感謝の言葉
「そう言えば、あなたが魔王の推薦を受けているのは聞いていましたが、まさか『並行世界』の属性とは思いませんでしたよ」
「あら、何か恨みでも?」
「まさか。ただ魔王の中で一番、詠唱魔法の対象にされていると言っても過言じゃないほどの人じゃないですか。だからちょっと驚いただけです」
『並行世界』──要は「もしかしたらあったかもしれない」世界を見る魔法。
その特性故に、見えた世界=訪れることがない世界、ということでもある。
だからその能力を活かすことで、占いを生業とする人が占いに活用していたりする。
日常生活に座した魔王の魔法、という意味では、確かに一番その対象にされているかもしれない。
「私にはその才能がありませんでしたから……誰かの手助けになることもしてあげられなくて」
「そんなものがなくても、助けられるでしょう? 現にあなたは、ウリシャの師匠をしているじゃないですか」
「そう! それです!」
突然大声を上げて指を突きつけてくるものだからビックリした。
「私は『並行世界』の魔王の力が使えませんから、春先に起きた彼女の誘拐事件を事前に知ることが出来ませんでした。
あなたに助けられ、無事に学校へと来てくれた時に、ようやく話を聞けた程です。
その節は助けていただき、本当にありがとうございました」
言って、深々と頭を下げてくる。
それがもう、本当にウリシャを大切にしていることが伝わってきて……。
駆け寄ってきたまま事の成り行きを見守っていたウリシャが、師匠のその態度に少し感動しているのが分かる。
「お礼を伝えるのが遅くなってしまって、本当にすいません。
あの日は自分の手伝いをさせて、遅くに帰らせてしまったんです。
本当に、私のミスでしかありません。
弟子だからと、自分の都合で振り回して、危険に晒すなんて……情けないです。
もしあのまま、ウリシャが助からなかったら……きっと私は、自分を許せませんでした」
「何をさせていたんですか?」
頭を下げながら続けられた言葉。
その中にあった疑問をぶつけてみる。
「今あなたが教えてるような、魔力変質について教えていました。
多分、それを教えたから、どこか一人で帰しても大丈夫だなんて自惚れが生まれたのかもしれません」
そう言えば当時、ウリシャを家に送りながら聞いた話で、足を速くする魔力変質が使えたのはあの追いかけられた時が初めてだ、と言っていた。
あの時は扱えていたのに、今となってはその魔力変質が出来ないでいる。
火事場の馬鹿力で一度出来ているのだから、またいつかは出来るはずだが……。
……もしかしたらあの時の怖い体験が脳裏に焼き付いて、魔力変質を行うことでそれを思い出してしまうのを、本能が拒絶しているのかもしれない。
何かそう、魔力変質を行うことで切り抜けられる状況になり、それで本当に誰かを助けることで記憶が上書きされれば、あるいは……。
「未熟な私の、ミスでした」
「……それは、ウリシャにも話したんですよね?」
「……はい」
「それで許してもらえているのなら、私にそんな懺悔をする必要はないですよ。
あなたは一度感謝を口にした。それで私に対してのその話は終わりじゃないですか」
「…………はいっ」
ようやく、顔を上げた。
その顔は“ここに入ってきた時と同じもの”。
「…………」
「名前です!」
「え?」
話は終わっただろうと思考に耽っていたら、突拍子もないことを言われた。
「だから、名前ですよ」
「ああ……あそこで皆を教えてくれているのは、ドール・ラティークって言います」
と指してみたものの、ほぼ全員がこちらの話に意識を引っ張られている中、唯一こちらに興味を持っていないエスリンに付きっきりになっている現状は、“皆”という表現が間違えているように思えた。
「ではなくて、あなたの名前です」
「……私の?」
「はい」
「…………リフィイルです。
名字も何もない、ただの、ですけれど」
その言い方に一瞬、彼女は気まずそうな表情を浮かべるも、すぐに笑顔を浮かべる。
「今の時代に珍しいですね」
「まあ、ドールの荷物持ちみたいなものですから、必要もありませんしね」
「あれだけの能力があって、荷物持ち、ですか……」
「もちろんですよ。
それで、あなたはこんな荷物持ちに名乗ってくれるんですか?」
「ああ、失礼。そうでしたね」
話を変えたがっているのを察してくれたのか、一歩下がって少し優雅に、自分に手を当て自己紹介をしてくれた。
「フリーシア・ヴィルディットです。
以後、よろしくお願いしますね」




