持ってほしいですわね」
「いやいやだから、別に他の女の子の所になんて行ってないって」
「でしたら、あなたが取っている授業に出ている女の子に、話を聞きに行っても?」
「いや、それは……」
「すぐにバレる嘘なんて、吐くものじゃありませんわね」
「……はは~ん、さてはメイジ、俺が色んな女の子に声をかけるからって嫉妬してるんだろ?」
「は?」
心底見下したような目を向ける。
メイジの雰囲気がそう見せるのだろうが、下賤な身分を見下す貴族のようにも見えた。
「……彼とは友達?」
「友達、と言えば友達かな。
この授業以外で話したことないし、その内容授業のことじゃなくて、女の子のことばっかりだけどね」
「そっか。
だったら一緒に行っても大丈夫だろうから、日にちは三日目最終日で時間は二十時。場所は中央通りということで」
そしてその間にも、物事を早々と終わらせたがるエスリンは、躊躇うことなくアボニーと短いやり取りをするだけで話を終え、早々に結論を出していた。




