拐われた先
「ドールはここで待ってて」
学校に着くと同時、一緒来てくれた彼にそう告げて、私は背負っていた籠をその場に置いて、ズンズンと校内へと進んでいく。
生徒数が少ない私の授業ですら、端っことはいえちゃんと場所を用意できるのだ。
この校内がそれなりに広いことは言うまでもない。
それでも迷うことなく、私は目的地へと進んでいく。
「ちょ、ちょっと。彼を置いてきて良いんですか?」
こちらの言葉に返事すること無く立ち止まり、学校の入口で壁に持たれて私達を見送ったドールと、先を進んだ私を交互に見た後、慌てて追いかけてきたフリーシアがそう訊ねてくる。
「ええ。今校内にいる以上の人をここにいれないためには、彼を置いておくのが一番ですから」
「でも、ここ以外から入られる可能性だって……」
「それも止めてくれるよう頼んでますよ」
「えっ、いつ?」
「ここに来る前」
「えっ??」
疑問に思うのは尤もだろう。
ここに来るまで魔力操作で速度を上げて移動していたので、私もドールも会話らしい会話は全くやっていない。
しかし、事実なのだから仕方がない。
“こうなる前から、こうなることは分かっていたのだから”。
「そ、それよりもこれ、どこに向かっているんですか?」
「体育館ですよ」
「それは……もしかして、『並行世界』の魔法で?」
「そんなところですよ」
「おお……さすが魔王のお弟子さん……」
「弟子ではないですけどね。
さて……それよりも、準備しておいて下さいよ」
「準備?」
「これから、生徒たちが捕まっている場所に乗り込むんですから」
◇ ◇ ◇
生徒“たち”と言ったことに言葉を詰まらせていたが、要はそういうことだ。
誘拐されたのはウリシャだけじゃない。
この学校の生徒のほとんどが、私を誘ってくれたあの祭りに乗じて誘拐されたのだ。
……私が視た『並行世界』では。
さて……その対策を講じてからこの街を出たが……果たして、どれほどの人数が誘拐されているのか。
それはさすがに私にも分からない。
この中に入るまでは。
「…………」
体育館。
普通の学校のように部活動がある訳ではないこの学校でも、入学式や卒業式など儀礼的なことをするために使うからか、それなりの広さと大きさをもって造られた建物。
だがそれだけのためにそんな敷地を取っても仕方がないからと、ただの講堂ではなくちゃんと運動ができるようには設計したのだとか。
それ故に体育館と便宜上は呼んでいるが、それでもバスケットゴールや機材を仕舞う倉庫などは無く、ましてやシャワールームや観客席なんてものも無いため、一般的にイメージする体育館よりかは小ぢんまりとした印象を受ける。
「さて……」
その入口で一度立ち止まり、少し考える。
ここで『並行世界』の魔法を使っても良いのかもしれないが、その性質上迂闊なことをすれば、変な未来しか呼び込まなくなる可能性が生まれてしまう。
もし魔法を使ってこちらにとって都合の良い結果を見てしまえば、それは訪れて欲しい未来を手放したことになる。
極端に言えばこの魔法は、「誰も未来を見なかった場合の未来」を視る。
視ないことにより導けた未来を、自分の手で摘み取ってしまう可能性すらある、諸刃の魔法。
現状何も問題がないのなら、見ないに越したことはないだろう。
「ここからは、占いでは分からない領域です。
ですので、警戒だけはしていて下さい」
結局そう判断した私の言葉に、フリーシアは小さく、力強い返事で「はいっ」と応え、取っ手の一つに手をかけた。
大きな扉にある二つの取っ手の内の、残りの一つを私が取り、同時に押してその扉を内側へと開く。
普通、どちらかは鍵が掛かっているものなのだが、両方が開いている。
……これはもしかして……。
……いや、今となってはもう遅いか。
どうせ片方しか開けなくとも、おそらく結果は変わらなかっただろうし。
「っ!」
フリーシアから聞こえる、息を呑むような声。
中の広い空間の中心。
月明かりのみが照らすその場所に、下着姿の女の子が数人、大勢の黒い影に囲まれるようにして、座り込まされていた。
後ろ手にされ、立ち上がっていないところからみると、おそらくは縄か何かで腕と足を縛られているのだろう。
しかも囲まれているにも関わらず、この入口側からはしっかりとその様子が見えるようその影が──いや、人垣が割れて、見えるようになっている。
間違いなく、誘われている。
あの姿を見て動揺し、いきなり部屋に入ってしまうのを。
「ウリシャっ!?」
それをフリーシアも分かっていただろうに、さすがに自分の弟子があの捕まっている中にいては、動かずにはいられなかったのか。
内開きの扉の向こう側に誰かいる可能性を考慮すること無く、白衣をなびかせ中へと駆け込む。
──そんな彼女を、左右の扉の向こうから現れた四人の人影が、一斉に抑え込んだ。
背中にタックルをかまされたようなもので、その衝撃は倒れないよう踏ん張っていない限りは、魔力操作を用いていても防ぐことは不可能。
うつ伏せに倒れた彼女の背中にのしかかるようにしながら、その四人がそれぞれ、両手両足を地面に押し付け、その身動きを封じていた。




