師匠登場
そう、発したのがキッカケではないだろう。
しかしそれを聞いて動揺したのは間違いない。
……レイスが、じゃない。
私が、すぐにこの敷地から出て男性教師に追いつかないためにと、ボーっとしている時から、敷地の外で私を見ていた人が。
……生徒じゃない。
生徒なら気配を消す必要もなく、そのままでいた方が自然だろう。
それに何より、あんなに巧く隠せない。
アレは、かなり手慣れている人のものだ。
私が“いつの間にか見られていた”程で、“こちらがその気配に気付いていることを悟られないよう気を遣う”程のものだったから。
まさかこの学校に、ここまで魔力操作を扱える人がいようとは。
極限まで魔力を抑え、抑えても漏れる分だけを変質させ、存在感を消す。
てっきり全教師、さっきの『強化』の魔法を教えている人みたいなものだと思っていたが。
「『並行世界』の魔王、ですか」
動揺で魔力操作が乱れたことを自覚したのだろう。
こちらを見ていたその相手自身が、敷地内へと足を踏み入れてきた。
“かなり遠くからこちらを見ていたにも関わらず”“まるで敷地の出入口傍で立っていたかのような早さ”で、この場に現れた。
「師匠っ!?」
魔力変質の練習をするフリをしながら、私とレイスの会話を盗み聞いていたウリシャが驚きながら立ち上がり、私の元へと歩いて近づいてくるその女性へと駆け寄っていった。
「せんせい……」
言葉のニュアンス的に、私やドールを呼ぶようなものとは違う空気を感じ取る。
そう言えばこの学校の教師の中に一人、師匠と呼べる人がいると言っていたが……あの人のことか。
ショートカットの髪にキレ長の瞳、理知的な雰囲気とそれを強調させるようなメガネと白衣が似合っている、所謂大人な女性。
背も高く胸も大きく腰も細いとプロポーションも抜群で、私とは対局に位置しているといっても過言じゃない。
というか、服の上に羽織る白衣が妙にエロく見える。
確か、魔法薬学の教師だったか。
だから白衣を着ているのだろうが……。
「…………」
気配を絶ちつつ、遠くにある校舎の上階からこちらを見てこちらの言葉を聞き、最終的には飛び降りて着地しても無傷でありながら、ほぼ一息でここまで来れる程の魔力操作能力……。
道具に魔法を封印し・魔力に反応させてその魔法を発動させる、なんて代物を作る教師をしているのなら、これぐらいは出来て当たり前なのかもしれない。
「こうして会話するのは始めてですね」
おっとりとした口調ながらも、ハッキリと聞き取れる言葉。
それがどこか妖艶に話しているよう聞こえる。
「私からしてみれば、お見かけしたのも始めてですけれどね」
名前は覚えない私でも、さっきまで私がいた教師待機室に、誰が来たことあるかは覚えている。
そんな私が見覚えないということは、彼女があの部屋に来たことがないということに他ならない。
だがここの教師をしているのは間違いない訳で……。
「ああ、そう言われればそうかもしれませんね。
私、ここでの教師生活が長いですし、それに教えている科目も科目ですから、私だけの部屋があるんですよ。
といっても、準備室を勝手に私物化しているだけみたいなものですけれどね」
苦笑交じりのその言葉は、どこか恥ずかしそう。
「その準備室というのは、あの校舎の上の階にあるんですか?」
と、さっきまで彼女がいた場所を指さす。
「ああ、いえ。授業を行う校舎はそこの一階なんですけど、準備室自体は裏口から出てすぐの別の建物ですね。
準備室、と言っても、倉庫みたいな場所で。ほら、魔法薬学なんて、イザという時危ないですから」
「なら、さっきその校舎の上からこちらを見ていたのは、偶然ではないんですね。
しかもそこからここを見えることも分かっていて、一息で来れることも分かっている。
魔力操作がかなり上手いですね」
見られていたことを知っていたと言外に含ませたが、女性は動揺を見せることはない。
やはり、魔力操作が乱れた段階で、こちらが気づいていたことを想定してここに顔を出したのだろう。
「いえいえ、あんなのはただの『強化』の魔法ですよ」
「魔力を変質させて、気配を消していたのに?」
「そうして変化させるのも含めて『強化』だと、この学校では教えていますから」
確かにそうなると、『強化』と魔力操作の違いは、魔力の場所を意識しているかしていないかぐらいしかない。
そして意識して魔力操作を行っていたのだから、さっきまでのは『強化』の魔法、だと言いたいのだろう。
魔法とは、自分にある開花した属性に魔力を通すことで、異物とみなされたそれが体外へと排出されて起こる現象である。
そうした厳密な意味では本当に、『強化』なんて誰でも使える属性が存在するはずはない。
……が、今彼女が話しているのは、そういうちゃんとした理屈や理論のようなものではない。
もしそうなら、今この場で討論をしたいという意思を込めて、この学校では教えている、なんて他人事みたいな言い方を避けたはずだ。
それをしなかったのはひとえに、どちらかに拘る必要はない、と彼女自身の考えを、私に教えるため。
厳密には違っていようとも、結果が似ているのなら、過程なんて自分のやりやすいほうをすれば良い。
そんな、私の考えと同じだと示してくることで、私の意識しない領域で仲間だと思わせようということだろう。
……食えない人だ。




