『水』の魔法使い
この学校ではよほどの有名人なのか、名前を交わして姿が見えなくなるまで、生徒たちが私に近づいてくることが無かった。
後で聞いた話だが、この学校に来るほとんどの生徒は、二年間のうち一度は彼女の授業を受けるらしい。
もちろん強制はされていない。
ただ他の授業で一緒になる先輩などから評判を聞き、翌年に選ぶ生徒が大勢いるのだという。
「ふぅ……」
そして今私は、やっと敷地を出れた所で、大きく息を吐いていた。
あの女教師に声をかけられたからか、はたまたその前の『強化』の魔法の教師を追い払ったからか……どちらかは分からないが、まさかこの街で行われる祭りに誘われることになろうとは……。
見た目が小さいから、先生陣の中でも誘いやすいのだろう。
まあ実際、生徒と先生という関係を普通の学校のように徹底している訳でもないだろうから、行ったところで何の問題も無いだろうけど。
ただ単純に、行けない理由があっただけだ。
……どれだけ仲良くなろうとも、私は今年度だけの先生。
そろそろ次に赴任する学校を決めないといけない。
この国の“普通の”義務教育学校のほとんどは、夏前にその年度を終え、秋頃には学年が上がる。
つまりこの、夏休みとされている期間こそ、魔法学校は生徒を集めるのに躍起になる時期、という訳だ。
魔法使いの学校は、全世界共通で四月から始まり、三月で終わることが決まっている。
だから一般的な夏休みの期間も授業を行うことが多い。
夏休み中に授業慣れしてきた学校風景を見せることが出来るので、生徒数を増やしやすくなるからだ。
その時に休みが取れないからこそ、その少し前である今でなければ、わざわざ国外まで足を運べない、という訳だ。
まあ『並行世界』の魔王のおかげで、軽く連絡を取るだけでほぼ内定みたいなものだが……さすがに一度も姿を見せない、という訳にもいかない。
授業の邪魔にならないタイミングを見計らい、ドールを連れて行く必要がある以上は、やはり期間が限られてしまうのは仕方がないだろう。
……授業以外で生徒と関わるのが面倒くさいってのもあるが。
それにしても、ウリシャはあのフリーシアとかいう、生徒たちからも評価の高い魔法使いの弟子に選ばれていたのか……。
未だ魔法は開花していないし、魔力変質も出来ていないが……そこに何かしらの才能があるからこそ見出された、ということだろうか。
現に彼女はピンチになった際、話に聞いていただけの魔力変質が出来ていた訳だし……。
「あの、先生っ」
と、考えに耽り始めたところで、背後からの声。
授業用の敷地から出てかなり歩いていたが、周りに生徒は見られない。
かなり静かなその場所では、彼女の小さな声でも響いて聞こえた。
「どうかしましたか、カーディナさん」
教師待機室に私を呼びに来た女子生徒の名前を呼び、駆け足で近づいてくる彼女を待つ。
「その……実は私、先生に、謝らないといけなくて……」
「謝る? あの場に連れて行ったことですか?」
とは言え、ドールではどうすることも出来ないことではあるので、あの時私を呼びに来たのは間違いではないように思う。
「いえ、違います。
いえ、ちょっと合ってはいるんですけど……。
その……そもそも、あの場所で先生が怒り始めたのは、私のせいなんです」
「カーディナさんの? ですがあなた、『強化』の魔法の授業は取っていませんでしたよね?」
一番最初の授業の際、『強化』の魔法を取っている人がいるかいないか聞いた覚えがある。
あの時は、褐色巨乳の自称天才・レイスの周囲にいた二人と、男子三人の中から一人だけ手が上がった。
確か、変に丁寧すぎる口調で喋るメイジと、どこか子供っぽいファナ、それと筋肉が目立つ男子生徒のレイシクルの、三人だったはずだ。
「その……あれは、嘘をついてしまっていて……」
目を伏せ申し訳なさそうな顔をされても、特にそれを責めるつもりもない。
「別に、それぐらい構いませんよ。
ですが、それだけであの人があの場に来たとは思えませんし、改めて追いかけてきてまで謝るほどのことでもないでしょう?
他にも何か、自分が原因だと思っている理由があるんじゃないですか?」
「…………自分の出来ることが、正しいのかどうか分からなくて、質問したんです」
何を、と訊ねるよりも先に、手の平を上にして、
「水」
と、呟く。
お椀を持つように丸められたその手の中に、僅かばかりの水たまりが生まれていた。
さっきまで指先を伸ばしていたからこそ、その水が何もないところから生まれたことはすぐに分かった。
つまりこれが、彼女の開花した魔法。




